かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2011.2.15 update.
都立駒込病院感染症科医長・感染対策室長
著書に『JJNスペシャル82 感染症に強くなる 17日間菌トレブック』がある。
イラストレーション:櫻井輪子 http://www.wakonosu.net/
[事件前日]
週末外泊した患者のAさんが、日曜の夕方に大部屋へもどってきました。
「久しぶりの外泊だったから、おいしいものをいっぱい食べてきたよ。お刺身とか・・・」
[20:30]
消灯前に患者Aさんのところに行くと、夕食後7時くらいから、水のような下痢で3回トイレに行ったとのこと。少しムカムカするけど、吐くほどではないと言っています。
[22:00]
患者Aさんからのナースコールが鳴り響く
「どうしたんですか?」
「ムカムカして吐きそう。ウッ・・・」
あわててトイレに向かいましたが間に合わなかったようです。
大急ぎで病室へかけつけると、大部屋の入り口の床に大量の嘔吐物が飛び散っていました。
「たいへん。かたづけなくちゃ!」
とりあえず水で濡らした雑巾で後始末をしたのでした。
「あ〜あ、今日はついてないや。」
[さらに次の日]
次の日は日勤。
午後から、なんとなくムカムカしてきました。
そして水のような下痢で何回もトイレに駆け込みます。
「きもち悪いよ〜。下痢もとまらない。」
その後、大部屋の別な患者さん、そして他のナースにも下痢と嘔吐を訴える人が次々でてきて、病棟は大混乱に・・・
次は、実際に国内のホテルで起こってしまった事例です。
ある日、そのホテルを利用したお客さんや従業員が次々と下痢や嘔吐を訴えはじめました。
なんとその数、利用客292名と従業員55名の合計347人!
そこで、これらの人たちの数日間の行動が調べられました。
すると、ある披露宴の出席者に症状が集中していることがわかりました。
それでは、食べ物からの食中毒かなと思うところですが、同じ食事を食べていない他の利用客や従業員からも、下痢や嘔吐を訴える人が多くでてきました。
いったいこれはどういうことでしょうか?
最初の病棟での事例も、次に示したホテルの事例も、どちらも原因はノロウイルスでした。
「のろ」なんて名前にだまされてはいけません。
敵はすばやく、強力な感染力でひろがっていきます。
【ノロウイルスの流行時期】
ノロウイルスを発症した患者の便に入っているウイルスは、下水から川へ流れ、カキなどの貝の体の中で濃縮されていきます。そして、この貝を食べた人に感染するため、生ガキがよく食べられる冬に多くの患者が発生することが知られています。このため、冬に起こる「おなかにくる風邪」と誤解している人もいました。
【ノロウイルスの感染力】
ノロウイルスは、下痢便だけでなく、嘔吐物の中にもたくさんいます。そして、感染力が強く、ごくわずかな量の下痢や嘔吐物でも感染してしまいます。
さらに、汚染された環境からの感染も起こり、感染がひろがっていきます。このため、保育園や学校、病院や高齢者施設での集団発生もよく起こります。
【ノロウイルスによる胃腸炎の症状】
感染してから症状がでるまでの期間(潜伏期間)は1〜2日以内です。
下痢と嘔吐が中心で、腹痛を伴うこともあります。発熱はないことが多く、あっても微熱程度のことがほとんどです。
【ノロウイルスの治療】
特別な治療はないため、脱水を防ぐための水分補給が大切です。大量の下痢があって、吐き気で水も飲めない場合には、点滴で補給する必要があります。
一般的には経過は良好で、1〜3日で自然に治ってしまうことがほとんどです。
しかし、乳幼児や高齢者では、ひどい嘔吐と下痢による脱水で死亡してしまうこともあります。
また、症状が良くなっても、1週間以上も便の中にウイルスがでていることがあるそうです。
【院内感染予防のためのポイント】
最初にあげた病棟の例でもわかるように、ノロウイルスは感染力が強く院内感染の原因となることがあります。
下痢や嘔吐物が乾燥してしまうと、空気中にただようことがあり、これを吸い込むことによって感染してしまうこともあります。したがって、下痢や嘔吐物が乾燥する前に処理するようにし、手袋に加えてサージカルマスクもつけるようにしましょう。服につく可能性があるときにはエプロンも着用します。
清掃は拭き掃除が基本ですが、下痢や嘔吐物で直接汚染された場所は次亜塩素酸ナトリウム溶液で浸すようにふき取ることがすすめられています。
ノロウイルスは乾燥やアルコールに強いということを覚えておきましょう。
乾燥に強いため、一見汚れていないように見える環境からも感染し、電子カルテのキーボードなども盲点となります。
アルコールに強いことから、最近よく病院や施設で使われている擦り込み式のアルコール製剤ではなく、しっかりと石鹸と流水で手を洗うことがポイントです。
日常で出会う感染症、医療現場で出会う感染症、感染対策を読みやすい語り口でまとめた一冊。
菌のイラストも盛り沢山で、菌トレしているうちに気がつけば感染症に強くなっています!