第5回 血のおはなし

第5回 血のおはなし

2010.12.24 update.

津田篤太郎

医師。専門はリウマチ膠原病科・漢方診療。2002年に京都大学医学部を卒業し、天理よろづ相談所病院ジュニアレジデント、東京女子医科大学膠原病リウマチ痛風センター、東京都立大塚病院リウマチ膠原病科を経て、北里大学東洋医学総合研究所で漢方を中心に、JR東京総合病院リウマチ膠原病科では西洋医学と漢方を取り入れて診療している。

前回までは体をめぐる三つのもの「気・血・水」のうち、「気」についてお話をしましたが、今回は「血」についてです。血の係わる病気は女性にとって縁の深いもので、それは生理出血が周期的にあることと関係があります。

 

かわいいふりしてあの子、わりと…

 

みなさんのまわりで、色の抜けるように白い、スレンダーな人はいらっしゃらないでしょうか?それは、お化粧が上手で、日焼けや食べ過ぎに気をつけているだけかもしれませんが、月経の量がひどく多かったり、逆に何カ月も無かったりということだと、漢方で言う「血虚」の可能性が強いです。

 

血虚は、西洋医学でいうところの貧血と、非常に近い概念ですが、貧血で起きるとされる症状よりも、もう少し幅広い症状を指します。めまい感や立ちくらみ、動悸がするとか、爪の異常などは、貧血の症状としてもよく指摘されます。鉄欠乏性貧血ではスプーン・ネイルといって、爪が反りくりかえる特徴的な徴候が有名ですが、漢方では全体的に爪がもろくなる、肌がカサカサする・あかぎれになるという症状も血虚の症状として捉えます。あと、髪の毛のツヤ・コシが無くなったり、髪の毛が抜けやすくなる、目が疲れやすい、足がつりやすいというのも血虚の症状です。

 

私が興味深いと思うのは、集中力が無くなったり、不眠症状やしびれがでたりといった精神神経症状や、舌が乾燥し舌苔が剥げ落ちて赤くテカテカになる(鏡面舌、といいます。)症状が血虚の特徴とされている点です。これは、ビタミンB12欠乏による悪性貧血の症状にそっくりです。ビタミンが発見されたのはつい100年ほど前のことですから、それよりずっと昔から、これらの症状が血の不足と結び付けて考えられていたということに驚きます。

 

血虚の原因についてですが、胃や腸からの出血とか、長い間病気をしていて体力を消耗した…ということもありますが、みなさんにとってもっとも身近な原因は生理出血だと思います。生理出血の多い状態を過多月経と言いますが、過多月経の原因の多くは、子宮筋腫や子宮内膜症・子宮腺筋症など、月経痛を引き起こしやすい病気と重なっています。こうした病気では、漢方の診察でお腹を診察する時、下腹部に特徴的な圧痛点が見られることが多く、血行が悪い状態(「瘀血」といいます)の現われと考えます。瘀血と血虚は合併することが多いのですが、治療の方向性が逆になるので、両方の要素に配慮が必要になります。

 

かつて、ヨーロッパでも血行の悪い状態が病気の原因であるとして、瀉血とよばれる血液を抜き取る治療が大流行したことがありました。世界最初の臨床研究のテーマは、「金の針で瀉血をした方がいいか、銀の針のほうがいいか?」というもので、最も権威のある医学雑誌の一つである「ランセット」は、瀉血用の針(ランセット)にちなんだものです。

 

でも、瘀血と血虚が合併している人に瀉血を大々的にやったらどうなるでしょうか?血虚は血の不足ですから、血虚がより悪くなってしまうことが予想されますね。作曲家モーツァルトは瀉血のやり過ぎで死亡した、なんて説もあります。

 

それじゃあ、漢方では?

 

漢方ではしばしば、血を補う薬(補血薬)と血行を良くする薬(駆瘀血薬)を合わせて使い、血の消耗にもきちんと配慮します。たとえば、四物湯という薬には、地黄・芍薬・当帰という補血薬と、川芎という駆瘀血薬が入っていますし、当帰芍薬散という薬には、その名の通り、当帰・芍薬の補血薬のほかに、川芎が入っています。いずれも女性の月経のトラブルに使う薬です。

 

補血薬には、使うのに注意が必要な点が一つあります。それは胃腸にもたれやすい傾向があるということです。血虚の原因は出血が多いことのほかに、食が細くて十分に血の材料となる栄養分が摂れないというパターンもあります。私たち漢方医は、やせて顔色が悪く、生理が不順な人には、補血薬が必要に思われても、「ちょっと待てよ…」と考えます。場合により、前回にお話しした補気薬を十分に使って、胃腸の働きを調えるまでは、補血薬の投与を見合わせることもします。

 

先ほど挙げた補血薬の中の地黄という薬は、お肌に潤いを与え、ハリとコシのある髪の毛の発毛を促すなど、非常にいい薬ですが、ほかの薬よりも胃にもたれやすいので、当帰芍薬散には地黄が抜いてあります。つまり、当帰芍薬散は四物湯よりも胃腸が弱い人のための薬、ということになります。西洋医学では、過多月経などが原因で鉄欠乏性貧血になった場合、治療は鉄剤の投与…となるのですが、鉄剤は漢方薬以上に胃もたれや食欲不振が起きやすく、鉄剤を飲んで余計にやせてしまっているのではないか?という患者さんも時々見受けられます。

 

江戸時代の名医、原南陽(1753-1820)が発明した鍼砂湯には、なんと鍼灸用の鍼を作るときに出来る鉄クズを処方に入れるようにとの指示があります。しかも、注意書きには「食欲不振が起こったら鉄クズは除いて使う」とありますし、鍼砂湯には人参をはじめ胃腸の働きを調える生薬が手厚く配合されています。赤血球のヘモグロビンが鉄から作られるのが分かるずっと前から、鉄が貧血を改善させることに気が付いていたうえ、鉄剤の副作用にも十分な配慮をしていたという事実からは、当時の医者がいかに患者さんを良く診ていたかということが分かりますし、われわれ今の医者も学ぶところが多いのではないかと思います。 

 

次回は瘀血 についてもうちょっと掘り下げます。便秘や痔の話も…。

 

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