マイナス×マイナス=プラス?
前回ではライフスタイルの変化とそれに応じて増加してきた疾患について話しました。
みなさんご存知のようにこういう考え方を「進化医学」と言います。もうひとつの例として、糖尿病とそれに関わる遺伝子の研究で最近明らかにされたことがあります。糖尿病を発症させたり、悪化させたりする“悪玉”遺伝子と言われていたものが、よく調べると、わずかな栄養で効率よくエネルギーを生み出す働きをしていたことがわかったのです。つまり、人類の長い歴史の大半を占めていた飢餓の状況では、有利に働いていた“善玉”遺伝子だったわけですが、ここ数十年で事態は一変し、飽食の時代で肥満や糖尿病が問題視されるようになった途端、“悪玉”の烙印をおされるようになったわけです。
冷たいものや甘いものをたくさん取るようになったのも最近の話です。対称的に、昔の女性の好物と言えば「いもたこなんきん(注)」…温野菜が二つも入っています!冷えやむくみに悩まされる現代女性は非常に多く、そういう症状に対して、冷たいものをとらないように、精製された白砂糖をとりすぎないように指導する漢方家は結構多いです。「進化医学」流にいうと、人間の体はそういうものをたくさん受け付けるようにはできていない、という言い方ができそうです。
ただ、外来にやってくる若い女性の患者さんをみていると、冷たいもの・甘いもの好きには一つの理由があるように思います。確かに冷たい食べ物は胃腸の機能を落とすけれども、胃腸の機能が落ちると食欲がなくなるので、自然に食が細くなり、理想とするスレンダー体型を維持できるようになるんじゃないかと…なんだか、マイナスかけるマイナスでプラスにするような、ねじれに対してねじり返して帳尻を合うみたいな話で…。
(注)「芋・蛸・南京」。「南京」はかぼちゃのこと。女性が好む代表的なものを指した言葉。
気虚と水滞(やっと漢方のおはなし)
漢方が教えるところによると、この代償は大きいはずです。消化器機能の低下は「気虚」という状況を招くとされています。体を動かすエネルギー(気)が不足した状態で、体のだるさ・疲れやすさ、日中の眠気、風邪をひきやすい、目力、声に力がなくなる、集中力や思考力の低下、などです。エネルギーが不足すると、水のめぐりも悪くなるので、冷え・むくみ・耳鳴り・乗り物酔い・頭痛といった症状も乗っかってきます。これを「水滞」と呼びます。
このような症状に対してよく出す漢方処方として、人参湯・四君子湯・六君子湯・補中益気湯などがあるのですが、これらの処方では、人参や黄耆といった、体にエネルギーを補充する(補気)生薬と、茯苓や朮といった、水分の代謝を促す(利水)生薬をカップリングさせています。これは、昔の人の叡智だと思いますし、「疲れたから栄養ドリンクでも飲む」というのとは全く違う発想であることを強調しておきたいと思います。
同じ「疲れ」でも、エネルギーが不足して「疲れる」こともあれば、エネルギーのめぐりが悪くなることで「疲れ」と感じられることもあるはずです。たとえば、久しぶりに休みの日に、昼過ぎまで半日以上も寝てしまうと、かえってひどくだるくなってしまいます。睡眠は十分すぎるほどとっているので、エネルギーは回復しているはずなのに…と思いますが、なんだかうまく回っていかない感じです。こういう時に、エネルギーを補う薬を飲んでも、よく効きません。渋滞したエネルギーを解放し、巡らせる薬を使うべきなのです。この、滞ったものを解放したり、めぐらしたりすることを、漢方の用語で「瀉」といいます。漢方では「補」と「瀉」を使いこなして、治療を組み立てていきます。先ほど述べた「水滞」は、茯苓や朮などの生薬で治療するのですが、これも一種の「瀉」ということができます。「補」と「瀉」に関しては、また次号以降で詳しく述べたいと思います。