かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2023.10.19 update.
2019年に、43歳で若年性認知症の診断を受ける。自閉スペクトラム症のある長男と、夫との3人暮らし。自身が診断された当時に強く感じた「当事者に会いたい」という思いは、ほかの認知症当事者も共通して持つものだと知ったことから、認知症当事者としての発信活動とピアサポート活動に力を入れている。活動を通して、自身もまたほかの当事者から「チカラ」をもらっている。
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「おれんじドア」は、認知症当事者による、認知症当事者とご家族のための相談窓口です。
JR八王子駅近にある市の施設で月1回開催される「おれんじドアはちおうじ」。そこで起こるエピソードや運営のあれこれを、若年性認知症当事者スタッフであるわたし、さとうみきの目線でお届けします。なお、本連載に登場するスタッフ以外の方々は、個人が特定されないようにお名前やご年齢等を改変しています。
この日おれんじドアはちおうじを訪れたのは、70代の男性でした。
男性は腕を組んで、言葉少なに座っています。わたしとほかの来場者さんをじーっと見つめながら、会話の様子を伺っている様子でした。
タイミングを見計らって、わたしから男性に声をかけてみました。
「今日はここまでどのような交通手段でいらしたのですか?」
「室内は暖房が効いていますが、暑くないですか?」
そんなたわいもない会話を、ひとつ2つ。
「バスでな、家内と来たんだよ」
男性は、そんな言葉とともに初めて少しばかりの笑みを見せてくださいました。
しかしその後も、「ここはどんな場所なのか?」「どうして、オレはここに座っていなきゃいけないのか?」とでも言うように、腕を組んだまま周りを見回しています。
その様子は、どこか自分を守ろうとしているかのように、警戒しているかのように見受けられました。
私は、発達障害をもつひとり息子の、育児時代を思い出しました。
周囲の人たちに存在を気付かれないように、自分の殻にこもっている姿。「自分が何かを話せば、弱さを相手に見せてしまう......」とでも思っているかのよう。
わたしは、男性に無理はしてほしくないと思いながら、様子を伺って少しずつ声をかけていくことにしました。
「コロナ禍の中で、どんな風に暮らしているか、または、コロナが落ち着いてきたらどこか行きたい場所があるか、みんなで話をしているんですが、どこかありますか?」
そんな風に、改まった感じではなく、優しく、自然の会話の流れの中から問いかけてみます。その場の空気によい意味で包み込むよう意識しました。
そして、私がちょっと失敗したという、おっちょこちょいな自分の話をしてみることにしました。
今までの経験から、まずは自分の殻を破り、自分の話をすることの大切さを感じていたからです。といっても無理にではなく、わたしもその場の空気や雰囲気が楽しいと思える程度に、何よりご来場いただいている方がひとりも取り残されないようにという工夫です。
私が話すと、認知症地域支援推進委員の皆さんと来場者の皆さんの笑い声が上がり、会場全体がひとつになったように笑顔で包まれました。
すると男性は、吹っ切るかのように、強く腕組みをしていた両腕をほどいたのです。
「自分の話をしてもいいんだ」「私たちと一緒に何か語ってみようか」と思えた瞬間のように感じられました。
ピアサポートをしていると、ご本人やご家族のふとした仕草で、心を開く瞬間が分かることがあります。そんな仕草や言動を見逃すことなく、大切なその方のメッセージだと一つひとつ拾っていくことが大切です。
男性は少しずつ、ほかの来場者にも問いかけます。
「どこから来たんですか?」
「ここにはどうして来たの?」
そんな男性の言葉に、私はハッとしました。その男性自身が、今日、ここに来た目的が分かっていなかったのです。
なんとなくご家族と一緒に来たか、もしくは自分で「行く」と思ってご家族と一緒に来たけれども、目的を忘れてしまったのかもしれません。どちらのケースにしても、この場の目的をきちんと伝えたいという思いで、わたしは男性にチラシやカタログなどを見せながら、自分の言葉で伝えていきます。
男性は目を細め、まるで自分の記憶を辿るかのように遠くを見つめると、ため息のような絞るような声を吐き出しました。
「あー、そうか」
そしてわたしに対して、さまざまなことを問いかけてきます。時にはドキッとするような質問もあります。まるで、人生の先輩である男性が、わたしを信頼できる相手かどうか試しているかのようでした。
わたしは、答えられる範囲で答え、男性と同じ目線で、同じ景色を見ているように、自分の気持ちを伝えました。
そして一番男性が知りたかったであろう、「認知症」の私たちのことを語ります。
「わたしも43歳の時に認知症の診断を受けたんです」
わたしのその言葉に反応して、男性は眉間にしわを寄せ、何とも言えない表情でわたしの方を優しい目でじーっと見つめました。
「ほぉ〜、いまはいくつだね?」
決して興味本位だけで、わたしを見つめているのではなく、ひとりの人として、わたしより先に人生を歩んでいる先輩として、心配をしてくれる優しい眼差しでした。
このように「おれんじドアはちおうじ」には、さまざまな世代の方がお見えになります。ご家族と一緒に足を運んでくれても、到着されると緊張や慣れない会場の雰囲気などから、「わたしはどこにいるんだろう?」「何しに来たのだろう......」と、多少の不安を抱く方もいます。
最初は自分から話すことも少なく、皆さん様子を伺っているのですが、なんとなく「認知症」と診断を受けた仲間たちが集っていることを感じ取って、みんなが少しずつ想いを口にされたり、生活の工夫が共有されたりすることに耳を傾けています。
嫌悪感を示す人はほとんどいません。
お互いがタイミングを見て、それぞれの話を語り合っていると、肩に力が入っていた方も緊張がほぐれ、リラックスされていくのが分かります。その瞬間、わたしもホッとして肩の力が抜けるのです。
時には、ご家族から何も伝えられないまま、ごまかして連れてこられたかのようなご本人もいます。そんな方は、自分を抑えながらも語気強く、怒りやいら立ちを見せることもあります。当たり前の反応です。
しかし、いままで誰ひとりとして、途中で帰られた方はいません。こちら側がきちんとお話をして、その方に合った寄り添い方をしているためでしょう。
さらに、次回も来てくださる方々が多くいます。今度は、ご本人の意志を持ってしっかりと。