かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2019.6.14 update.
問題や欠点ではなく,組織やスタッフの「優れた特性,豊かさ,強み」にアプローチし,それを伸ばすことで成果を生み出すマネジメント手法―“ポジティブ・マネジメント”。この手法を導入する施設は広がってきています。このコーナーでは,書籍では語り切れなかった,さまざまな取り組みを紹介していきます。
今回は,本書の第I章(pp13-14)で触れられている“看護師長による1週間にわたるスタッフへの承認が職場風土に与える影響を調べる”という武蔵野赤十字病院看護部の試験的な取り組みを深堀して紹介します。
当院の看護師長会では,2014年度から小グループで自身の看護管理活動をリフレクションし,自分自身をエンパワメントするという「看護管理ゼミ」が行われています。
“看護師長による1週間にわたるスタッフへの承認が職場風土に与える影響を調べる”という取り組みは,この小グループ活動が発展して生まれたもので,看護師長が主体的に実践したマネジメント能力開発の過程です。
本取り組みの背景には,当院における看護師確保の課題がありました。その課題を解決するには,新規採用に加え,当院の看護師がいきいきと働き続けられる環境を整えることが必須でした。先行研究などから,看護師長がポジティブな職場風土を生み出すための鍵であると考え,看護師長会の職場風土の改善チームによるプロジェクト活動を行いました。
当院では,毎朝,全看護師長が集まり,病床調整を目的としたミーティングを10分程度行っています。しかし,ベッド状況が厳しいと,看護師長たちの表情も厳しくなっていきます。
このような状況に右往左往せず,元気に部署に戻ることを目的に,プロジェクト活動の一環として,まずミーティングで“あいさつ運動”を実施することにしました。これは,元気なあいさつと短いスピーチを看護師長が順番に行っていくという活動です。
ある日,A看護師長が,以下の内容のスピーチを話されました。
すずえさん(仮名)は,当病棟に入院されていた高齢の女性患者さんです。私を見ると,いつも「きれいな人だね。ほんときれいな人。きれいだから,何かあったんじゃないかって心配してたよ」と話され,とびきりのほめ言葉をかけてくれます。自分自身,ほめられるのは思い出せないくらい久々のことだったので,「久しぶりだな,この感覚」と純粋に思いました。
~中略~
マネジメントなどの研修では「ほめることは部署のモチベーションを上げ,風土を変える」と言われます。その重要性は,わかっているし,やっているつもりでした。でも,懸命に働くスタッフの姿を見ながら,「最近,ほめてないかも」と思いました。
そこで,1週間,今まで以上に意識的にスタッフをほめてみました。その結果,スタッフの笑顔が増え,「次は,これをやってみようと思うんです」や「係りでこれをやろうと思うんです」といった前向きな言葉が増えたような気がします。
きちんとスタッフを見てほめることの重要性をすずえさんから教えてもらいました。いろんな事態が勃発する日々ですけど,目の前の事象に振り回されているばかりではなく,すずえさんのように,前を向き,明るい姿を示していける素敵な人,管理者になろうと思う今日この頃です。
このスピーチは,プロジェクトメンバーをはじめ,ほかの看護師長たちの心にも響きました。これをきっかけに,A看護師長が実践した「1週間スタッフを承認し,ほめる」という取り組みをプロジェクト活動の一環として行うことにしました。
この取り組みの後に調査用紙を用いて成果を調べました。看護師長たちによる実践内容は以下のとおりです。
★看護師長による実践
また,これらの試みにより,看護師長とスタッフともにポジティブな変化が生じていました(下記図)。
★看護師長自身の変化
★スタッフの変化
たった1週間の試験的な取り組みでしたが,A看護師長が感じたように,「やっているつもりが実は足りなかった」「見ているようで見ていないことがわかった」と,多くの看護師長が話しました。また,「スタッフに声をかけると,『いえいえ,師長さんこそお疲れ様です』と気づかう返答をしてくれた」など,自身の行動により,スタッフが変化することを感じたようです。
「看護師長が1週間にわたりスタッフを承認する」という取り組みは,看護師長の言動が自組織に与える影響について実感する機会となりました。
互いを承認し合う職場風土は,看護部の目標の1つとなり,継続してスタッフレベルでも展開されています。
このプロジェクトを始めてから4年が経ちました。当院では,看護師の採用は順調で離職率も低い状態を維持しています。承認についての研究もすすみ,承認の弊害についても明らかにされるようになりました。ただ,ほめるのではなく,相手の具体的な努力を認めることにより,自己効力感(やればできるの気持ち)が得られることが重要といわれています1)。
スタッフがいきいきと働けるようするには,看護師長自身がいきいきと働ける環境も整備する必要があります。今年度は,コンピテンシーによるリフレクション研修を導入し,自身の強みを生かしたマネジメント能力の開発を進めています。
(執筆:武蔵野赤十字病院 副看護部長 梅野直美)
1)太田肇:承認欲求の呪縛,新潮社,2019
2)Buresh B,Gordon S・著,早野真佐子・訳:沈黙から発言へ―ナースが知っていること,公衆に伝えるべきこと.日本看護協会出版会,2002,p.27
3)Vacharkulksemsuk T,Sekerka LE,Fredrikson BL:Establishing a Positive Emotional Climate to Create 21st-Century Organizational Change .Askansy NM,Wilderom CPM,Peterson MF(eds):The Handbook of Organizational Culture and Climate,2ed,SAGE Publications,2011,p.105
武蔵野赤十字病院
1949年に開院して以来,地域に根差した医療活動を展開。救急医療・がん医療・周産期医療の3つを活動の柱とし,さらに赤十字の使命である災害救護活動の体制も整えている。また,医療安全の取り組みや,看護補助者の導入,トリアージナースによる救急医療の推進など,先駆的な取り組みも数多く行っている。
病院看護部ホームページ:https://www.musashinojrc-nurse.com/
問題や欠点ではなく,組織やスタッフの「優れた特性,豊かさ,強み」にアプローチし,それを伸ばすことで成果を生み出す“ポジティブ・マネジメント”。
いまある豊かさや強みを伸ばすことで,主体性やモチベーションを高めると同時に,スタッフ間の関係を向上させ,組織の一体化をめざす。
組織づくりを,前向きに,創造的に,そして協働的に行ううえで役立つ1冊。