かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2016.9.02 update.
日常の看護のこと、学生時代の思い出、中南米のめずらしい食べ物、そして看護をめぐる世界の出来事まで、柔らかな感受性で縦横無尽に書き尽くしたブログ《漂流生活的看護記録》は圧倒的な人気を誇っていました(現在閉鎖中)。
その人気ブログを、なんと我が「かんかん!」で再開してくださるとのことッ! これはこれは大変な漂流物がやってまいりました。どうぞ皆様もお楽しみに!
ケニアでワクチン接種、何が難しいか
10年前にケニアで医療支援活動をしていたとき、その活動の一環でワクチンキャンペーンをしていた。小学校の校舎や校庭の一角を借りて、そこで一斉に集団接種をする。このために、事前に診療所にお知らせのポスターを貼ったりするほか、地元のラジオ局に協力を依頼し、「何月何日にどこそこ小学校で麻疹のワクチン接種をしますので、なんとか村にお住いの皆さんは1歳以上の子どもがいたら連れて来てね」と、かなり前から放送の合間にアナウンスをしてもらう。
種類にもよるが、ワクチンは効果を保つためにはだいたい5℃±3℃程度での冷温保存が推奨されている。村には電気が通っていなかったため、診療所には冷蔵庫がなく――いや、あったのだがそれはユニセフから貸与されているLPガス式の小さなクーラーボックスのような保存庫だ。必要最小限の破傷風トキソイドが入れておける程度で温度もなかなか安定しない。保てるのは10℃前後である。
当然、もっと低い温度で保存しなくてはいけない麻疹や風疹のワクチンは置いていない。そのためこうした大規模なワクチンキャンペーンの際には、最寄りの町にある保健施設からまとまった量のワクチンが当日朝に配送されてくる。
わたしがいた村はまだオフロードバイクの荷台にクーラーボックスをくくりつけて運んでくることができたが、もっと環境の悪いところでは途中からロバに積み替え、それからさらに人間が背負って運ぶしかない場所もある。
「世界の子どもにワクチンを」というコピーがあったが、こうしたコールドチェーンや、適切に接種できる医師や看護師の教育を受けた技術者など、ワクチン周囲のことが整備されていなければ、たとえワクチンだけが十分にあっても意味がないのである。
診察室の前で待つ患者さんたち
足、速っ!
こうして当日、周辺の集落から集まった子ども達にワクチンを接種する。だいたい1回200人程度に注射するので流れ作業というか、もう一人あたり数秒のことなので一人ひとりの顔などよく見ていられない。なので間違って重複接種しないよう、接種済みの子には爪にマジックペンでマーキングをしていた。
しかし注射が嫌なのは万国共通のようで、こっそり先回りしてマジックペンを取って自分の爪に塗ろうとする賢い子もいたりして油断ならない。そしてわたしたちが一心不乱に、はい次! はい次! と注射していたそのとき、ひとりの男の子が恐怖に耐えかねたのか、突然、待ち列の中から飛び出し、走って逃げ出した。
それがびっくりするほど足が速くて、あっという間に校庭の隅まで走って行く彼を茫然と眺めていたその瞬間、待ち列の中から彼を連れてきていた母親がさっと飛び出すと逃げていく彼を追って走り出した。
この母親もそれ以上に足が速くて、恐ろしいことにその母親は片手に赤ん坊を抱えていて足元はビーチサンダルという姿だったにもかかわらず、あっという間に彼に追いつきその首根っこをつかんで身柄確保すると「いやだー! 注射いやだー!」と泣き叫ぶ彼を列に引きずり戻した。
本当にわずかな間の出来事だったのだが、あまりの速さにシリンジを持ったまま次の子どもに注射するのも忘れて呆気にとられて見ていたわたしの様子がよほど面白かったのか、周囲にいた他の母親たちがクスクス笑いながら、
「マサイ(族)はもっと速いのよ」
「いちばん速いのはカレンジン(族)だけどね」
と教えてくれた。
走るのは悪い人?
先日閉幕したリオ五輪でも、ケニアは陸上競技でアメリカに次いで2番目に多くメダルを獲得していたが、世界的な大会で活躍しているケニア人ランナーの多くがそのカレンジン族の出身だと言われている。
しかし普通のケニア人は通常滅多なことでは走らない。基本的に何につけてものんびりゆっくり(スワヒリ語で「ポレポレ」という)がケニア人のスタイルで、車がバンバン通る車道を横切るときですら走ろうとしない。ケニアでは走っている人というのは、何か悪いことをして逃げている人ぐらいなものだ、と考えられていて、下手に走ったりなどしたら、周囲の人たちに追いかけられて捕まれば有無を言わさず袋叩きにされるから走らないのだ、と聞いた。
いくらなんでもとは思ったのだが、わたしが世話になっていた家のパパに、こんな話を聞いた。20年ほど前に近くの町でひったくりの男が逃げる途中、通りすがりのマサイの男に追いかけられ、追い越し前に回り込んだマサイの男がひらりと跳び上がったかと思うと、棍棒(マサイの男は普段は槍ではなくマサイ語でオリンカと呼ばれる棍棒を持っている)を打ち下ろし、問答無用でそのひったくりの頭を叩き割って……と。
実はまだ東アフリカの各地には、こうした私的制裁の習慣が残っていると聞き、ハリセンならともかく棍棒で空中殺法ツッコミなんてそりゃかなわんわ、と妙な納得をした。
このケニア人の身体能力の高さに目をつけて、日本でも陸上競技の強豪校などが留学生として招いたりしているのだが、いちばん大変なのは、まず「なぜ走る必要があるのか、走ればどんな良いことがあるのか」を彼らに理解してもらうところからだった、という指導者の話を何かで読んだことがあった。お金になるとわかればいくらでも走るじゃないか、というわけでもないらしく、ある程度の成果を上げると彼らはさっさと走ることをやめてしまう。
今わたしは大学院で教育学、特に初年次教育というペダゴジー(教師主導型学習)からアンドラゴジー(自己主導型学習)への移行教育についての研究をしているのだが、まさにこれだ。何らかの報酬(もしくは罰)という外的な条件つきのモチベーションというのは、その後の自主的で継続的な学習になかなかつながってはくれないのである。
回り回ってハランベー
もう一つケニア人の性質をよく表す言葉に「ハランベー」というのがある。
これは「みんなで押そう」という意味なのだが、誰かの家でお祝いごとや不幸があったときや、村の中で特に優秀な子どもが進学したいときなど、まとまった資金が必要になったときに発動する東アフリカの伝統的な互助システムのこともハランベーと呼ぶ。
ケニアにいるといつも何かしらのハランベーのお願いというのが回ってきて、人はそれぞれ出せる範囲でお金を出したりしている。それこそまったく見ず知らずの人のためのハランベーでもケニア人は基本ムゲにしないで粉のような小銭でも出す。わざわざヤギを売りに行ってお金をつくったり、本当に逆さに振ってもお金が出せなくてそれでも何かしたいと思う人は雑用を買って出たりしている。
自分が生まれたときハランベーでお祝いされたから、生きていれば何かでハランベーのお願いをすることになるから、と皆言う。とにかくハランベーは加わることにおいてのみ皆平等であるらしく、出す金額が多ければそれはそれで喜ばれはするが、それで何か発言権が得られるわけでも優遇されるわけでもない、ということらしかった。
さて、表舞台で走ることをさっさとやめてしまったケニア人は何をしているかというと、多くの場合指導者になったり、ランナーとして得たお金で留学生のための基金を設立したりして後進を育てている。これもまた彼らがかつて受けてきたハランベーを返し、次の誰かに渡すハランベーなのだと思う。
診察後、泣きくたびれた子ども
冷えすぎた ビターレモンが ほろ苦い
わたしの働いていた診療所も、この少数部族のコミュニティの中でのハランベーによって建てられたものである。
わたしが村を出て行く3日前、真新しい大きな(やはりLPガス式の)冷蔵庫が搬入されてきた。みんなで冷蔵庫を処置室へ運び、コミュニティのチェアマンだったパパがうやうやしく冷蔵庫を始動した。その瞬間みんなで歌うわ踊るわの大騒ぎとなったのだが、これもまたハランベーで購入されたものだった。
これでワクチンがちゃんと必要なだけ保管できるなあと一緒に踊りながら、だけどそういやわたしもう日本に帰っちゃうんだなあと思っていると、現地スタッフの助産師がこう言ってくれた。
「またここに帰って来なさいよ! この冷蔵庫でアンタの大好きなビターレモン(トニックウォーターに似たケニアの国民的炭酸飲料)冷やして待ってるから!」
いつか戻りたいと思いつつ10年経ってしまった。ビターレモンもさぞ冷えてるだろう。
(えぼり「漂流生活的看護記録」第11回 了)