第8回 そこへ行くためには――海外医療支援活動に必要ないくつかのこと

第8回 そこへ行くためには――海外医療支援活動に必要ないくつかのこと

2015.5.18 update.

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えぼり

日常の看護のこと、学生時代の思い出、中南米のめずらしい食べ物、そして看護をめぐる世界の出来事まで、柔らかな感受性で縦横無尽に書き尽くしたブログ《漂流生活的看護記録》は圧倒的な人気を誇っていました(現在閉鎖中)。

その人気ブログを、なんと我が「かんかん!」で再開してくださるとのことッ! これはこれは大変な漂流物がやってまいりました。どうぞ皆様もお楽しみに!

 

 

ウルグアイ旅行中限定で、Q&AサイトのAsk.fm(アスク・エフエム)で質問を受け付けていたのだが、いくつか海外医療支援活動に関する質問があった。時間や字数の制限もあり、あまり詳しく答えることができなかったが、以前からこの件に関しては、きちんと書いておかねばならないと思っていた。

 

 

dashいわゆる「英会話」ではなく

 

 

よく聞かれたのはやはり語学に関することである。

 

最近は「やっぱり英語って……できないといけないんですか?」というフワフワした質問をしてくる人はさすがにいなくなった(わたしも、そういう質問に対しては本当に冷たい返しをしてきたせいでもあるが)。

 

もちろん英語はできることが大前提ではある。しかし、いわゆる「ネイティブに通じる」正しい発音や言い回しができる、といった日本人が大好きな「英会話」ができる必要はないと思う。一緒に働くのが英語圏出身者ばかりとは限らず(わたしの場合は初めてがデンマーク人とドイツ人というチームだった)、むしろ非ネイティブ同士の意思疎通として便宜上使う英語であることのほうが多いからである。

 

訛っているのも文法が正確でないのも当たり前、ただ必要なのは、その「わかりにくい」英語の中から決して間違ってはいけない、外してはいけない言葉(たとえば疾患名や薬品名、その容量、投与方法など)を正確にピックアップして聞き取ること、自分が話すときもまたそういう言葉を特にキッチリ強調して伝えること、わからなければ何度でも言い直し聞き返すことである。

 

「話す」ことに関してはこれでいいが、活動中、もしくは帰国後に英語での報告書の提出を求められることがあるので、「書く」ことに関しては一定水準の能力は必要である。もちろん英語のほかに、もう一つ使える外国語があるというのは大きな強みになる。

 

 

dashデータ収集という、もう一つの援助

 

 

いま困難な状況にある人たちのためにとにかく何かがしたい、という動機もよく聞く。しかし緊急医療支援活動をするといっても、そのとき患者と向き合って医療だけをしていればいいというわけではない。

 

実は医療支援活動とは、大規模な疫学調査の場でもある。災害発生直後から現地入りしたチームが診察や治療から毎日集計し、次に入るチームがまた引き継いでデータを取り続ける。現地では毎日のそのデータをもとに明日、3日後、1週間後に必要なものを予測し、機材や薬品などの準備をし発注をかける(こうした「管理業務」は看護師の仕事であるところが多い)。

 

災害の種類によって違いはあるが、災害発生から時間経過にしたがって疾病構造が変化していくことはよく知られていると思う。これはそのデータの積み重ねの結果である。継続した医療支援活動によって集められてきたデータが、またいつかどこかで災害が起きたときに、迅速で効果的な物資の調達や輸送、人員の配備に活用される。

 

いま目の前にいる被災者に真摯に向き合い医療を提供することは当然として、将来起こりうる災害の被害を少しでも減らすためのデータを――それは多くの犠牲と被害の結果であることを頭に置いて――誠実に集めていくこともまた大切な業務である。

 

 

dash「これからもっと大変になる」の意味

 

 

この話をまとめていたとき、ネパールで大きな地震があり、何かできないかと思い近所のネパール料理店に行くことにした。ここの店主はネパールでも特に料理がおいしいというネワール族の出身で、裏の畑で店主がみずから栽培した野菜を使ってそのネワール族の料理を出している。

 

店に行って「心配だから来たよ」と言うと、「わかってます、ありがとう」と言った彼の顔はかなり疲れていた。ここ数日どれほど気の休まらない生活をしているのだろう。家族は無事だったのかと恐る恐る聞いてみた。

 

「ああ、はい、どうにか。でもまだみんな大変、今も大変だけど、これからもっと大変になります」

 

そう言って、ネパール語のニュースサイトを見せて説明してくれた。

 

彼の話によると、ネパールはもともと建材に乏しい国で、復興するにもその資材がないとのこと。そして多くの途上国では15歳以下の若年人口が全人口の半分近くを占めているのだが、ネパールもその例にもれない。国民の40%が15歳以下の「子ども」であり、保護と支援が必要な子どもが膨大な数になっている。

 

子ども(Child)、女性(Woman)、老人(Aged people)、貧者(Poor)、病人(Patient)は災害弱者(CWAP)と呼ばれ、発生時には十分な救護や支援が受けられないことが多く、その後の復興過程ではさらに対応が後回しにされたり、虐待などのリスクが高くなる。彼の言う「これからもっと大変」の意味を考えると、いたたまれない気持ちになる。

 

災害からの時間経過によって疾病構造が変化していくのと同様に、支援ニーズも変化してゆく。自分ができること、得意なことは何かを認識し、それがどの時点で必要とされるのか、最も効果的なのはいつかを考えることも、直接的な支援活動に参加したいと思う人にとっては必要なことだと思う。

 

 

dash希望を持つことをサポートする

 

 

わたしのフォロワーに、サイバラ漫画でおなじみの加ト吉さんという岩手県在住の音楽療法士がいる。彼はえころんという音楽療法プロジェクトを立ち上げ、東北の震災から4年が経った今も、被災地の仮設住宅を回り、地道な活動を続けている。

 

彼の活動は、すべての支援の底を支える、そして一番のロングテールである「希望」を持つことをサポートすることであり、「忘れずにいる」ことだとわたしは思っている。

 

以前から彼の手伝いをしに行きたいとは考えていた。わたしに何ができるのかはわからない、ただ見ているだけかもしれない。しかしもう一度、自分のしてきたことを振り返る意味も兼ねて、彼に会いに行ってみようと思う。

(えぼり「漂流生活的看護記録」第8回 了)

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