第6回 肉食系ホスピタリティ――そしてウルグアイ その2

第6回 肉食系ホスピタリティ――そしてウルグアイ その2

2015.4.28 update.

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えぼり

日常の看護のこと、学生時代の思い出、中南米のめずらしい食べ物、そして看護をめぐる世界の出来事まで、柔らかな感受性で縦横無尽に書き尽くしたブログ《漂流生活的看護記録》は圧倒的な人気を誇っていました(現在閉鎖中)。
その人気ブログを、なんと我が「かんかん!」で再開してくださるとのことッ! これはこれは大変な漂流物がやってまいりました。どうぞ皆様もお楽しみに!

 

 

モンテビデオのカラスコ国際空港には、前回来たときに訪ねた友人が迎えに来てくれた。当時彼は政府系銀行でアナリストをしていたのだが、今は大統領府に出向になってAntilavado(マネーロンダリング対策)をしている。

 

彼が「2年前に来たときは時間がなくて案内できなかったんだけど、旧市街を歩いてメルカド・デル・プエルトまで行って食事しない?」と言うので、ちょうど昼時でもあったので食事に行くことにした。

 

 

good世界一の肉、肉、肉

 

 

モンテビデオ港の向かいにメルカド・デル・プエルトという大きな市場がある。港の市場とはいえ、シーフードが売られているわけではなく、とにかく肉ばかりのウルグアイ名物アサード(焼肉)屋が何件も並んでいる。ここは市内循環観光バスのコースにも入っていて、モンテビデオの一大観光スポットとなっている。

 

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実はウルグアイは牛肉の個人消費量が年間約60㎏という、世界一牛肉を食べる国民である。長くアルゼンチンが世界一だったのだが、近年の経済状態の悪化や健康志向などからアルゼンチンの牛肉消費が減少し、2010年にウルグアイが追い抜き一位となった。

 

アルゼンチンもアサードが名物なのだが、アルゼンチンのアサードは炭火であるの対し、ウルグアイでは薪で肉を焼く。街中の雑貨屋でも店先に薪を積んで売っていて、ご丁寧に焚き付け用の松ぼっくりまで一緒に売られている。

 

週末になると家族や友人が集まってアサード、というのがウルグアイ人のスタイルで、不動産屋で出ている物件紹介にも「アサードのグリルつき」と書かれていたりする。わたしが借りていたアパートメントもパティオにアサードのグリルがあり、週末は賑やかな声とともに、いい匂いの煙が部屋まで立ち昇ってきていた。

 

だいたい一人前が肉400~500gにフライドポテト、もしくはマッシュポテトがついて300ペソ(1500円)程度。ウルグアイの物価は南米諸国の中でもかなり高いほうである。

 

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good塩だけ、が一番うまい!

 

さて、わざわざ仕事を早上がりまでして迎えにも来てもらったわけだし、この昼食代はわたしが払おうとすると彼がその手を押さえる。

 

「¡No al machismo! ¡Si a la igualdad!(マチスモはんたーい!平等にー!)」

 

わたしがテーブルをばんばん叩いて抗議すると、彼は「マチスモじゃなくてただのホスピタリティだよ」としれっと言うので、ありがたくご馳走になることにした。

 

こちらの料理はあまりスパイスの類を使うようなことがなく、アジア圏の料理に慣れた舌には少し物足りなさを感じるかもしれない。しかし赤身肉を大きなかたまりでじっくり焼いたアサードは、塩だけで食べるのが一番だと思う。

 

 

goodトマトは酸っぱく、キャベツは辛く、セロリは苦い

 

さすが「肉が主食」といわれているだけあって、モンテビデオではどこのスーパーに行ってもあまり野菜が売られておらず、夕方遅い時間に行くと玉ねぎすらもうすでに売り切れていることもよくある。

 

「モンテビデアノはどこで野菜買ってるの?」とアパートメントのオーナー、アルフレードに聞くと、国会議事堂の裏手にメルカド・アグリーコラという農産物の市場があって、近郊の農家が作物を持ってきて売っているので行ってみるといいよ、と勧められた。元々は広場に屋根があるだけのただの「市場」だったのだが、最近改装されてきれいなショッピングモールのようになっていて、ときどきイベントなどもやっていると教えられて行ってみると、並んでいる野菜や果物の色鮮やかさに驚き、テンションが上がってしまい選べない……、落ち着けわたし。

 

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広くて天井のやたらと高い建物の中には野菜や果物だけではなく、肉も当然売られていて、みやげ物屋やカフェ、ドラッグストアまで入っている。米や日本酒、味噌などの日本食材を扱う店もあった。こういった日本食材の類はサンパウロやパラグアイの日本人集落で生産されたものが輸入されているのだという。

 

アパートメントに戻って、ここで買ってきた野菜で料理をしてみると、トマトは酸っぱく、キャベツは辛く、日本で売られているよりずっと小さく茎まで青いセロリは苦い。そしてどれも強烈に青くさく土くさい。料理をしながら、子どもの頃は野菜がおいしいと思えなかったな、ということを思い出す。

 

この野菜類を肉やチョリソと一緒に煮込み、パスタを入れた「ギソ」というウルグアイ料理をアルフレードに教えてもらったのだが、野菜のうまみというものをあらためて感じた。品種改良の進んだ、生でもおいしく食べられる日本の野菜もいいけれど、こういう野菜を食べるとしみじみ「ああ農業ってとにかくすごい」と思う。

 

 

goodそして最後はやっぱりワイン……

 

 

ウルグアイはワインの名産地でもある。モンテビデオから北に少し行ったカネロネス県には何件もワイナリーがある。タナ種という、他にはフランス南西部のごく限られた地域ぐらいでしか栽培されていない品種が主に栽培されていて、名前の通りタンニンの渋みが特徴的な、アサードによく合う赤ワインが多く生産されている。

 

日本ではタナが売られているのをあまり見かけないし、わたしはフルボディのしぶーいワインが好きなので、こちらに来るのはこのワインを楽しみにしているといっても過言ではない。

 

以前行ったワインブティックがアパートメントの近くなので、また行ってみることにした。「Museo del Vino(ワイン博物館)」というこの店は、昼間はやっているんだかいないんだかわからないワインブティックなのだが、毎週水曜日から土曜日まで、夜はワインバーとして営業していて、日替わりでブルースやボサノバなどのライブやタンゴ教室をやっている。わたしが2年前にこの店に行ってみようと思ったきっかけはこのライブの動画だった。

 

 

モンテビデオ市内では「大人のための」ライブハウスとしてちょっと知られていて、店主のミゲルも愛想のない偏屈なワイン屋のオヤジかと思っていたら、実はウルグアイのソムリエ業界の第一人者として協会を設立して教育指導に当たったり、雑誌にワインや美食についてのコラムをいくつか連載している人だった。

 

昼過ぎに店に行ってみると、シャッターは上がっているもののやはり扉には鍵がかかっている(ウルグアイではよくある)。夜にでもまた来るか、と思っていたら奥からミゲルが出てきて開けてくれたのだが、わたしの顔を見てものすごく驚いているので、「覚えてた?」と聞くと「当たり前だよ! ここで20年以上店やってるけど、日本人なんて他に来たことないんだから!」と言う。そりゃそうだろうなあ。

 

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goodワイン博物館で夜な夜なタダ酒

 

 

結局モンテビデオ滞在中はほとんど毎晩のようにこの店で飲んでいたのだが、ミゲルは一度も払わせてくれなかった。わたしが「今夜は払わせろー! こっちは客だー!」と言っても黙って笑って、まるで聞こえていないような顔で聞く。

 

「赤がいい?白にする?」

「赤ください……」

「じゃあ次はこれ飲んでみる? 夏だしロゼもいいよ。タナのロゼは飲んだことある?」

「……それは次にもらいます……」

 

こんな感じで、どんどんいろんなワインを勧められて飲むという繰り返し。その中でもわたしが特に気に入っていたのが店の名前を冠したワイン「Museo del Vino」で、ミゲルがピッソルノ・ファミリー・エステイツというカネロネスのワイナリーとコラボしたというタナとメルローのブレンド。

 

厳選されたオーク樽で7か月熟成されたというこのワインは、赤いベリー類のフルーティーな香りの奥に長く細くバニラとオークのアロマが残って、とても飲みやすいワインだった。これはモンテビデオ市内でも老舗のレストランやワインブティックにしか卸していないと言っていたのだが、そういうものを惜しげもなく毎日毎日よく飲ませてくれたもので。

 

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さすがに毎晩これではあまりに申し訳なさすぎる。いかにわたしがついサービスしたくなるほどの別嬪さんであるとはいえ(あくまで自己評価)、これはサービスの度が過ぎる(というわけでグラスを下げたり掃除をしたり店を閉めるのを手伝ったりはしていた)。

 

そして帰国する前日、連日のタダ酒の埋め合わせをすべく、ワインをまとめて箱買いしたのだが、そこでもミゲルは「じゃあこれ、うちからのプレゼント」と1本オマケにつけてくれたのがまた「Museo del Vino」で。もしかするとこれはミゲルの遠大な営業活動にはめられたのかもしれないと思いつつも、また来たらここで飲んで買い物してしまうのだろうなと思っている。

(えぼり「漂流生活的看護記録」第6回了)

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