取材レポート 「地域化先進地、島根県出雲で聞く。これからの課題と方向性」 (取材日2014年6月)

取材レポート 「地域化先進地、島根県出雲で聞く。これからの課題と方向性」 (取材日2014年6月)

2014.12.18 update.

by『精神看護』編集部

 

地域移行も他職種連携も大変に進んでいるかに見える島根県の出雲圏域。出雲市において、医療関係者、保健所や市役所の方にもお集まりいただき、行政のかかわりも含めてお話をうかがった。

 

そもそも出雲では、患者さんが退院するに際しての退院前調整会議が高頻度で日常的に行われており、お集まりいただいた皆さんは頻回に顔を合わせているのだという。

 

すでに連携の問題はクリアされているかに見える出雲だが、何が課題として残っており、これから何を目指して動こうとしているのだろうか。

 

お話をうかがった方たち(参加者)
東美奈子 社会福祉法人ふあっと 相談支援専門員  
永岡秀之 島根県立こころの医療センター 医療局次長(医師)
鬼村京子 島根県立こころの医療センター 看護副師長
飯村健太 島根県立こころの医療センター 精神保健福祉士
西尾美穂 出雲市役所 福祉推進課相談支援係
福間佳美 出雲市役所 福祉推進課相談支援係
天野和子 島根県出雲保健所 総務保険部 心の健康支援課 課長
松井由紀 有限会社へるしーらいふ 介護支援専門員、社会福祉士

 

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トピック1.「これからこんなことが実現できたらいいな」

 見守り強化型のサービス付高齢者住宅を作ったら、退院が困難な患者さんにも出雲に住んでもらえるのではないか。 島根県立こころの医療センターは2000年に病床を70床近く減らしている。その時に退院できなかった患者さんは、いわゆる困難事例(重度慢性)の人たちだ。

 

しかし診療報酬改定と精神保健福祉法改正が、明確に精神科病床削減の方向性を示している今、そうした重度慢性の人たちにも再度退院支援を試みる必要がある。

 

こころの医療センターは、精神科地域移行実施加算(入院期間5年を超える入院患者のうち、退院した患者の数が1年間で5%以上減少の実績がある場合に、1年間算定できるもの)の取得を目標に、「地域生活支援チーム」を立ち上げ、現在病院をあげて退院支援に取り組んでいる。チームは、5年以上入院する患者さんたちに焦点を当て、状況を確認しながらどういうサービスをしていけばいいかを考え、月1回は必ず集中的なカンファレンスを開いている。昨年からは新たな「退院看護スコア」を作り、「患者さんのいいところ」を多面的に評価し、退院につなげているという。現在の急性期閉鎖病棟の退院率は、88%だが、それを95%にまで上げたいとしている。

 

「昨年度は4人退院していただくよう努力しましたが3人にとどまりました。今年はもうすでに5人退院したのでこの加算が取れそうです。去年頑張ったぶんが、やっと今実ってきたかなあっていうところです」と、同センターの永岡医師は言う。 退院が困難な事例に多いのは、退院に家族が反対するパターンだという。過去に患者さんが地元で起こした出来事を理由に「地元には帰さないでください」と言う家族もいる。

 

「そのような患者さんたちには、地元に帰ってもらうのではなく、出雲に住んでもらうことを考えて、どんなサービスがあれば実現できるかを考えたほうが現実的ではないか」と、ベテラン相談支援専門員の東美奈子氏は話した。 今も病院に残る超長期入院の人たちのイメージとしては、「30~40年入院していて、年齢が60~65歳。高齢者とはいえないために、通常は介護保険の対象にならない、制度のはざまに落ちてしまう人たち」だという。「これから服薬自己管理が完璧にできることは難しく」「まして働くことを望むのは現実的ではない」人たちには、どのような形の住居を出雲の地に用意するのが理想なのだろうか。

 

議論のなかで、「見守り強化型の、高齢者の介護付き住宅」のようなものができれば退院は可能だと、その場にいた人たちの考えは一致した。安心できる自分の部屋があり、看護師もいて、独語などがあっても気にしない人たち同士で住める住居だ。 ただ、そうした介護付き住宅をこれから作っていくと考えた時、問題になるのは入居費用の高さだ。要介護の高齢者が住むようなものと同じような枠組みで考えると、月10万円~30万円の支払いが必要だ。「障害年金の範囲で対応してもらえたら助かるのだが」という声も出たが、金銭的なハードルは高い。

 

話し合いでは「こうすれば解決」という結論は出なかったものの、折りにふれて関係者があるべき理想を語り合い、皆が要望するもののイメージを固めていく作業が、将来につながっていくのだろう。

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2.ケアマネジャーとヘルパーを養成しなければいけない

 「精神疾患をもつ利用者を担当できるケアマネジャーとヘルパーの増員が急務だ」と話したのは、自身もケアマネジャー業務に携わる傍ら、自らが主催するNPO(NPO法人ターミナル・難病・重度障害者いずも在宅支援ネットワーク)でケアマネジャーやヘルパー等介護事業者への研修で質の底上げに取り組んでいる松井由紀さんだ。

 

松井さんは、「介護保険の“地域包括ケアシステム”の対象に精神科の利用者が入っているということが、ケアマネジャーにもほとんど理解されていない状況」だと言う。現状のままでは、「精神科は手がけたことがないので」「うちは受け付けていないので」と断る支援事業者が続出してしまう。

 

そこで松井さんは行政が主催する「ケアマネの質の向上委員会」のメンバーとして、どのケアマネジャーでも医療機関との連携、制度の有効活用ができるようなマニュアル作りを提案した。精神科病院を含む各病院に「入退院の際に、ケアマネジャーがどのようにそこにかかわるのがよいのか」を、「A病院の場合」「B病院の場合」といったマニュアルにしてケアマネジャーに配布できるよう作業を進めている。「それを見ればおおよそどのケアマネジャーでも間違わない対応ができ、支援患者さんに不利が生じないようにしたいのです」と松井氏は話す。確かにそうしたマニュアルがあれば、「精神科を何も知らない=できない」という心情から抜け出すきっかけになるかもしれない。

 

精神疾患を持つ利用者を担当するケアマネジャーとヘルパーを養成するために、ほかに何ができるだろうか。東氏は、出雲内の介護保険のケアマネジャーたちを集め、システムと法律を理解してもらうための意見交換会を開いたらよいのではないか、と提案した。

 

加えて、「交流実習」にも参加してもらえばよいのではないか、という。「交流実習」とは、病院に就職した新人は地域の資源を知るために地域に見学に行く。逆に、病院を知らずに地域で仕事をしている人は病院に見学に行くという交換実習のことだ。そうした機会があれば、ケアマネジャーやヘルパーたちが、精神科の患者さんが病院で日中どうやって過ごしているのか、入院生活のイメージを把握してもらえる。精神科に足を踏み入れたことがない人が精神科を知る最初の一歩としては格好の機会になる。

 

永岡医師は、アウトリーチ事業に参加した経験から浮き彫りになった課題は、「治療中断をどう防ぐか」だと実感したという。そこで、長期入院だった人が退院した場合には、限定した期間、往診をしようと考えている。しかし県立病院なので、永久に往診を続けるわけにはいかない。いずれ地域に引き継ぐためには、引き継げるケアマネジャーや地域サービスを育成しなければならない。そのためには、病院も地域支援者へ医療情報を提供し、あるいは医療相談に応じることで、担い手の負荷や心配をできるだけ軽くしつつ、一緒にやっていく姿勢を示していく、という。

 

このようにして、その場にいる人たちのなかで、新しい提案、新しい情報がどんどん更新されていきながら、物事が決まっていく。そのスピードが非常に早い。

 

 

3.当事者やボランティアをもっと活用できないか

「ずっと思っていたんですが」と東氏が切り出したのは、ボランティアや当事者たちの力を借りる機会をもっと増やせないだろうか、という点だった。例えば、病院を退院した後、一人暮らしの家に話に来てくれるボランティアがいれば、それだけで安心できる当事者は多いという。 家族もおらず、独り暮らしの人は、寂しさから土日になると救急外来へ受診しに来てしまったり、救急じゃなくても病院に頻回に電話をかけてくる現状があるという。平日はデイケアや出かける場所もあるが、土日をどう過ごすかというのは出雲でも課題なのだ。そうした人たちが週末、集まれるような仕組みや、ボランティアなどの活用、そして退院する前に人生のなかの“輝き”につながるようなものを、作業療法やトレーニングにより見つけていくような方向の支援が、今、必要とされているという。

 

閉鎖病棟で働く鬼村京子看護師は、「退院した当事者に閉鎖病棟に来てもらい、退院後の生活のことを話してくれるようなボランティアを頼めると、長期入院の人も退院への興味が湧くのかもしれない」と語っていた。

 

 

4.お金の問題をクリアしたい

島根県では、県独自の「福祉医療」制度に、2014年10月から精神障害者も含まれることになるという。これにより、低所得であれば1か月の医療費の上限が5000円になる。一見障害者に優しい制度に思えるが、この弊害は、「入院していることが一番お金がかからないことになってしまう」点だという。

 

地域で生活をすればお金がかかるので、皆、病院がいいと言い始めてしまう。その時は何と言って説得すればよいのだろうか。

 

「医療の役割は終わったから、という説明を、精神保健福祉士と看護師が一生懸命やっていくしかない」(東氏)。その際重要なのは「地域で支える人が、病院ときちんとつながり支援が継続していくということを強調し、患者さんの気持ちを動かすこと」(松井氏)だという。 医療者も、退院支援への気持ちが萎えそうになった時は、地域で暮らし続けている当事者たちの顔を思い出せば奮起できるのだそうだ。「地域で暮らすと、皆さんもう入院したくない、って言いますから。生活自体は不自由でも、タバコが吸える、酒が飲めるって。そういう自由さが、彼らにとっては大きいのです」(永岡氏)。

 

さらに、障害と介護保険との連動も課題だという。65歳になり介護保険の対象者になると、負担が増えてしまうことが、利用者にも行政にも悩ましいところだという。 退院支援を押し止める動きは病院内部にも芽生えがちだ。それは、「安定して入院していてもらえば経営が安定する。だから退院を積極的に進めない」という考えだ。出雲の病院は、そうした経営優先の安易な道をどのようにして絶ったのだろうか。

 

「私が看護師に対して言いたいことは」と東氏は言う。「看護師が“経営が……”なんて言ってはダメだということです。看護師は最後まで、目の前の患者さんにとって何がいいのかを語らなければいけません。入院させておく圧力が経営からあった時も、“いや、でもこの患者さんはもう病院にいるよりも、地域のほうがいいですよ”と言えるのは、看護だと思う」。これには病院の鬼村看護師も強く同意した。

 

 

ほかの地域に比べれば、歴史的実績も、連携の厚みもある島根では、これからやるべきことのレベルはさらに高い。ただ、長期入院の人たちはまだ残っているし、退院した人たちの“孤独”という問題もあることがわかった。それらの人たちへ、どういう支援があれば安心して地域で暮らしていけるのか、出雲圏域の挑戦はまだまだ続く。

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