看護師のち研究者になったナースが『摘便とお花見』を読む、その第2回。

看護師のち研究者になったナースが『摘便とお花見』を読む、その第2回。

2013.10.17 update.

 

「臨床を知らない現象学者」によって書かれた

看護師についての本、『摘便とお花見』。

看護研究書とも、哲学書とも、インタビュー集とも言い切れない

この摩訶不思議な本を、

看護師であり、臨床を知る現象学の研究者たちが読む。

短期集中4回連載。週一更新です。

 

 

坂井志織

首都大学東京人間健康科学科 看護科学域成人看護学博士後期課程

 

 「不思議なタイトルだな」というのが第一印象だった。タイトルから本の内容はわからないが、何かが伝わってくるような感覚があった。その感覚を胸にページを進めていくと、多種多様な看護行為が登場してきた。尊厳死のサインをする患者さんを見守りながら摘便の段取りを練る、浮腫んだ足をマッサージする、患者さんと共にお花見に行き奥さんへのお土産を買う、透析の機器管理をする、多職種間の交渉を行う、死の語りを聞く、子どもの死に立ち会う、ごっこ遊びをするなどなど。

 

 一通り読み終えたときに、タイトルから何が見えたのかわかった気がした。それは、通常では一緒にならないようなことが当たり前に混在するなかに、違和感なく身をおいている看護師の姿だった。看護師は病む人の生の全般に多岐にわたり関わっている。すると必然的に“摘便”と“お花見”が一人の看護師の中で自然に同居し、看護が展開される。この不思議なタイトルには、渦中の看護師では気付きにくい、そんな看護の幅広さと複雑さを興味深く見つめる著者の眼差しが反映されているように感じた。

 

 『誰も看護師を知らない』という本書のキャッチコピーを見たときに、私は数か月前に目にした特定看護師導入推進議論のなかの一文を思い出した。そこには、国家資格をもった看護師がコミュニケーションだけしているのはもったいない。有資格者の行う仕事ではないという旨のことが書いてあった。“ただのお喋り”という論調に、私は一人の看護師として悲しく悔しい思いがした。看護行為は同じ医療の場で働く者の間でも、理解されているとは言い難く、『誰も看護師を知らない』というのは言い得て妙だと感じてしまう。では、看護師は“ただのお喋り”をしているだけだろうか?

 

 その答えが本書の中にあった。本書に登場する看護師4名の活動の場はそれぞれ違うが、コミュニケーションということが表に出たり裏になったりしながら、その実践の中に共通して流れている。ここでは第5・6章のがん専門看護師の実践から紹介したい。

 

 がん告知後の患者は信じられない思いでいっぱいになり、不安と孤立のなかで過ごす。受入れ難い現実が、対人関係と行為の形成を阻害する。この場面で看護師が継続して行っていたことは“患者の表出を聴く”ことだった。病気に関係のないことも、何でもいいから聴くという行為は傍から見ると“ただのお喋り”に映るかもしれない。しかし、この聴く作業が「患者さんが語り尽くすまで聴く」「感情移入ではない」「追体験を患者が感じ取る」という3つの運動から成り立っており、それが看護行為の出発点・新たな対人関係を作ると村上氏は分析している。病む人を支える実践の基盤が、コミュニケーションなのだ。

 

 コミュニケーションは、あらゆる場面でのケアという営みの基盤となるものである。また、意図的に行われていない部分もあり、患者との行為連関によって両者の間に起きていることも多い。本書は、コミュニケーションという看護師自身も意識することが難しい、見えにくい実践を、現象学という視点から鮮やかに奥深く描き出している。言語化しづらい看護行為を見事に表現してあり、一人の看護師として嬉しくもあり、看護研究者としては先を越された悔しさも感じさせる1冊であった。

 

執筆者略歴

日本赤十字看護大学を卒業後、日本赤十字社医療センター脳神経外科に勤務。そこで出会ったしびれの患者さんへのケアを考えるために、日本赤十字看護大学修士課程に進学。その後、縁あってタイに4年間在住し、その間バンコクの私立病院で日本人コーディネーターとして約2年勤務。帰国後、日本赤十字看護で教員として教育と研究に携わる。今春からは修士からの研究テーマを深めるため、博士課程での学生生活を送っている。

 

 

[リンク]

 

朝日新聞(2013.10.20)書評欄に掲載されました。評者は出久根達郎さん(作家)です。

 

北海道新聞(2013.10.20)書評欄に掲載されました。評者は浮ヶ谷幸代さん(文化人類学者)です。

 

図書新聞』に著者、村上靖彦さんのインタビュー記事が掲載されています


 

摘便とお花見 看護の語りの現象学 イメージ

摘便とお花見 看護の語りの現象学

誰も看護師を知らない。
とるにたらない日常を、看護師はなぜ目に焼き付けようとするのか??看護という「人間の可能性の限界」を拡張する営みに吸い寄せられた気鋭の現象学者は、共感あふれるインタビューと冷徹な分析によって、不思議な時間構造に満ちたその姿をあぶり出した。巻末には圧倒的なインタビュー論「ノイズを読む、見えない流れに乗る」を付す。パトリシア・ベナーとはまた別の形で、看護行為の言語化に資する驚愕の1冊。

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