かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2013.9.04 update.
『訪問看護と介護』2013年2月号から、作家の田口ランディさんの連載「地域のなかの看取り図」が始まりました。父母・義父母の死に、それぞれ「病院」「ホスピス」「在宅」で立ち合い看取ってきた田口さんは今、「老い」について、「死」について、そして「看取り」について何を感じているのか? 本誌掲載に1か月遅れて、かんかん!にも特別分載します。毎月第1-3水曜日にUP予定。いちはやく全部読みたい方はゼヒに本誌で!
→田口ランディさんについてはコチラ
→イラストレーターは安藤みちこさん、ブログも
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自分の両親、夫の両親を看取ってわかったのは、亡くなっていく人はふつうとは違う意識状態に入っていく、ということです。看取る側の私は、その変化についていけず、抵抗します。
私は「ふつうの状態=健康」がよくて、「ふつうじゃない状態=病気」は悪いと思っていました。でも、認知症の方のグループホームで働いたり、浦河べてるの家の精神障害などを抱えた人たちとの交流を通して、人間の心には幅があり、「ふつう」という身勝手な尺度で相手を測ろうとするのは傲慢なのだ、と思うようになりました。
障害は……その人の「心」の現われであって、その人の本質が変わってしまったわけではない……ということを、頭ではなく身体で理解するのに、ずいぶんと長い時間が必要でした。今でもちょっと気を抜けば、問題行動だけを見て他者のすべてを判断しようとしがちです。
「看取られる側」の方たちは、これから亡くなっていくのだから、ふつうじゃない状況です。ですが、それはすべての生き物が経験する状況でもあるのだから、普遍的でもあります。あらゆる生命が死を体験するのですから、ふつうじゃないのは「死なない」ことであって、死ぬことは特別なことではありません。でも、社会的な慣習に従って生きていると、社会的な価値観からなかなか抜け出せないし、それも致し方ないことだと思います。
私の実父は、骨折して運ばれた整形外科病院で、アルコール依存症によるせん妄状態を起こし、その最中に末期がんが発見されたのですから、父の精神的混乱は大変なもので、病院側のスタッフは困惑していました。
医師からは再三転院を催促されましたが、私を助けてくれたのはこの病院の看護師長さんでした。師長さんは、以前の病院で認知症看護の経験があり、父の混乱を「異常」とは見なかったのです。
「お父さんはたいへん混乱されていますが、でも、必死で自分を保とうと闘っています。強い方だと思いました」
徘徊しようとベッドから降りてしまい、夜中に妄想に脅えナースコールを繰り返す、迷惑な患者である父に対して、1人の人間として接してくれました。
「あんなに迷惑をかけている父に、師長さんはなぜ優しくしてくれるんですか?」
と尋ねたことがあります。
「私には、お父さんが狂っているようには見えません。お父さんはすべてわかってるように思えるんです」
師長は、そう答えました。
すべてわかっているように思える……。その言葉の意味が、そのときの私にはいまひとつピンときませんでした。師長も、深い意味があって言ったのではないかもしれません。
父のがんが発見されたのは、それから少ししてからでした。
整形外科病院から転院する日、師長は忙しい合間を縫って、父が救急タクシーで搬送されるのを見送ってくれました。
父は師長さんが大好きでしたが、その朝は師長の顔がわからないようでした。
「お父さん、師長さんにお別れしなくていいの?」
そう言っても、父は「誰だ?」と言うばかりで、知らんぷりをしていました。タクシーに乗るときにやっと、師長さんに、
「あなたも元気でがんばりなさい」
と、急にえらそうに言っていました。その父に対して師長さんは頭を下げて、
「ありがとうございます」
とお礼を言っていた姿が印象的でした。それは、お愛想でも演技でもなく、心からの素直な言葉だったからです。
「これから、本当に大変だと思いますが、がんばってください」
そう言って、車が見えなくなるまで手を振ってくれました。
それからいくつかの病院を転院して、最初にこの師長さんに出会ったことは奇跡だったのだ……と思うようになりました。転院した先の救急病院では、父は「人間」ではなく「迷惑な患者」でしかありませんでした。
その落差は、衝撃を受けるほどでした。
24時間救急患者を受け入れているその病院は、とても大きな病院でスタッフもたくさんいましたが、全員が忙しそうでした。患者家族と会話する時間もないようでした。担当医と面接できたのも、転院してから2日後でした。先生の時間がとれない、という理由でした。
完全看護を謳っているのに、私は病院から「お父さんに24時間ついていてくれなければ、転院してもらう」と言われました。それは到底無理でしたので、介護人派遣業者を見つけて介護人を雇いました。50歳代後半のフィリピン人女性が派遣されてきました。彼女は付き添い介護のプロで、父の病室に寝泊まりして世話をしてくれました。何十年もこの仕事をしていると言います。「病院は完全看護と言いながら、人手不足で手がまわらないから、私たちのことは黙認している」と言っていました。
いよいよ高まる在宅医療・地域ケアのニーズに応える、訪問看護・介護の質・量ともの向上を目指す月刊誌です。「特集」は現場のニーズが高いテーマを、日々の実践に役立つモノから経営的な視点まで。「巻頭インタビュー」「特別記事」では、広い視野・新たな視点を提供。「研究・調査/実践・事例報告」の他、現場発の声を多く掲載。職種の壁を越えた執筆陣で、“他職種連携”を育みます。楽しく役立つ「連載」も充実。
8月号の特集は「来たれ! 新卒訪問看護師!−千葉県訪問看護実践センター事業の試み」。「新卒に、訪問看護師は無理」。本当にそうなのでしょうか? 意外とそうでもないようです。実際に立派に務めを果たす3人の新卒訪問看護師の座談会には説得力が。もちろん、それにはステーション他のバックアップが必要です。行政・県看護協会・大学が公的・組織的に人材育成を支えた“地域連携型人材育成”に学びます。