4-2 がんの治療を断念するまで―「看取り」のかたち〈その1〉

4-2 がんの治療を断念するまで―「看取り」のかたち〈その1〉

2013.6.12 update.

なんと! 雑誌での連載をウェブでも読める!

『訪問看護と介護』2013年2月号から、作家の田口ランディさんの連載「地域のなかの看取り図」が始まりました。父母・義父母の死に、それぞれ「病院」「ホスピス」「在宅」で立ち合い看取ってきた田口さんは今、「老い」について、「死」について、そして「看取り」について何を感じているのか? 本誌掲載に1か月遅れて、かんかん!にも特別分載します。毎月第1-3水曜日にUP予定。いちはやく全部読みたい方はゼヒに本誌で!

→田口ランディさんについてはコチラ
→イラストレーターは安藤みちこさんブログも

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〈前回〉

 

「入院させてもらえないなんて」

 私の父は、神奈川県にある「ピースハウス病院」というホスピスで亡くなりました。日本初の独立型ホスピスとして、1993年に誕生したところです。
 71歳の父が、肺がんの末期と診断されたとき、私はがんを甘く考えていました。
 すぐ県立がんセンターに相談に行くと、きっぱりと入院を拒否されました。理由は、父が骨折していたこと、さらにアルコール依存症だったからです。
「うちは、がん専門病院だから、がんの患者さんしか扱わない。まず、あなたがすべきことは、お父さんのアルコール依存症の治療ですよ。がん治療に専念できない人を入院させるわけにはいきませんから」
 庭木の剪定中に脚立から落ちて複雑骨折した父は、整形外科に救急車で運ばれました。骨折は全治6か月の重症でした。腰にギブスをはめられてベッドから動けなくなった父を襲ったのは、アルコール依存症の禁断症状。せん妄状態となった父は病院で大暴れ。お医者さんも看護師さんも、本当にびっくりしたと思います。整形外科にアルコール依存症の患者なんてあまり来ませんからね。病院に呼び出されて、
「とても面倒をみきれない。ほかの患者さんにも迷惑がかかる。すぐに転院してほしい」
と言われました。
「でも先生、父は全治6か月で、今は絶対安静なのではないですか? 動かしてもいいのでしょうか? どうか、今しばらくこの病院に置いてください」
 そう頼み込んで、夜間は家族が付き添うことを条件に、なんとか入院させてもらいました。そうこうするうちに、レントゲン検査で肺がんが見つかったのです。肺に写った白いもやもやはかなり広範囲で、レントゲン写真を持って訪ねた県立がんセンターで「かなり進行していますね……」と言われました。
 整形外科の病院からは「はやく出て行ってくれ」と言われ、がん専門病院からは入院を拒否される。そこで、内科と整形外科と精神科がある総合病院を訪ね、診療科間の連携はできないかと相談したところ、
「うちの病院では科を横断するような連携はやっていない」と断られました。
 このときのことは、よく覚えています。
 私は、総合病院の精神科を受診したのです。そこの医師が、アルコール依存症を多く扱っていると聞いたからです。30歳代後半の先生でした。私が父の状況を説明し、なんとか整形外科に入院しながらアルコール依存症とがんの治療をしたいと懇願すると、先生は苦しそうに、こうおっしゃいました。
「それは病院としてはできない。そうお答えするしかないんです……」
「なぜですか? だって、この病院には、整形外科も精神科も内科もあるじゃないですか。なのに、なぜ連携できないんですか?」
「それが、今の医療の現実なんです……」
 そのころ、私はまだ“医療の現実”をよく知りませんでしたから、なんと理不尽な話だろうかと腹を立てていました。そして、泣きながら食ってかかったのです。
「おかしいです。患者を救うのが医療じゃありませんか。どうしてできないんですか? だって、人間は年をとったら、いろんな病気を併発するんです。1つの病気が別の病気を誘発したりするんです。それなのに、複数の病気になったら入院させてもらえないなんて、おかしいです」
 先生はとても困っていました。
「あなたのお気持ちはよくわかります。おっしゃるとおりだと思います」
「だったら、私はどうしたらいいんですか? 私は何をしたらいいんですか? 私には何ができるんですか?」
 先生は答えませんでした。そして、帰り際に、こんなことをおっしゃいました。
「私の父親もアルコール依存症でした……」
「え? そうなんですか?」
「そうです。それがきっかけで、私は精神科医になりました。父の依存症は、私にとってブレイクスルーでした。あなたにとっても、そうかもしれませんよ……」
 何を言っているんだろう、この医者は!と思いました。それが、医者の言うことか!と。私は、黙って頭を下げ、涙で顔をぐちゃぐちゃにして診察室を後にしました。
 今になって思えば、この医師の言うことは正しいです。もし父がアルコール依存症でなかったら、私は作家になっていなかったでしょう。でも、それとこれとは別です。私に必要だったのは、精神論ではなく、現実的なアドバイスでした。精神科医にそれを望むのは勘違いだったのでしょうか。

つづく

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訪問看護と介護

いよいよ高まる在宅医療・地域ケアのニーズに応える、訪問看護・介護の質・量ともの向上を目指す月刊誌です。「特集」は現場のニーズが高いテーマを、日々の実践に役立つモノから経営的な視点まで。「巻頭インタビュー」「特別記事」では、広い視野・新たな視点を提供。「研究・調査/実践・事例報告」の他、現場発の声を多く掲載。職種の壁を越えた執筆陣で、“他職種連携”を育みます。楽しく役立つ「連載」も充実。
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