第3回 看護師さんに聞いてみた「ストレスケア病棟ってどんなとこ?」 

第3回 看護師さんに聞いてみた「ストレスケア病棟ってどんなとこ?」 

2013.2.19 update.

佐口賢作 イメージ

佐口賢作

さぐちけんさく◎1973年10月10日生まれ。93年よりフリーライターに。以来、オカンのうつに右往左往しながら雑誌、Web、書籍と原稿を書きまくり、生計を立てる。2010年5月、うつ病の家族を向き合う人に向けたコミックエッセイ『ぼくのオカンがうつになった。』(PHP研究所)を出版。オカンの病状は良かったり、悪かったり。ブログ「狛江ライター雑記」はこちらhttp://saguchi.jugem.cc/。

DSC_0032.jpg ストレスケア病棟が日本に初めて登場したのは、1998年のこと。福岡県にある不知火病院が、うつ病治療専門病棟「ストレスケアセンター」を開設。2000年に不知火病院、松原病院(福井県)、戸田病院(埼玉県)、草津病院(広島県)の4病院が発起人となり、日本ストレス病棟研究会を結成した。

 

 以後、着実にその数を増やしているストレスケア病棟は、うつ病の患者と患者家族にとってどのような場所なのか。オカンの入院を通じて感じた疑問を、実際にストレスケア病棟の現場で働く看護師さんにぶつけてみた。

 

 応えてくれたのは、 2008年からストレスケア病棟をスタートさせた神奈川県立精神医療センター芹香病院に勤務する、うつ病看護認定看護師の安藤馨さん(写真)。医療現場について明るくはない患者家族ライターの素朴な問いに対して、粘り強くお付き合いくださったことに感謝したい。

 
現在のストレスケア病棟事情

――さっそくですが、安藤さんの看護師としてのキャリアについて聞かせてください。

安藤 1993年の4月に、横須賀市にある国立療養所久里浜病院(現:独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター)に就職しました。アルコールの専門治療がメインの病院だったのですが、そこで、アルコール内科や精神科慢性期・急性期の病棟を経験しました。12年間勤務していたのですが、現職場の芹香病院にスーパー救急病棟があることを知り、超急性期の看護を経験したいと思い芹香病院に移りました。10数年振りに県職員試験を受けるなど、ちょっと緊張することもありましたが、運よく希望の病棟で働くことができました。その後、短期間ですが看護学校の教員も経験させていただき、2010年から芹香病院に戻り、現在のストレスケア病棟で働いています。

 

――今回、オカンが入院したのは東京西部にあるN病院のストレスケア病棟でしたが、従来の精神科の入院病棟とは異なる印象を受けました。

安藤 たぶん従来の精神科病棟に比べて、明るくきれいで、部屋の間取りも広く感じたのではないでしょうか。昔の精神科病院って、6人部屋のような大部屋も普通でしたが、ストレスケア病棟では同じ広さでも4人で使ったりしているのでゆとりのある構造が基本になっていると思いますよ。また、芹香病院のストレスケア病棟は、気分障害(うつ病、双極性障害など)の患者さんだけが入院しています。

 

――たしかに、N病院もフロアがわかれていました。正直、患者家族としては安心する要素ですね。というのも、今回、入院するにあたっていくつかの病院を見て回ったんですが、患者の家族として引いてしまった病院がありました。

安藤 というと?

 

――そこは、8人、10人の大部屋があって、入院している患者さんもさまざま。奇声が聞こえることもあれば、こちらをじっと睨んでいる人もいる。オカンが紹介された部屋は4人部屋でしたが、ベッドとベッドの間を仕切るカーテンもなく、設備も古い。これでは静養できないのではないか、と。

安藤 現場側の人間からすると、佐口さんが“引いてしまった”という病院の事情もわかります。20数年前、僕が看護学生だった頃の精神科病院というのは、古く、肝試しの場所として選ばれるようなところでしたから。立て替えた病院も多いとは思いますが、それでもまだ昭和な感じの病院もあると思います。芹香病院のストレスケア病棟も元々ある建物の中をマイナーチェンジした形なので、外観と中身のギャップがあります。雰囲気はとても良いと思いますけど、ところどころ昔の名残が残っていますよ。

(新しい時代の精神科医療に対応するため、神奈川県立精神医療センターは平成26年度に芹香病院とせりがや病院を統合し、新しい病院になります。詳しくはコチラをご覧ください。)

 

――家族としては、病院のパッと見の新しさや清潔さに目がゆきがちですが、医療の質はまた別ということですよね。たしかに、いざ入院してみれば、いいところもあったのだろうと思います。医療スタッフの方の対応も非常に丁寧でしたし。ただ、次に見たN病のストレスケア病棟はきれいで、新しくカルチャーショックとまでは言わないものの、すぐに「こっちだな」と思いました。第一印象はとにかく、静かなことでした。

安藤 そうですね。うちのストレスケア病棟もすごく静かです。他の病棟では、なにかしらの音がしていますけどね。時々、他の病棟に入ると「なんでこんなにざわざわしてるんだろう」と思うくらい。それほど、ストレスケア病棟はシーンとしています。

 

――見学の時ではなく、あとで気づいたんですが、それはうつ病の患者さんしかいないからなんですね。

安藤 たぶん、そうなんだと思います。

 

――統合失調症など、他の症状の患者さんと場所をわけることは、うつ病の経過に好影響があるんでしょうか?

安藤 まれに、統合失調感情障害の方が入院してくることもあるのですが、なんというか、気分障害の集団の中にいると雰囲気がちょっと異なるわけです。すると、気分障害の患者さん達も接し方に悩む場面があるようですし、その患者さんのほうも周りから距離を置かれていると感じてしまう場面はあるようです。集団のもつ雰囲気ということからも、フロアがわかれていることは、双方にとっていいことなんのではないかと思います。

 

――医療的な処置もしやすいのでしょうか?

安藤 関わり方という点では、自分の場合は、しやすさ、しにくさをそんなに感じていません。ストレスケア病棟に配属されるまでに一応ひと通りは経験してきているので。例えば、急に統合失調症の方が入院してきたとしても、そこで対応に悩むということはないです。気分障害の患者さんの一部には、看護師のちょっとした言葉に、過度に反応したり、何か不満や不安につながったりということがあります。ですから、接遇にはかなり気を使っていますけど、それも統合失調症の患者さんと差を付けているわけではなく、同じように対応しています。

 

看護師のキモチ

――患者家族のこんな振る舞いで、「これはやめてほしいな……」というのはありますか?

安藤 家族については、病院に任せっぱなしなのはちょっと……、と思います。こちらには『一緒にやっていきませんか?』という気持ちがありますから。たぶんどこの看護師も患者さんや家族と話をしたいし、してもらいたいと思っていると思います。今の病棟では、家族が病院に任せきりというケースは少ないと感じています。それでも家族面談などにあまり出てきてくれないとか、受け入れが悪いケースだと『いや、患者さんはいずれ家に戻るんですから』とは思ってしまいますね。

 

――とはいえ、長年うつ病の家族がいると、家族の中での人間関係がうまくいっていないパターンも少なくないと思いますが?

安藤 たとえば、佐口さんの本『ぼくのオカンがうつになった。』を読んだ感じだと、お母さんとおばさんとの葛藤がありますよね。その葛藤を解すような家族間の関係の調整までは、われわれ医療者にはできないのかもしれません。それでも、患者さんを中心に置いて、ご家族と医療スタッフとで情報を共有する取り組みは大切なことだと思います。病名がはっきり示されることで、ご家族、患者さんがすっきりしたという例もありましたし。話すことでこれまでとは違った視点が生まれるかもしれませんので、こちらとしてはスタッフとの面談など、機会があるときはどんどん利用してもらいたいですね。

 

――よくわかる一方で、家族側としては、状態の悪い時だからこそ入院してもらい、本人と離れられてホッとしたという本音もあります。そのタイミングで、「担当医から説明があります」と呼び出され、病院へ行くのは気が重いというか。家族だから協力するのが当然だという雰囲気は、少し抵抗があります。

安藤 なるほど。その気持ちもわかりますね。家族も疲れてるからゆっくりしたいですよね。患者さんは入院してある程度の期間、休息が必要ですが、家族にも必要ということですね。そういった時期を経て、ある程度落ち着いたら、今後に向けての話というのもやっぱり必要になってきます。入院中に得た患者さんの傾向などを、これからの日常生活や仕事等での注意点としてアドバイスできることがあるかもしれません。また、ストレスケア病棟には、従来の精神科病棟よりもゆっくりと時間を取り、ご家族と話し合える環境が整っていると思うので、できればコミュニケーションを深めていってほしいと思います。

 

(つづく)

 

次回は、患者家族から見た看護師の仕事について、

引き続き安藤さんにお話をうかがいます!お楽しみに!

 

ぼくのオカンがうつになった。 イメージ

ぼくのオカンがうつになった。

2008年、気分障害での通院患者数が100万人を突破しました(厚生労働省調べ)。しかも、患者の半数以上である約57万人が50代~80代。つまり、うつ病に悩む人の多くが、30代、40代にとっての親世代なのです。
もし、自分の家族がうつ病を患ってしまったら……。頼れる存在だった親が、ふさぎ込んでしまうもどかしさ。もちろん、一番苦しいのは本人ですが、周囲の家族もまた、「うつ」という病に巻き込まれていきます。投げ出したくても投げ出せず、身近で接することの苦しさを吐露し合える仲間はなかなかみつかりません。
僕のオカンがうつ病と診断されたのは、16年前のこと。パニック障害を併発したこともあれば、ヒステリックな行動に出るオカンにがく然とし、涙したことも多々あります。それでもなんとか寄り添いながら、今日まで歩んできました。
うつ病によって、人が変わってしまったように思える親や家族とどう付き合えばいいのか? うつ病になってしまった母親とぼくの、激動の16年間を書いたコミックエッセイです。

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