第2回 うつ病患者家族から見た精神科病院

第2回 うつ病患者家族から見た精神科病院

2013.2.05 update.

佐口賢作 イメージ

佐口賢作

さぐちけんさく◎1973年10月10日生まれ。93年よりフリーライターに。以来、オカンのうつに右往左往しながら雑誌、Web、書籍と原稿を書きまくり、生計を立てる。2010年5月、うつ病の家族を向き合う人に向けたコミックエッセイ『ぼくのオカンがうつになった。』(PHP研究所)を出版。オカンの病状は良かったり、悪かったり。ブログ「狛江ライター雑記」はこちらhttp://saguchi.jugem.cc/。

 

 前回から時は流れて、2013年。

 

 現在、オカンはおばちゃん(オカンの姉)とマンションで二人暮らし。僕は数年前に結婚し、嫁と別の街に住んでいる。家族を取り巻く状況は変化したものの、オカンとうつの付き合いは平行線。最近のメンタルクリニックへの通院は2〜3週間に1回で、処方される薬の量はオカンの調子によって微増微減の繰り返し。機嫌よく過ごせる2週間があったかと思えば、うつうつとふさぎこむ日々がやってくる。

 

 寄せては返す、うつの波。久しぶりのビッグウェーブがやってきたのは、2011年の春だった。

 

 笑顔で過ごせたクリスマスと年末から一転、風呂にも入れず、ベッドの守護神と化したオカン。同居しているおばちゃんとの関係もギクシャクし、些細な言動にとらわれてはマイナスの感情を爆発させる。

 

 「あんた、嫌い」「出て行け」「一緒に暮らせない」と言い放ち、ひとしきり怒怒怒なシーズンに突入したかと思いきや、今度は僕のところへ「息苦しい」「死にそう」とSOS電話が頻繁にかかってくる展開に。毎回毎回駆けつけることもできず、電話口でなだめるも、落ち着かないオカンが頼る先は薬。メンタルクリニックからの処方薬のうち、睡眠薬を中心に飲み過ぎてしまい、ますます生活のサイクルはぐだぐだに……。

 

 不安発作からの過呼吸状態や、せん妄的な言動も出始めて、おばちゃんはぴりぴり、息子はぐったり、オカンも「ダメかも」と言い出したところで、主治医と相談。生活のサイクルを立て直し、薬の調整を行い、家族にとっての一休みの意味も込め、入院することに。とはいえ、今日明日で入院先が見つかるわけもなく、主治医がつながりのある病院を当たってくれる一方、僕は僕でマンションの周辺にある精神病院へ連絡。ベッドの空きをリサーチし、“受け入れ可”と言ってくれた病院へ、オカンを連れて見学に行った。

 

 電話で応対してくれたソーシャルワーカーが非常に温かな雰囲気だったので、期待して向かった某病院。しかし、正面玄関を入った途端に漂う、“外した感”。ボロい。暗い。なにより入院している患者さんのほとんどが、「うつ病患者」ではない模様。それでもベッドに空きがあるならと、病室を見学させてもらうとそこには驚きの空間が……。

 

 いまどき見かけない12人部屋に、もう何年も入院しているような雰囲気のお年寄りたちがごろり。廊下ではぶつぶつと何事かをつぶやき続けるおばさんが看護師に手を引かれていき、正直、この時点で「こりゃ無理だろう」と僕の心は後ろ向き。それでも笑顔のソーシャルワーカーは、「ご覧のとおり施設は古いですが、スタッフは充実していますから」と、空きベッドのある4人部屋へと案内してくれた。

 

 「窓辺のいい部屋ですよ」とは言うものの、ベッドは木製。仕切りのカーテンもなく、横になると隣の患者さんと目が合う並び。「すぐに入院できるなら多少は我慢する」と言っていたオカンも、これはちょっとという表情に。

 

 見学を終え、ソーシャルワーカーに「入院されているのは統合失調症の方が中心ですか?」と聞くと、「急性期の方は先程のフロアにはいませんから、お母様も十分、休養できると思いますよ」という返事。それはそうかもしれないが……と思う一方、この環境のあのベッドに「差額ベッド代3000円」という設定にも納得できず。「いったん、主治医に相談します」と勇気ある撤退を選択。

 

 こんな顛末のあと、主治医I先生の紹介でオカンの入院先となったのが、山の中にあるN病院の”ストレスケア病棟”だった。聞きなれない病棟の名前に「普通の病棟と違うんですか?」と尋ねると、I先生は「ストレスケア病棟は、急性期を過ぎたうつ病の患者さんのケアのために作られた療養型の病棟です。特に、N病院の建物は新しいし、病室も広くて、お母さんも落ち着けると思いますよ」と説明してくれた。

 

 実際、現地に行ってみると、とにかく病棟がきれい。そして、静か。案内してくれた医療相談室のスタッフによると、「統合失調症など、ほかの精神疾患とは分けてうつ病の専門的な治療を行っている。投薬治療だけでなく、体調が整ってきたら、カウンセリング、作業療法、認知行動療法、アロマテラピー、ヨガ、体操、音楽療法など、いろいろなケアメニューを受けることができる」とのこと。

 

 ただただ心と体を休ませるのではなく、もう一歩踏み込んだケアを行ってくれるという説明に、ストレスケア病棟の印象は前向きなものに。過去のオカンの入院時には聞いたことがなかった、アロマテラピー、ヨガ、音楽療法など。投薬、カウンセリングだけではなく、一人ひとりの“何かをしたい”という気持ちを引き出してくれるのだろうか、と半信半疑ながら期待感が高まった。

 

 続いて、病棟専任の精神科医との入院前検診。I先生からの紹介状をベースに、オカンのうつ病歴と最近の状態を確認するような問診が続く。普段のメンタルクリニックでの診療は長くても20分というところなので、小1時間かけての問診に丁寧な印象を受け、すぐに「ここはいいかも」と思ってしまった。何よりオカンの表情が先日の昭和な設備の某病院のときとは明らかに違い、とても穏やか。「ここで休みたい」という希望もあり、2〜3か月を目処にした入院が決まった。

 

 具合が悪くなったらいつでも診てもらえるという安心感からか、入院が決まった途端、少し気分が落ち着いた様子のオカン。とはいえ、着替えも億劫、風呂に入るのは不安発作が出たら怖いから無理、すたすた歩くこともできず、食欲もないまま。ストレスケア病棟の先生も「2週間程度は安静することから始めましょう」と、作業療法などは一切なし。検査のとき以外は、横になっていることを勧められた。

 

 その指示が理に適っていると納得したものの、僕の脳裏によぎるのは長期間の入院による、費用の問題。治療費は”高額医療費制度”を利用すれば天井が見えるのだけれど、差額ベッド代は別。N病院のストレスケア病棟は、4人部屋の差額ベッド代が約4,000円。個室になると2万円を超える。当初、4人部屋に空きがなく個室での入院になると聞き、「それはムリ!」とおののいていると、医療相談室のスタッフが「病院側の都合ですので、差額ベッド代は4人部屋の料金で」との説明があり、ホッと一息。

 

 それでも1日4,000円となれば、1か月で12万円。治療費、入院保障金、食費などを合わせると30万円を超える。それだけのコストをかけているのに、1か月の半分である2週間は安静にすることから、なのだ。それが治療のためとはわかっていても、カウンセリングくらいしてくれてもいいのに、と思ってしまう……。

 

 しかし、環境はこれまで入院したどの病院よりも良好だった。最初の2週間が過ぎたころには、臨床心理士によるカウンセリングや看護師による作業療法が始まり、いずれもほぼ初めての経験だったオカンはそれなりに楽しんでいた。

 

 「今日は絵を描いた」「すごくたくさん質問があるアンケートをやったのよ」「編み物の時間もあるんだよ」などなど、見舞いに行くたび、取り組んだことを話してくれる。どうやら自分が描いたり、編んだりしたものをきちんと評価し、取り組みについて聞いてくれることがうれしかったようだ。そして、1か月もすると、談話室にある漫画を読んで「おもしろい」というくらいまで回復した。

 

 その間も週1回ペースで担当医と看護師、臨床心理士を交えた家族面談があった。医師からは治療の方針と経過、看護師からは日頃の様子、臨床心理士からは心理検査の報告などが伝えられる。オカンにとってはうれしく手厚い体制だが、一方で「退院後、自分たちだけではこのレベルのサポートはできないな」と焦りを覚えた。

 

 朝、晩、寝る前。きちんとした服薬ペースを取り戻し、不安発作も出なくなり、生活のサイクルも安定したということで、オカンは2か月ほどで退院することになった。できれば、退院後もオカンが気に入っていた編み物などの作業療法をどうにか継続させたい。そこで、自宅周辺に通える作業場はないかとケースワーカーに相談したが、フィットする場はみつからなかった。いわゆる作業所は統合失調症の方や高齢者向けに設定されている。オカンのような“職場復帰を目指すわけではないうつ病患者”には、社会に戻るルートがほとんど用意されていない。入院によって目に見える回復があった分、家に戻ってしばらくすれば、「この安定はいずれ崩れていくのだろう」という予感も。

 

 「どうにか家族で支えていってください」

 

 そんな、“暗黙の了解”をプレッシャーに感じながらの退院だった。

 

 

(つづく)

 

 

 次回は、ストレスケア病棟勤務の看護師さんが登場!

 著者の疑問・質問に本音でお答えいただきます!

 

 

イラスト◎サトウナオミ、『ぼくのオカンがうつになった。』(PHP研究所)より転載

ぼくのオカンがうつになった。 イメージ

ぼくのオカンがうつになった。

2008年、気分障害での通院患者数が100万人を突破しました(厚生労働省調べ)。しかも、患者の半数以上である約57万人が50代~80代。つまり、うつ病に悩む人の多くが、30代、40代にとっての親世代なのです。
もし、自分の家族がうつ病を患ってしまったら……。頼れる存在だった親が、ふさぎ込んでしまうもどかしさ。もちろん、一番苦しいのは本人ですが、周囲の家族もまた、「うつ」という病に巻き込まれていきます。投げ出したくても投げ出せず、身近で接することの苦しさを吐露し合える仲間はなかなかみつかりません。
僕のオカンがうつ病と診断されたのは、16年前のこと。パニック障害を併発したこともあれば、ヒステリックな行動に出るオカンにがく然とし、涙したことも多々あります。それでもなんとか寄り添いながら、今日まで歩んできました。
うつ病によって、人が変わってしまったように思える親や家族とどう付き合えばいいのか? うつ病になってしまった母親とぼくの、激動の16年間を書いたコミックエッセイです。

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