講演録「心の技法」(13) 患者さんの感情に巻き込まれないコツ

講演録「心の技法」(13) 患者さんの感情に巻き込まれないコツ

2012.5.17 update.

名越康文 イメージ

名越康文

1960年生まれ。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院精神科主任を経て、99年、名越クリニックを開業。専門は思春期精神医学。精神科医というフィールドを越え、テレビ・雑誌・ラジオ等のメディアで活躍。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP研究所、2012)、『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『薄氷の踏み方』(甲野善紀氏と共著、PHP研究所、2008)などがある。2011年4月より「夜間飛行」(http://yakan-hiko.com/)にて公式メルマガスタート。

本稿は、2011年6月29日に行われた「名越康文連続講義 現場で生き残るための心の技法」での名越康文氏の講義を元に再構成したものです。

 

「救ってあげたい」という自分の思いとのつきあい方

 

(質問)精神科医として、患者さんのお話を聞いてこられた名越先生は、患者さんの感情に巻き込まれないような工夫をどのようにされてきたのでしょうか。

 

耳が痛いご質問ですね(笑)。「あんまり巻き込まれないようになった」と思えたのは、48歳を過ぎたくらいからです。今51歳なので、まだ3年ほどですね。テレビに出させていただいているイメージがあるのか、「若いころからテキパキ仕事をして」というイメージがあるようなんですが、それはとんでもない誤解です。僕は晩生(おくて)です。「自分は学ぶのが遅いなあ」「才能ないのかなあ」と悩んでいる人は、みんな僕の仲間だと思ってください(笑)。

 

さて、巻き込まれないようにする、という問題について考える場合には「この人を救ってあげたい」という、自分の中の思いとどう付き合っていくか、ということを考える必要があると思います。

 

もちろん、医者としても、人間としても、目の前に困っている人がいたら「この人を救ってあげたい」と思うのは当然です。ただ、その思いを「遠く」から抱けるようになって、あまり巻き込まれなくなった、という実感があるんです。つまり、「救ってあげたい」という感情のまま、あまり相手の「近く」に行ってしまうと、どうしても「相手を自分の意のままにしたい」という欲が立ち上がってくる。「これがこの患者さんにとっての幸せなんや」という思い込みを、どんどん押し付けるようになってしまうんです。

 

例えば、すごく抑圧的な母親と一緒に暮らしている娘さんがいて、「絶対この子を自立させてあげなきゃ」と感じたとする。でも、そのように感じた自分の感情をよく掘り下げてみると、実は、自分の人生をその子に投影させているだけ、ということがしばしばあります。

 

僕自身も、自分の母親に対して、押し付けがましさというか、抑圧的なものを感じ続けて育ちましたから、なんとかそこから自由になりたいという思いは強かった。そういう個人的な思いが強く心に残っていると、どうしても似たような状況に置かれた目の前の人に、自分と同じイメージを投影して、感情移入してしまう。「わかるわ~、辛いやろ??」って共感しちゃうんですね。

 

でも、そういう情熱は往々にして、自分の感情を再生産して、相手に押し付けているだけなんです。つまり、ナルシズムに過ぎない。身も蓋もないと思われるかもしれませんが、どんなに美しい情熱に見えても、振り返ると単にナルシズムにあふれた自己実現に過ぎなかった、ということは少なくありません。結果的には、自分のナルシズムを満足させるために相手の方を使っているだけだった、という関係性は、皆さんの身近にもたくさんあるんじゃないかと思います。

 

ご質問に戻ると、僕らが「患者さんに巻き込まれる」と呼んでいる現象は、実は医療者のナルシズムに患者さんを巻き込み、自己実現のために使おうとすることによって生じていることが少なくないんです。だから、自分の中のコンプレックスとか、ナルシズムには十分注意して、目を配っておいていただきたいと思います。

 

精神科医、カウンセラーという職種は、もしかすると他の医療職に比べて一桁多く、そういうことを経験する立場といえるかもしれませんが、その経験からいっても「自己実現のためにクライアントを使ってしまう」ということは非常に起こりやすいということはいえます。

 

じゃあ、どうしたらいいかというと、これも結局、自分の心の動きをしっかりと観察するしかない。相手への気持ちが「暖かい」ぐらいならいいけれど、「熱く」なりはじめたら、要注意です。どこかでナルシズムが高揚してきている可能性が高い。患者さんと一緒に悲しんでいるうちはいいけれど、悲しみが深くなって、勝手に涙がこぼれはじめたら危ない、と考えてください。

 

要するに、「相手の人生を自分の人生として同情する」というのは、すでにアウトなんです。その人の人生に共感し、同情するのはいいけれど、自分の人生に同情してはいけません。

 

以上は、僕の臨床家としての洞察を述べたまでで、必ずしも普遍性のあるものではないかもしれませんが、参考にしていただければと思います。

『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』 イメージ

『自分を支える心の技法 対人関係を変える9つのレッスン』

5月25日発売決定!


精神科医・名越康文「本気の一冊」、ついに刊行!

仕事や友人・家族関係のなかで生じるストレスの多くは、突き詰めれば“対人関係”に行き着く。気鋭の精神科医・名越康文が病院勤務時の経験とその後の研鑽のなかで培ってきた、対人関係・セルフコントロールに役立つ心理的技法をコンパクトにまとめた一冊。対人援助職はもちろん、「人と人とが交わる現場」で生きるすべての人に贈る9つのレッスン。

詳細はこちら

トラックバック

http://igs-kankan.com/mt/mt-tb.cgi/592

コメント

「心の技法」大変興味深く読ませていただいています。

鍼灸マッサージの治療院をやっていますが、体がほぐれると心もほぐれるのか、悩み事を話し始める患者さんが結構いらっしゃいます。
「まあ、そうですか。それはつらいですねえ」というような応答に終始する事がほとんどですが、時々「それはこうした方がいいのではないですか」と言ってしまう事があります。

あまりにもかけ離れた体験だと何も言えませんが、自分にも心当たりがあるような事例だとつい、私だったらこうするのに、という気持ちになります。でも、患者さんはアドバイスを求めている訳ではない、話す事が何かのきっかけになるかもしれないし、話す事で気持ちの整理ができるかもしれないのだから、ただ聞くだけにしよう、と最近は気をつけています。

体の事でも例えば「腰が痛いときはお風呂掃除やめて下さいね」と言っても「ちょっと楽だったから」と掃除して、悪化してしまう人もいます。以前は「せっかく注意したのに」と思いましたが、腰の痛みよりも掃除の方が大事なのか自分でやらないと気が住まないのか、まあ、痛いのは本人なんだから体の使い方の原則は伝えるけど、あとは自分でわかってもらうしかないなと思うようにしています。

でないと、腹が立ってしまうので。それは患者さんにも伝わりますし。

今回の記事の「どんなに美しい情熱に見えても、振り返ると単に自己表現にあふれたナルシズムにすぎなかった」という言葉、忘れないようにしたいと思います。

このページのトップへ