被災地で行った

被災地で行った"地域医療" 第1回

2011.7.08 update.

小野雄司  イメージ

小野雄司 

SF作家になることを夢見ている消化器科医。困難な状況に立ち向かう人間の精神のすばらしさを書いてみたい。実際の臨床の場でも患者さんはみな困難な状況にあり、それを克服するためにどのようにお手伝いできるかを考えている。
写真は支援先の南三陸町で、米の運搬をお手伝いしている筆者。
日本医科大学1999年卒業、北海道大学大学院医学研究科2007年修了、医学博士。稚内市立病院などを経て、現職。

被災地で行った“地域医療” 第1回 

小野雄司

医師 札幌社会保険総合病院 内科・消化器科 

 

今回こそは自分にできることをしよう

――阪神大震災から、感じ続けていた後悔

 

大災害を目の前にしたときに、被災した皆さんは当然であるが、直接その災害の被害にあっていない人たちも漠然とした不安や焦燥感を抱く。実際に連日のニュースを見ているうちに動悸がしたり、眠れなくなったという患者さんが増えたとの報道もあった。

 

被災した皆さんのことを心配する気持ち、いつか自分も同じような災害にあうのではないかという不安は当然として、この不安や焦燥感は、その災害に対して何かしたいのだけど何もできないでいる、という無力感からも生じているのだと思う。僕が大震災のTVニュースを見ながら感じたのもそういった種類の感情だった。

 

僕のこれまでの人生は、まだそれほど長くはないのに後悔することがたくさんあって、なかでも、16年前の阪神大震災のときに何もできなかった、いや、ただしくは何もしなかった、という悔いの存在が大きい。

 

当時大学生だった僕はその報道を見ながら、なにかしたいと思いつつも何もすることができなかった。なんらかの責任から逃げた、というわけではないのだけど、いまでも「あのとき自分は逃げていたのではないか」と考えてしまう。

 

そして3月11日の午後、あの場面をTVで見ながら、今回こそは僕も自分にできることをしよう、と決心した。しかし、救急を専門としているわけでもなく、災害医療の訓練を受けたわけでもない、地方の一内科医に何ができるか? そこはやはり不安だった。ところが、今回僕が南三陸町に行き、そこで巡回診療をおこなってみて、被災地で地域医療を行うことがとても重要であると実感した。それを皆さんに伝えることができたらと思う。

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地域に暮らす人々の命を支える巡回診療

 

僕らは社会保険病院グループの第5班として、4月中旬から下旬にかけて宮城県南三陸町で巡回診療を行った。巡回診療とは、避難地域や孤立地域の集落を巡って、そこの住民たちに震災以前と同レベルとまではならなくとも、少なくとも病状の悪化を食い止めるような医療を行うことを目的とするものである。

 

当時は他の地域と同じように避難所診療所や巡回診療が主に行われていた。南三陸町は震災前から医療が充実していたとはお世辞にも言えない、日本のどこにでもあるような医療過疎の町であった。ただでさえ少ない医療機関は地震と津波によりすべて壊滅し、住民たちは震災による体調の悪化が懸念されるうえに、昨日まで飲んでいた薬にも事欠く状態だった。その人々の健康状態を把握し、病状の悪化を防ぐのが巡回診療の目的だ。

 

この巡回診療、同じような医療過疎の地域では災害医療ではなく日常の診療として行われている。僕は10年ほど前、市立稚内病院に勤務していたが、稚内市も医療過疎の街で、周辺人口合わせ4万数千人いる地域にもかかわらず、病院と名のつく施設は市立稚内病院と脳外科の単科病院のみという地域だった。

 

脳外科以外の急性期疾患を治療できる施設は市立稚内病院しかなく、慢性期患者を十分にコントロールし、悪化させないことが非常に重要であった。 しかし、稚内市周辺は人口は少ないがカバーする面積が広大で、高齢者も多く、病院に定期的に通院するというのは住民にとっても難しい面があった。これらを解決する手段として、同院の内科では、巡回診療を行っていた。慢性期疾患でコントロールが比較的良好な患者を主な対象に、週に1回、数か所の集会場、公民館をまわり、臨時診療所を開設して周辺住民の診療を行うというもの。

 

巡回診療によって、病院に通院するのが大変なために治療の自己中断をし、病気が悪化して病院に担ぎ込まれることを回避できたと思う。巡回診療を行っている地域は少なくないだろうし、このような地道な活動が、その地域の医療を支えている。

 

「すべての患者が初診」

――被災地での巡回診療の“特殊性”を多職種チームの連携で支えた

 

僕は日常業務のなかで巡回診療を行った経験があったので、被災地で特別なことをしているという感覚なく活動ができた。ただ、やはり南三陸町での巡回診療が経験と違う点は多かった。

 

まずほとんどの患者が初診に近い状態で、現在の病状と既往歴の把握を同時に行わなければならなかったこと、もらっていた薬と同一銘柄を用意することは難しい場合が多く、同等薬品を探し出して処方する必要があったこと、そして、震災後に手持ちの薬がなくなったり、あわただしさのなかで飲み忘れていたという薬を再開するにあたり、限られた検査機器(たとえば携帯型血糖測定器と血圧計と聴診器)しかない状況で、知識と経験を頼りに判断しなければならなかったこと、などがあった。

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また、医療だけではなく地域を支える介護支援などの枠組みも崩壊し、独居老人の受診状態の把握、往診の必要の有無など地域全体についても考える必要があった。

 

もっとも、もちろん僕一人でこれらのことが行えたわけではなく、薬に関しては当院から派遣された薬剤師の浅野先生、そして地域住民の健康の状態把握や往診の必要性については、それまでのチームからの引き継ぎで得たデータとともに、同じく当院の神下看護師や、被災しながらも仙台社会保険病院から来てくださった看護師や事務の方々が綿密に調査してくれた。

 

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4月末で巡回診療を終了するよう南三陸町から指示されていたので、これらの情報は、その後に地域の健康を支える保健師の方々に申し送られた(つづく=全2回で掲載します)。

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