かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2011.4.18 update.
北川貴英
システマ東京代表。1975年6月生まれ。空手をはじめさまざまな武術や身体論を学んだ後、2005年にロシア武術「システマ」に出会う。08年、システマ創始者ミカエル・リャブコ氏より公式インストラクターとして認定される。現在、朝日カルチャーセンター、東急Beなど多数の定期クラスをもつほか、防衛大学課外授業、公立小学校などで指導を行う。2011年、『システマ入門』を上梓。システマブログ(http://systemablog.blog54.fc2.com/)
岡田慎一郎
1972年生まれ。理学療法士、介護福祉士,介護支援専門員。身体障害者,高齢者施設の介護職員,介護講師を務めるなかで、従来の身体介助法に疑問を抱き、独自に身体介護法を工夫。2003年、武術研究家の甲野善紀氏と出会い,その古武術の身体操法に感銘を受け、師事する。2004年頃から、古武術の身体操法を応用した「古武術介護」を提案したところ大きな反響を呼んだ。現在では、医療、介護施設などを中心に全国で年間200を超える講習会活動を行っている。
著書に『古武術介護入門(DVD付)』、『DVD+BOOK 古武術介護実践篇』(医学書院)などがある。
岡田慎一郎公式サイト(http://shinichiro-okada.com/)
緊張をとり、
臨機応変に対応できる身体をつくる
岡田 ロシア武術のシステマは、ここ数年、武術に関心を持つ人の間ではかなりの話題となっていますが、一般の人にはまだほとんどその存在を知られていないのではないかと思います。私は北川さんとの個人的な縁でシステマのことを知りましたが、医療関係者を含めた一般の方にとっても参考になる部分が多いんじゃないかと感じて、今日の対談をお願いしました。
今日はじっくりとシステマの世界について紹介していただきたいと思います。
北川 こちらこそ、よろしくお願いします。システマは、ロシア軍の特殊部隊で開発された武術です。日本の古武道と同じように、ロシアでも、古くから伝わってきた身体の使い方、身体技法の伝統みたいなものがあります。それを現代の戦場や、緊張感の高い現場、たとえば要人警護のような場面で使えるようにアレンジしたものですね。
システマで一番大切にしているのは呼吸です。なんで呼吸が大事かというと、呼吸が止まるとリラックスができないからです。リラックスがどうして大事かというと、たとえば鉄砲持った人がこっちに向ってきたら、緊張しますよね。緊張して頭が真っ白になっちゃうと、自分の能力を十分に発揮できません。能力を最大限に発揮しなきゃいけないピンチにもかかわらず、自分のスペックを落としてしまう。
そうならないようリラックスして、極限状態でも自分のスペックを最大限に引き出せるような状態をつくれるようになりましょう、というのが、システマの基本となる考え方です。
岡田 医療や介護の現場も、ある種の極限状態といえる場面が少なからずあります。緊張のために自分の能力を最大限に発揮できないというのは、誰もが経験することですから、システマに学ぶ部分は多そうですね。
呼吸など、具体的な方法論については後ほどうかがうとして、もうひとつ、私がシステマについて興味深いと感じているのは、その柔軟な発想や考え方です。
武術に限ったことではありませんが、私たちはカリキュラムがあって、教わったことを繰り返して習得する、ということに慣れています。それに対して、システマは決まったカリキュラムはないし、「こうしたらよい」という「答え」を呈示しないということが新鮮でした。
つまり、いろんな練習法を呈示するものの、それに対する「解」は一人ひとりの発想に任せる、というところがあって、非常に自由な武術なんだな、という印象を受けたんです。
北川 それは、いってみればシステマの本質ですね。戦場で生まれた技術ですから、型にはめることはしないんです。だって、戦場だと、相手が何人かわからないから、1対1という前提はないし、武器をもっているか、素手かもわかりません。場所も、ジャングルかもしれないし、川の中からもしれない。いくら練習したって、同じ状況が起こることって絶対ないですよね。
また、一人ひとりの体重、身長、身体のやわらかさや運動能力も違います。そういう、自分の身体や周囲の環境といった、あらゆる要素が絡まったなかで、そのつど最適な動きを作りましょう、というのがシステマの考え方なんです。だから、必然的に臨機応変にならざるをえないんですね。
負荷をかけつつ、リラックスする
岡田 決まった型を学んで、それを繰り返し練習して習得する、ということに慣れてしまうと、イレギュラーなことが起きたときにお手上げになってしまいます。医療・介護の教育でも、そういう側面がどうしてもあります。とはいえ一方で、何のルールもなく自由にやればよい、というものでもないと思いますが、システマの臨機応変な動きは、どのように養っていけばよいのでしょうか。
北川 そうですね。臨機応変、自由といっても、システマにある種の「型」が存在しないわけじゃないんです。ただそれは、「こうきたらこう受けてこう返す」といった、外形的なパターンを繰り返し練習する、というものではありません。
システマの型というのは、「呼吸する」「リラックスする」「姿勢をまっすぐに整える」「動き続ける」という、大きく分けて4つの原則を守る、ということです。「システマは自由」だからと好き勝手やっていると、長年しみついたその人の癖の世界から抜け出すことができません。そこで、常に原則に立ち返ることで、自分の殻を破っていくことができるというのが、システマのトレーニングの基本的な考え方です。少し実際にやってみましょうか。
システマのトレーニングは、リラクゼーションが基本です。大まかに言うと下半身のリラクゼーションと腹部のリラクゼーション、それから胸部と腕から先のリラクゼーションがあります。
ただ、リラクゼーションといっても、一般的にイメージされるリラクゼーションとは違います。システマでは、身体や心に、負荷をかけながらリラックスさせる、という方法をとります。なぜそうするかというと、現場では必ず身体や心に大きな負荷がかかるからです。
たとえば、お風呂に入っているような、負荷のない状態でいくらリラックスできても、現場で緊張してしまっては意味がない。だから、あえてリラックスしづらい状況下でリラックスする訓練をします。そうすることで、困難な状況でもリラックスして身体を使うことができるようになってきます。
岡田 確かに緊張した現場でリラックスできなければ意味がないですからね。
北川 僕らはプッシュアップと呼んでますが、要は腕立て伏せです。ただ、普通は筋力アップを目的としてやると思うんですが、システマでは、姿勢、呼吸、リラックスに焦点をあてて行います。たとえば、背骨が曲がっちゃうと背骨のところに負荷が集中してしまうので、まっすぐに調整します。また、腕に力が入ってしまいがちなんですが、腕にはいっさい力が入らないようにリラックスさせます。上下に動くのも、腕の筋力をなるべく使わずに、呼吸に合わせて動きます。
岡田 腕立て伏せの体勢で、腕をリラックスさせるというだけで、すごく難しいですね。どうしても腕の筋肉が緊張してしまいます。
北川 リラックスというのは、見方を変えると「力任せじゃない動きを、身体のなかに養っていく」ということです。だから、「リラックスしましょう」と言われていきなりできる人はあまりいません。訓練が必要なんですね。なぜなら、そういうリラックスした動きを身体が納得しない限り、身体は自然と、慣れ親しんだ使い方、筋力を緊張させた動きを採用してしまうからです。
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筋肉よりも、呼吸の力を信頼する
岡田 体験してみて、呼吸の力で腕立て伏せをする、というのがなかなか難しいですね。どうしても腕の筋力頼みになってしまいます。
北川 筋力というのは、いわば「緊張」の力です。でも、力というのはそれだけじゃなくて、呼吸によって動き、負荷に耐え、大きな力を出すことだってできる。それを学ぶのが、システマのトレーニングです。
なぜ筋肉じゃなくて呼吸のほうが優れていると考えるかというと、呼吸を使ったほうが、動きの中で、全身の微妙なバランスをコントロールしてくれるからです。呼吸すると、呼吸筋が働くわけですが、それ以外でも呼吸に連動して体液が動いたり、神経細胞が発火したりと、微妙に全身が動くわけです。その呼吸がもたらす微妙な動きによって、姿勢が調整されていく、というのがシステマの考え方です。
逆に言うと、最初から部分的な筋力を使おうとすると、この微妙な動きが封じられてしまって、微調整ができなくなり、結果的に姿勢も崩れてしまう。だから、システマの4原則は、それぞれ相互に関係し合っているということです。呼吸が止まれば緊張するし、緊張すれば姿勢が崩れる。姿勢が崩れればまた緊張も生まれるし、動きも止まります。
岡田 中でも、呼吸がカギとなっている。
北川 そうですね。システマの本場のロシアでは、障害を持たれたお子さんや、脊椎損傷の方のリハビリにシステマのエクササイズを応用しているケースもあると聞いています。もちろん、呼吸ができない状態の方もいらっしゃるでしょうから万能ではありませんが、呼吸さえできれば、どれほど状態の悪い方でも、ある程度の回復が見られるそうです。
別に障害をもっていない僕らでも、動きづらい部分とか、体勢というのはあるわけじゃないですか。たとえば、ゆっくりとスクワットをやると、ちょうど中腰くらいのところが、すごく苦しいですよね。同じスピードで上下しようとしても、中腰くらいのところをスッと早くやりたくなっちゃう。そこを等速度でやるには、呼吸をたくさんやるんです。
一番動きづらいところ、一番動きに滞りがあるところでなるべくたくさん呼吸をする。そうすることで、全体の動きのなかで、障害になっている部分をひとつずつ解消していくことができるんです。そうすると結構、2、3日くらいでも大きく変わってくるんですよ。
岡田 医療の世界のリハビリとはまったく違う世界ですぐに取り入れるのは難しいかもしれませんが、すごくヒントが詰まっているように感じますね。
ところで、北川さんの担当するクラスには「キッズシステマ」といって、子供たちに向けた活動もされているとうかがいましたが、それはどういうものなんでしょうか。
北川 うちの子どもが2歳なんですが、そのぐらいの年齢の子がいまは多いです。0歳から4歳くらいですね。それくらいの歳の子って、「これやりましょうね」といってそのとおりに動いてくれるわけじゃないので、大きな会場で勝手に遊ばせて、それをそのままシステマの練習につなげていく、というやり方でやっています。
たとえばマットが積んであると、そこによじ登る子がいます。とりあえずの安全を確認したうえで、そこから飛び降りる練習をやろうとか、飛び降りた後、でんぐり返りしてみよう、ということをやってみる。そうやっているうちにだんだん、高いところから落っこちたときに、安全に受身をとる練習になってくる。そういう感じです。
システマの親子ワークの様子
キッズシステマのおもしろいところは、子どもだけじゃなくて、お母さんも参加しているところですね。お母さんも育児だけだと身体がなまってしまうので、いろんなエクササイズに参加してもらっています。たとえばお母さんの片足に子供がしがみついて、そのまま歩いていくとか、お母さんが立っているところに子供がよじ上って頭までいくとかです。
あとは、武術ですから、悪い人に教われたらどうするかといった、マーシャルアーツ的なエクササイズもやりますね。子供が大人を倒す方法とか。
岡田 どういう技で大人を倒したりするんですか?
岡田慎一郎さん、倒される。
岡田 (笑)。すごい!
北川 こういうやり方だと、力はいりませんから、子どもでもある程度できるんですね。お母さんも、0歳児を抱っこしながらやってもらったりしています。システマの技術はいっぱいあるんですが、共通するのは相手からの力をもらって、それを最大限に活用していく、ということですね。
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リラックスを学ぶために、緊張を知る
岡田 発想も柔らかいですが、体の使い方も本当に柔らかいなっていう感じですね。ぜひ、これを読まれている方には、動画を見ていただきたいと思います(笑)。
このインタビューの読者は、女性の看護師さんが多いと思うんですが、女性の方におすすめの動きとか、ポイントというのはあるでしょうか。
北川 何より、呼吸ですね。例えば、偉い人に怒られると、身体がすくんじゃったりするじゃないですか。そういうトラブルに遭ったとき、頭や身体が緊張しているなと感じたら、腹式呼吸で深く呼吸する。まずはそこからはじめて、呼吸と身体の緊張が連動している、とういことを実感してもらうのがいいと思います。
もし、ある程度毎日トレーニングを続けたいな、という人には、いつでもどこでもできるものとして、次のようなものをお勧めしています。やりかたは非常に簡単で、息を吸いながら全身を緊張させ、吐きながらリラックスさせる。これを何回か繰り返します。
ポイントとしては、吸いながら体を緊張させるとき、よく自分の身体を観察してみると十分に力が入っていない部分があると思うんです。そういうところを見つけて、全部にしっかりと力を入れるようにする。そのうえで、息を吐いて、全体をリラックスさせる。これを繰り返すことで、つい自分が緊張しちゃったときにそれをどうやって解消していくかというやり方を、自分で学んでいくことができるんです。
システマの呼吸法を体験する
岡田 なるほど。リラックスというと力を抜くことばかりが強調されますが、逆に、力が入っていないところを見つけてそれを緊張させる、というのは発想の転換ですね。僕も、介護技術の指導をしているときに「全身をできるだけ均等に、くまなく使っていきましょう」ということをよく言うんですが、無造作に動いていると、身体って、使いやすいところばっかり使ってしまうんですよね。先ほどのトレーニングを行うと、自分が普段あまり使っていない部分がまだまだたくさんあるんだな、ということに気づかされました。
北川 そうですね。システマの場合は、筋肉だけじゃなくて、身体の中まで全部、くまなく使っていきたいと考えるんですね。自分で力を入れようとしても入らない部分というのは、意識に上らない部分で、うまく使われてない部分だということなんです。そこを緊張させ、また緩めることによって、コントロールできるようになることが大切です。
「正しい動き」を覚えこませる、という発想ではなくて、身体をくまなく働かせる訓練を行っておくことで、状況にあわせてその都度、いちばんいい動きを身体が見つけてくれる、という考え方です。
岡田 「緊張したときの深呼吸」って、どちらかというと精神論的なイメージでいわれていますが、システマでは、非常に具体的な身体の動きとして、呼吸を使う、という感じですね。
人との距離感によって生じる緊張
岡田 システマの発想は、人間関係を円滑にするうえでも、効きそうですね。
北川 人と人との距離感について学ぶドリルがあるんですが、それは格闘技だけじゃなく、日常のいろんな場面に応用できると思います。
これも簡単で、2人で向かい合ってもらい、互いに自分の体の中をよく感じるようにしてもらいます。だんだんと互いに近寄っていくと、距離によって、自分の身体の中の感覚に違いが生じてくるのがわかると思います。
岡田 相手が女性だと、近づくにつれてドキドキ感がでてきますね(笑)。
北川 いろんな意味でね(笑)。でも本当に、身体の緊張って、人と人との距離感によってずいぶん変わるんですよ。緊張によって、頭の回転が微妙に鈍くなり、動きを悪くしてしまうこともありますから、対人関係においては、距離感に伴う緊張のコントロールってすごく大事です。
もちろん、人との距離が近づくことで緊張や恐怖感を覚えること自体は大事なんですよ。それを無視するというのではなくて、緊張して頭が真っ白になっちゃう、みたいな状態に陥らないようにすることを学ぶということです。
岡田 相手と近づくにつれていろんな情報が過剰に入ってきてしまって飽和状態になり、動揺する自分を感じました。
北川 システマでは、すべての緊張の源には、恐怖がある、ということをよく言うんですね。だから、自分がどういうことを「怖い」と恐れるのか。それに身体がどういうふうに反応するのかということをひとつひとつ観察し、さらにそれを呼吸でリラックスさせる、ということをやっていきます。
岡田 患者さんや介護の利用者さんでも、一人ひとりの違いというのはあって、それぞれの人に向き合うごとに、違った緊張があると思います。そこに切り込んでいくシステマのアプローチって、医療や介護でも新しい世界を開くんじゃないかなって、期待させられますね。
北川 そうですね、システマは一応武道ではあるんですけど、創始者のミカエルは、システマは日常のあらゆるところに使えるんだといっています。
いま岡田さんがおっしゃった医療現場だと、すごくセンシティヴな状態になっている方が多いわけじゃないですか。痛かったり、悩みを抱えているわけだから。そういう人にうかつに間を詰めていくと、やっぱり反発されたり、怒り出したり、ということってあると思うんですね。
近づくときには、相手を緊張させないような近づき方を考えることはできますし、緊張そのものを、先ほどの呼吸でリラックスしていくという方法を紹介していくこともできるかもしれません。そういう、いろんなアプローチで、他者との接触に伴う恐怖をコントロールできるようになる、というのはあると思いますね。
岡田 よく心と身体は一体で、「心身不離」ということを言いますが、システマでは本当に、心と身体が一体であるということを実践のなかで体験できる、というのがすごいところだと思いました。
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「床に慣れる」で転倒予防
岡田 少し話題が変わりますが、いま、高齢者の転倒予防ってあちこちで行われています。それは基本的に「転んだら大変なことになるから、絶対転ばないように」という発想に基づいています。高齢者の転倒って、大腿骨頚部骨折といって、股関節のところを折ってしまうケースが多いんですが、そうなると、寝たきりになってしまうことも多い。だから、転倒予防教室では「筋肉を鍛えて転ばないように」「筋力がない人は杖をつきましょう」ということが行われています。
実は、この「絶対転ばないように」という方向性に僕はちょっと疑問があるんです。実際には何をやったって、生活していれば転んじゃうという現実があるわけです。だとすれば、絶対転ばないというよりは、「転んでも大変なことにならないような転び方を学ぶ」という発想があってもいいんじゃないかと。
北川 ああ、そうなんですか。お聞きしてまず思うのは、「転ばないように」ってことを真面目に取り組めば取り組むほど、どんどん転ぶのが怖くなる、ということです。そして、怖くなればなるほど、すごく緊張した状態で転ぶことになるから、転んだときの怪我はひどくなってしまうんじゃないでしょうか。
精神的にも、ずーっと「俺は転ばねえぞ!」ってがんばってきた人が、何かの拍子に転んじゃったらすごくがっかりしちゃいますよね。
岡田 そういう側面って、すごくあると思うんです。
北川 システマでいうと、基本的に「倒れないように」という発想はないんですね。たとえ相手に投げられたとしても、とにかく力を抜いて転がっちゃったほうがいい。
とはいえ、現実的には高齢者の方にやっていただくのに、柔道の受身みたいなのをやってもらうわけにはいかないですよね。そうすると、もしかするとヒントになるかもしれないのは、先ほどのキッズシステマのクラスでお母さんにやってもらっているトレーニングです。
お母さんと子どもを対象としたクラスに来るお母さんって、ほんとうに「転ぶ」ということに全然慣れていない方がいらっしゃいます。そういう人には、まず「床に慣れる」というところからやってもらいます。床に座って、息を吸って、吐いて、リラックスして、床に寝そべって。また吸って、起き上がって、吐いて力を抜いて、ダラーンとして、また吸って起き上がって。こういうふうに、床に対して無理なく力抜いて接することができるかっていうのをやってみるんですね。床と友達になるということです。
床でのローリングのワーク
岡田 キャプテン翼みたいですね。「ボールは友達」(笑)。
北川 そうですね。システマでは床をゴロゴロ転がるグラウンドワークのことをローリングっていっているんですが、慣れてくると本当に床の上を泳いでるみたいになってきます。これを筋肉でやろうとするとしんどいんです。水泳と同じで、腕の力でガーッとやっても全然進まない。まあ、僕は泳げないからわかんないですけど(笑)。
岡田 じゃあ北川さんと戦うときはプールに誘い込めばいいんですね(笑)。
北川 あ、でも、水中戦は別なんですよ。泳げるかどうかとはあんまり関係ない。水中戦の場合は、水への恐怖+相手への恐怖心がポイントなんです。すごく泳げる人でも、いきなり水のなかで顔をつけられたらパニックになって、だめになっちゃう場合が多い。だから、水の恐怖心を克服することが大切なんですね。
水には2つの側面があって、恐怖心で簡単にパニックに陥る反面、体の力を抜きやすいということもあります。また、水が衝撃を吸収してくれますから、リラックスさえできていれば、陸上みたいに殴られて痛いってこともないですし、重力の制約がなくなるから動きやすくなるということもある。
でも、パニックになっちゃうと、そんなふうに思えないわけですよ。そういうエクササイズをやっておくと、その人のリラックス力みたいなものをまた深めてくれるんですね。
現場で求められる「微調整」力
岡田 水中というハードな状況だからこそ養われるリラックス力っていうのがあるんですね。
それをお聞きして思うことは、僕らが受ける一般的な教育って、すごく現場の状況を限定したものが多いということです。たとえば教科書的な介護技術っていうのはすごく有効なんですが、「ある程度動ける方」を前提としている面は否めないんです。だから、想定外の全介助状態の方を相手にしたとき、「あれっ!?」ってパニックになってしまうということがある。
システマは、戦場というこれ以上ないシビアな現場から生まれたものですが、介助技術も、シビアな現場、つまりは全介助などの困難事例から出発する必要があるんじゃないかと考えています。つまり、全介助状態の方への技術を深めていく過程で、それより負荷の少ない、一部介助の方への技術も見えてくるのではないか、ということです。
僕が基本的に全介助を前提とした介護技術を考えるのは、そういう理由からです。でもこういう発想って、いまの医療介護ではそれほど一般的ではありません。
北川 基本的な立たせ方とか、教科書的な技術を学ぶことっていうのは、すごくいいことだと思います。でも実際の現場では微調整が必要になってくるわけじゃないですか。そうすると、その微調整が、実際には一番大事だってことになるんですよね。
実は武術でも、システマがそういう微調整に焦点をあてた、というのはこれまでにない、新鮮なやりかただったんです。システマの呼吸してリラックスして姿勢を整えて、っていう原則は、そういう微調整の部分をトレーニングしましょうということですからね。だから、新しい武術なんだけど、これだけ爆発的に広がったんだと思います。
つまり、習った通りのことなんてとてもじゃないけどできないよ! っていう緊張感の高いシチュエーションって、現場ではすごく多いわけです。そういうときに、とりあえず呼吸して、リラックスして姿勢を整えて、っていうとっかかりがあると、大きな間違いはしなくて済む。そういうノウハウへのニーズは、武術でも潜在的にあったんだと思うんですね。
あと、すごく大事なのは自分の体を感じるっていうことですよね。多分、岡田さんなんかは臨床で介護をされるときは、絶対やられていることだと思うんですが、自分の身体の感覚を、かなり細かいところまで探りながら、実践をされているでしょう。だって、2、3ミリずれただけで、ダメになることってあるわけだから。そういう感性を養っていくことがすごく大事ですよね。逆に言えば、その感性さえ養われていれば、微調整のほうは身体がやってくれるっていう面があるんじゃないですか?
岡田 熊谷晋一郎さんという、脳性まひ当事者の小児科医の方がいらっしゃいます。個人的にも親しくお付き合いをさせていただいていて、食事をご一緒させていただくときは介助もするのですが、そのときはお互いに、身体の中を感じあって、コミュニケーションをとっている側面を本当に強く感じます。「あ、今のちょっとずれてるかな」「こっちだったらどうですか」というやりとりがある。ただ、これは、熊谷さんの身体感覚とか、言語化能力の高さによるところが大きいんですが。
『DVD+BOOK 古武術介護実践篇』より 熊谷晋一郎氏を介護する岡田氏
少なくとも今のところ、身体障害者や高年齢者の方の介護現場でそういう身体的なコミュニケーションは、あまり行われていないように感じます。熊谷さんの場合、当事者としての経験に加え、医師としての視点もあるので、非常に精密なフィードバックをいただけるので、すごく勉強になっています。いわば、お互いが創作する介護、という感じになっています。
北川 それはまさにシステマですね。
岡田 システマ介護ですねぇ(笑)。北川さん、介護やリハビリの世界にもぜひ、システマ的発想と動きを提案してください。
北川 どちらもぜひやってみたいですね。壊すも治すも表裏一体ですからね(笑)。
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組織論としてのシステマ
北川 ちょっと前ですけどね、ある運動部の監督さんから、130人くらい部員がいて、あんまり仲良くないんだけど、どうやったら部員同士仲良くなれますかね、って相談されたんです。僕は「それは簡単ですよ。システマの基礎やってから、65人対65人で、殴りあうといいですよ」って答えたんですが、採用されませんでしたね。
岡田 (笑)
北川 けっこう本気で言ったんですけどねえ(笑)。システマではそういう、多人数でいろいろやるのをマスアタックって言っているんですが、いろいろバリエーションがあるんです。たとえば一人守られるVIPがいて、その周りをスクラム組んで護る人がいて、VIPは目的地をめざして移動するので、残りの人はそれを阻止するとかですね。
そうやって、身体と身体が接触するワークって、やればやるほど仲間同士、和気藹々としてくるんですよ。例えば企業だと、同じプロジェクトをずっとやっているんだけど、一回も身体に触れたことがないってこと、けっこうあるじゃないですか。会話したり一緒にご飯食べに行ったりするんだけど、日本人だと握手したりハグしたりって習慣がないから、身体に触れたことがない。
だから、こういうマスアタックみたいなことやって、距離感を縮めていくっていうのは結構現実的かな、と思ったんですけどね。
岡田 医療現場でもチーム医療といいながら、チーム同士で身体に触れたことがない。これは本当に盲点ですよね。よく「こんなに盛り上がった研修は初めてだ」って言われるんですが、もしかすると「身体に触れられる研修」だからかもしれないですね。医療って、身体に触れることが大事なんだということは言われるけど、ちょっと標語みたいになっているところがあります。診察も、どんどん身体に触れなくなっているといいますから。
患者さんも、カルテだけみて「大丈夫ですね」とか「よくなっていますね」と言われても不安ですよね。身体に触れてもらって、はじめて安心感をもらえる部分って、かなり大きいと思います。
北川 システマではね、パンチのことをストライクっていうんですが、これは必ずしも攻撃じゃなくて、相手をリラックスさせるためのものなんです。ストライクによって、こっちのリラックスした感覚を、相手に伝える。たとえば楽しいときの身体の感じを作ってから、相手にポンっとコンタクトすると、その身体感覚が伝わる。そうすると、相手が笑っちゃうんですよ。
システマの笑っちゃうパンチ
システマの技も、リラックスしてやらなくちゃいけないのは、こっちがリラックスしていないと、相手も絶対リラックスしないからなんですよ。身体接触って、すごくたくさんの情報が伝わっているんですよね。
おばあちゃんの肩たたきとかで、お年寄りの肩をみんな叩いてるわけじゃないですか。それと同じなんです、システマのパンチって。少なくとも、他の格闘技のパンチよりは、おばあちゃんの肩たたきのほうに近い性質をもっています。
これもね、けっこう根源的な恐怖を巻き起こす「パンチ」というものを使って、リラックスを引き出していくという意味では、今日お話していること全部に通底しているものがあるということはわかっていただけると思います。
道具に慣れる
岡田 いろいろ武器術なんかもあるってことなんですが、さすがにこの場でナイフとかが登場するとリアルな感じなので(笑)、折りたたみの傘を持って来たんですが。これを使ってお願いできますか。
北川 まず、ナイフでもなんでも、道具を使うときは、それを知る、ということが大切だと考えます。どういうふうに持った時にどういうふうに使えるかっていうことを、徹底的に理解する。持ち替えたり、バランスをとって遊んだり。たとえば「ナイフ」を見たら、「怖い」って思う人、多いと思うんですよ。でも、いろいろやっていると、「あ、ここは触っても安全じゃん」とか、わかってくる。
そうやって親しんでいくことで、道具の性質がわかるし、その結果として恐怖心がなくなってくる。こうやって頭に乗っけてバランスとったりしてもいいんです。
自分の体が武器とか道具が接触していることによって、どういう緊張が生まれてどういう感触がして、内面的にどういう恐怖感が生まれてくる、といったことを観察していく。
武器を使ったワーク
岡田 医療の現場でも「リスク管理」ということで、できるだけ危険要素を少なくして事故をなくそうという発想が主流になっていると思うんですが、システマの発想では、危険なものを、より色んな方法で親しんでいって、その中からまた色んな発想を探っていこうということですね。
北川 そうですね、危険なものとの付き合い方っていうのは、結局のところ、どういうふうに良いほうを引き出して、悪いほうで被害が出ないようにするか、ということなんで、やっぱり良く知るっていうのは大事になってくるんですよね。こういう使い方するのは間違いないし、でもこういう使い方をするとやばいよっていうのも、一応知っておいた方がいいわけですよね。
そこまでいったら次は、最悪の状況に陥ったときにどうするかという段階に進みます。ナイフだったら、相手がナイフで襲って来たらどうするか。このときに、反撃するとかそういうのは、かなり後回しで、まずは自分が怪我しないようにするということが一番大事。次に、もし刺されるのが避けられないとしたら、その傷をできるだけ浅く済ませる。
武器に慣れる練習の後には、傷を浅く済ませる練習がくる。たとえばナイフだったら、皮膚にナイフがあたったときに「やばい」って緊張しちゃうと、今度は自分の筋肉がまな板の役割を果たしちゃって、突き刺さりやすくなっちゃうわけですよ。逆に、身体がリラックスしていたら、スポンジとかぬるぬるのゼリーの上で包丁を使っても切れないのと同じで、刺さらなくなります。
岡田 一般的な護身術だと、ナイフがこうきたら、逆をとってこう、といった手順が決まっていますが、ああいうのって、「それがうまくいかなかったとき」のことが書いてないんですよね(笑)。システマの場合は、刺されないのがベストだけど、もし刺された場合には、どうリスクコントロールするか、というふうに即座にシフトしていくのがすごく現実的ですね。
北川 まぁ僕は幸いにして、あまりシビアな実戦の経験がないのでよかったんですけれども、システマを作った人たちっていうのはロシア軍の、今でも軍部の中枢にいるような人たちだったりするので、そういった人たちが色んな実戦経験を経て作ったものですからね。
ただ、その結論として「リラックスしたほうがいい」というところに至った、というところが素敵だと思うんですよね。ハードな現場で洗練された技が、こんなに気持ちよくて、お互い元気になるようなものになっていったということがね。
究極的なことを言うとね、たとえば相手をぼこぼこにしてやっつけちゃったとしても、その相手は後で仕返しに来るかもしれないじゃないですか。そうすると、相手をやっつけるよりも、対立関係そのものをなくしちゃったほうがいい、ということになる。そういう発想が、システマの根本にはあるんですよ。
岡田 うーん、本当に深いですね。システマの世界。僕のできる範囲で踏み込んでみましたが、もっと知りたい方は、ぜひ北川さんの講座や書籍・DVDなどのテキストをご覧になることをお勧めします。本日は長時間にわたりありがとうございました。
2011年3月刊行。北川貴英さんの「システマ入門」はこちら。
http://systema-nyumon.jimdo.com/