熊谷晋一郎さん新潮ドキュメント賞授賞式スピーチ

熊谷晋一郎さん新潮ドキュメント賞授賞式スピーチ

2010.11.26 update.

熊谷晋一郎

1977年生まれ。新生児仮死の後遺症で、脳性マヒに。以後車いす生活となる。 小中高と普通学校で統合教育を経験。 大学在学中は地域での一人暮らしを経験。また全国障害学生支援センターのスタッフとして、他の障害をもった学生たちとともに、高等教育支援活動をする。 東京大学医学部卒業後、千葉西病院小児科、埼玉医科大学小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、現在、他の障害をもつ仲間との当事者研究をもくろんでる。 著書に『発達障害者当事者研究??ゆっくりていねいにつながりたい』綾屋紗月との共著)、『リハビリの夜』。

 

『リハビリの夜』は、脳性まひ当事者である熊谷氏が自らのリハビリ体験を振り返ったもの。選考委員の柳美里氏の「言葉遣いがきわめて印象的」、福田和也氏の「同じ文章を書くものとして身の引き締まる思いがする」というコメントに象徴されるように、個人的な体験記にとどまらない、身体論、関係論の新たな地平を切り開く論考として、各方面で大きな話題となっています。

 

<受賞式スピーチ 熊谷晋一郎氏>


このたびは大変栄誉ある賞を賜りまして大変うれしく思っております。また選考委員の方々には過分な選評をいただきまして恐縮しております。

 

先ほどもご紹介いただきましたけれども、この本は私が脳性まひという身体で生まれて、脳性まひという身体で生まれることによってさまざまなイメージ、これが正しいとか、こういう風にあるべきだ、という身体あるいは生き方のイメージというものに翻弄されたり、絡み取られたりしながら、そういうものをかいくぐって生きてきた今までの生活を振り返って書いたものです。

 

ある時は健常者の正しい体の動かし方はこういうものだ、というイメージに絡み取られそうになったり、そのあとには自立した身体障害者はどのように生きるべきか、というイメージに絡み取られそうになったり、さまざまなイメージと私の身体との間に生じる緊張関係というものを日々感じてきました。

 

この本を読んだ読者の方の中には、たとえば自分のお子さんが脳性まひを持っておられる親御さんの感想の中にこういうものがありました。「もっとマニュアルのようなものを期待していた」と。「こういう風に生きれば解決するんだという風な答えを期待していた」と。

 

私はそういう感想を読んで、本当にリアリティがあることだよなあと思ったんですけれども、それは、きっと藁にもすがる思いでどのように生きたらいいかというものを探していた私や私の家族というものを思い出したからです。

 

ただ私はこの本で、私はこういう風に生きてきましたというあるべきイメージを出してしまうのではなく、さまざまなイメージと私の身体との葛藤の経過を今回の本では書きたいと思ったんです。

 

それがうまく表現できているかどうかはわかりませんが、イメージが身体を象(かたど)ろうとしたり、水路付けようしたりする一方で、身体はそれに抵抗してイメージを作り直そうとするという、そのイメージと身体との循環運動のようなものを描きたかったんです。

 

そして、その循環運動を陰で、その循環運動を突き動かしてくれるものを与えてくれたのはやはり両親だったと思っています。今日も来てくれているんですけども、両親がこの本を読んでどのように感じたかというのはまた今度ゆっくり聞いてみたいと思っています。

 

表層的にこの本を読めば、昔一生懸命健常者になるためにリハビリに明け暮れた日々を否定的に描いているという風にも読めるんですが、しかし、そのイメージと身体の循環運動を駆動しているものというのはやはり信頼だと思っているんです。

 

つまりまったく象りのない世界に身を投げ出して、身体を投企していくという風なプロセスは世界とか自分の身体に対する基本的な信頼がなければ難しい作業だったと思っているんです。

 

そういうものはやはり揺るがない思いで見守り続けてくれていた両親あってのものなのではないかという風に、私は今確信しております。身内のことを話してしまってすみません。この場をお借りして両親に感謝を述べたいと思います。ありがとうございました。
(2010年10月1日 熊谷晋一郎氏談)

 

関連リンク

「リハビリの夜」 熊谷晋一郎 著者メッセージ(youtube)

http://www.youtube.com/watch?v=WJ0aAxmMbNo

 

『リハビリの夜』へのご感想はハッシュタグ「#rihayoru」まで!!

リハビリの夜 イメージ

リハビリの夜

痛いのは困る。気持ちいいのがいい。
現役の小児科医にして脳性まひ当事者である著者は、あるとき「健常な動き」を目指すリハビリを諦めた。そして、《他者》や《モノ》との身体接触をたよりに「官能的」にみずからの運動を立ち上げてきた。リハビリキャンプでの過酷で耽美な体験、初めて電動車いすに乗ったときのめくるめく感覚などを、全身全霊で語り尽くした驚愕の書。

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