かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2022.8.09 update.
2019年に、43歳で若年性認知症の診断を受ける。自閉スペクトラム症のある長男と、夫との3人暮らし。自身が診断された当時に強く感じた「当事者に会いたい」という思いは、ほかの認知症当事者も共通して持つものだと知ったことから、認知症当事者としての発信活動とピアサポート活動に力を入れている。活動を通して、自身もまたほかの当事者から「チカラ」をもらっている。
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「おれんじドア」は、認知症当事者による、認知症当事者とご家族のための相談窓口です。
JR八王子駅近にある市の施設で月1回開催される「おれんじドアはちおうじ」。そこで起こるエピソードや運営のあれこれを、若年性認知症当事者スタッフであるわたし、さとうみきの目線でお届けします。なお、本連載に登場するスタッフ以外の方々は、個人が特定されないようにお名前やご年齢等を改変しています。
この日、来てくれたのは70代のご夫婦。
ご本人は2年前に認知症の診断を受けていました。そしてご家族も、ご自身の認知症の不安を感じているということでした。
そこでファシリテーターがご夫婦ご一緒に「ご本人席」に案内し、お2人同時にお話を伺うことになったのです。
ご本人は、口数は少ないものの、ご自身の体調や認知症によるもの忘れなどを理解されていました。
そして最近自分にも、もの忘れの兆候があると気が付いたというご家族が、ご夫妻共通の不安として「火の始末」について語り始めました。
ご家族は、料理中のコンロの火の始末などで、最近不注意が続くとのこと。
「わが家だけ、私たちだけが火事で被害に遭うのはいいけれど、周囲の方には迷惑をかけられないから......」
ご本人1人のとき、ちょっとした調理をして火を使い、消し忘れてしまうことも不安に思っているということでした。
そしてご本人は診断を受けたものの、服用している薬はなく、やはりもの忘れが進んでいらっしゃるとのこと。
そんなご本人の様子を見ていて、ご家族は、自分が認知症かどうかという「白黒」をつけることへの不安もあり、受診を迷っていらっしゃるようでした。
「もし私が認知症と診断を受けても、年齢的にも治療ができるわけでもないし......」
私は、ご家族に受診を勧めるのではなく、認知症当事者として自分の経験をお話しすることにしました。
現在は、認知症の進行を緩やかにできるかもしれない薬があり、私も服用していること。
これらのお薬は、認知症を完治させるものではなく、人によっては副作用に苦しむケースもあること。私も最初に服用した薬が合わず、悪夢を見ては毎晩うなされ、目覚めても「脳の疲労」が取れずに、別の薬に変更したこと。
そして「調理中の火の課題」について、人生の後輩ではあるけれど、認知症当事者としてはひと足先に診断された先輩である私から、ちょっとした工夫をお伝えしました。
それは、調理中にタイマーを活用することです。しかしタイマーをかけてもその場を離れてしまって気が付かないことがあるので、百円均一店でストラップを購入し、タイマーに付けて首から下げようと思っている......などとお話ししたところ、ご家族のお顔が晴れ、明るい表情になりました。
「いいわね! エプロンのポケットにタイマーを入れても音は聞こえなくなってしまうけれど、首から下げていたらわかるわね!」
そんなふうに同意してもらい、2人で盛り上がりました。
ご家族に笑顔が溢れると、横に座っていたご本人も安心されたのか、会話に参加したり、メモを取ったりしていました。
そしてご家族は、ご自身が認知症の診断を受けることの不安について、より具体的にお話ししてくれたのです。
ご本人は、認知症の診断を受けた今も介護保険の申請をしていないとのこと。だから万が一、ご家族が認知症の検査を受け、認知症以外の病気が見つかって、ご本人を1人ご自宅に残して入院することになったら......。それがご家族の、一番の不安なのでした。
歳を重ねれば、夫婦は一緒に年老いていきます。
お連れ合いを思う気持ちと、ご自身の体調に対する不安。どちらを優先することもできないというご家族の心情が伝わってきました。
聞けば、介護保険の申請はしていなくとも、近くの地域包括支援センターとつながりがあるとのこと。
「それならば、奥様がご心配されているようなことがあれば、地域包括支援センターがご主人を支援できますよ」と、八王子市の担当者が助言してくれました。
そして、認知症専門の医療機関から来ているスタッフにお2人をおつなぎしました。
ご本人がたくさんの医療機関にかかられているそうで、これまで、どこで介護保険の申請をすればいいのかがわからずにいたそうです。
専門職であるスタッフから、ご夫婦ともに納得と安心感を得て、早速、一番話しやすい先生に介護保険の申請をお願いすることになりました。
実はこの日、私は体調が思わしくなく、おれんじドアに遅刻して参加しました。
同じ認知症当事者仲間として活動してきた方がデイサービスを卒業されるなど、別れが重なっていたのです。
正直、外出できるような体調ではありませんでした。
それでも、おれんじドアはちおうじの当事者スタッフは、今は私だけです。私と同じような不安を持ったご本人やご家族が待ってくれているという思いで、必死に家を出ました。
しかし誤った会場に行ってしまい、目の前には椅子も何もないフロアがあるばかり。何が起きているのかわからず、頭が真っ白な状態になりました。
どうにか各所に電話をかけ、自分の置かれた状況をつかむと、スマートフォンのマップ機能を使い、正しい会場に到着したのでした。
私は認知症ですから、もの忘れだけではなく、頭が混乱することもあります。
事前に「体調が悪いので、行けないかもしれません」と伝えたときも、八王子市の担当者から「一日中ゆっくり休んでいいよ」と温かい言葉をいただきました。
会場に着いてスタッフとしてお話を伺っている最中にも、「命」が話題に上ったとき、堪えきれずに席を離れ、こみ上げてくる涙を拭うしかできない時間もありました。
そんなときも、ありのままの自分として、そこにいていいのだと感じています。
おれんじドアはちおうじでは、来てくれるご本人やご家族から気づきや元気をいただくだけでなく、八王子市の担当者など、たくさんの方々に支えていただいているのです。
*
そんな私の体調もあり、今回のご夫婦のケースでは、配慮が足りなかったと反省したことがありました。
途中で、ご家族の不安が取れてきたとき、ご本人に厳しい口調で話される場面があったのです。
きっとご自宅でも、ついついそのような言葉を使っているのだろうと思われる状況でした。
ご本人が小さくなっている姿を目にし、ご家族と分けてご本人の言葉に耳を傾けることの大切さを再確認しました。
今後の課題にしたいと思います。