かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2018.11.01 update.
●八嶋智人(やしま・のりと)=俳優
大学在学中に劇団カムカムミニキーナを主宰の松村武らと旗揚げ。以降、俳優としてさまざまな舞台、映画、ドラマ等に出演。切れのある体の動きとセリフ回しは各方面で高い評価を得ている。ナレーター、司会者としても幅広く活躍。医療分野の番組である「チョイス@病気になったとき」(NHK Eテレ 毎週土曜 午後8時)では、レギュラーMCを務める。
●伊藤亜紗(いとう・あさ)=『どもる体』著者
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院・准教授。専門は美学。もともと生物学者を目指していたが,文転。東京大学大学院博士課程修了(文学博士)。主な著作に『ヴァレリーの芸術哲学、あるいは身体の解剖』(水声社)、『目の見えない人は世界をどう見ているのか』(光文社)、など。趣味は手仕事。フランス・パリにはオートクチュールのお針子さんとして1年間滞在。
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報告者:金子力丸(医学書院 看護出版部)
まだ蒸し暑さが残る10月5日の金曜日夕刻、『どもる体』出版記念トークイベント「演技する体、介助する体」が俳優の八嶋智人さん、著者の伊藤亜紗さんをお招きし、医学書院本社(東京都文京区)にて開催されました。
受付開始前、釣銭やらトイレ案内の貼り紙やらを用意しているスタッフを尻目に、まず八嶋さんが「どうも、おつかれさまです!」とふらり会場入り。八嶋さんは、控室に案内しようとするスタッフを制し、まずはトーク会場を下見。自身が座る位置、マイクの位置、お客さんからの見え方などを確認されていました。うーん、さすがはプロフェッショナル!
その10分後、伊藤さんが『どもる体』記念Tシャツ(略して「どもT」)の上に、sacai™のお洒落なブルゾンを、チャック開けで羽織り(つまりトップガンのトム・クルーズです)、にこやかに会場入り。うーん、控室は何だかとっても華やかです!
実はお2人、スタッフを介しての情報交換はありましたが、お顔を合わせるのはこのときが初めて。つまり、この段階でのお2人は、「著者(伊藤)×読者(八嶋)」および「俳優(八嶋)×観客(伊藤)」という、手が加わっていない素の関係です。
さて、今回のイベントのテーマは2つ。
【演技する体】共演者の動きに影響されつつ、どうしたら自分らしい演技ができるか―
【介助する体】変転する患者の身体に翻弄されつつ、いかに自己の専門性を発揮するか―
つまり、生身の体が関係し合ったときに生じる咄嗟の反応と、その後に発生する新たな関係性を考察しようではないか、という実験的かつ壮大なプロジェクトです。
このルポでは、「著者×読者」、「俳優×観客」として出会ったお2人が、台本なしのトークを繰り広げていくなかで、どのように変成していったのかを中心に報告したいと思います。
それでは、八嶋智人さん、伊藤亜紗さん、どうぞお入りくださーい!!!(ブンブンっ)
司会者(金子)によるどもり満載の出演者紹介でトークはテイクオフ! そして、どもる司会者いじりで高度を得て、水平飛行に移行。
まずは読者である八嶋さんから、著者である伊藤さんへ『どもる体』をどう読んだかの感想です。また、直接会ったことがない伊藤さんをどうイメージしていたか。
でも、作者を目の前にその作品について語るのって、きっと緊張しますよね。褒めなきゃいけないし、きちんと読んだことが伝わらないといけないし、それに加え問題提起だってしないといけないし、、、
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八嶋:読み始めてまず感じたのが、伊藤さんの文章ってすごくアグレッシブだなって。で、読む前のイメージ(写真や経歴から)と違ったものだから、“伊藤亜紗”でネット検索したんです。そうしたら伊藤さんって、相手(例えば障害者)をいきなり理解しようとするのではなく、まずは自分との差異を探ることから始めるって出ていて。
ああ、その観察過程がアグレッシブに感じたのかもなって。で、今、僕も観察されているのかなあ(笑)
伊藤:(ニヤニヤ)
八嶋:あと読んでいて思ったのが、繰り返しが結構あるなって。そして「あとがき」まで辿り着いたら、ご自身も吃音持ちだって告白が書いてあるじゃないですか。それを読んだら、文章に対しても、伊藤さんに対しても、愛おしさが込み上げてきちゃって。ほらここ、本がシワになってるでしょ、ぎゅって握っちゃったんです(笑)。
伊藤:いやいや、ありがとうございます。ほほー、私の文章、どもってました?
八嶋:何だか、そう思えちゃって(笑)
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文章が擬人化されたり、愛おしさが込み上げてきたりで、とっても和やかな著者と読者です! そしてちょっぴり大人の艶っぽさも。
次に観客である伊藤さんから、俳優である八嶋さんへ演技についての質問。本イベントの中心話題である「演じていて、ノる/乗っ取られるの感覚ってありますか?」です。
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八嶋:乗っ取られる感覚はあります。でもそれは吃音の方が感じるような、体が自身の制御から離れロボット化していくようなこととは違うかな。
伊藤:では、どういう状態ですか?
八嶋:非常に気持ちよくHighになっている一方で、自分をすごく俯瞰できている状態。客席もよく見えている。そして速度を意識化できているというか。自分が一番心地よいスピードで動けている感覚ですね。
伊藤:それって何に乗っ取られているんでしょう?
八嶋:「役に乗っ取られている」と言ってしまえばそれまでだけど、現実では、セリフ、動きの段取りということでしょうね。つまりそれらに乗っ取られていない俳優は、セリフや段取りを「合図」としてしか捉えていなくて、
伊藤:合図!ですか!
八嶋:だから、はいアナタ言いました、ボク聞きました、ではボク言います……みたいな応答になっちゃう。そうするとセリフの間に微妙な間(マ)ができてしまう。数字にしたらコンマ何秒の世界だろうけど、実際には、見ているほうにとっても、演じているほうにとってもそれは大変な違和感。
つまり、その違和感のマは、「合図に応答することに躍起になっている俳優本人のマ」であって、「役のマ」ではないんです。
伊藤さん:なるほどー。では、俳優さんって、どうやってその“いい乗っ取られ状態”に自分をもっていくんですか?
八嶋:その状態に毎回毎回到達しているわけではないけど、で、方法はというと、、、そうだな、セリフ、段取りを覚えては忘れ、覚えては忘れを繰り返すことかな。造形アートの世界での、造っては壊し、造っては壊しみたいな。
伊藤:うんうん。やっぱり人って、自分がこうありたいと思っていても体はままならないから、修正の連続ですよね。吃音のように不意にやって来てしまう体もあって。つまり、思ったようにいかないこととのギャップを埋める作業が常に発生しているじゃないですか。吃音者でなくても、今お話しいただいた俳優さんの体でも。言ってしまえば、誰にでも。
八嶋:そうそう、こうやって話している最中でも、僕、ギャップ埋めまくり、修正しまくりですよ。だから、伊藤さんの本、普段の自分や俳優としての自分に当てはめ、常に共感しながら読みました。
伊藤:そういう意図で書いているので、嬉しいですね!
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伊藤さんの観客代表としての質問に、自身に問いかけるように、普段よりゆっくりとしたテンポで答える八嶋さん。会場には、うんうん、という納得の時間が流れて行きます。
さて、ここまでは、「著者×読者」、「俳優×観客」という関係に着目してきました。しかし、そのときニュースで話題沸騰だった、(偽)自転車日本一周中に捕まった樋田淳也逃亡犯の心理分析など、トークが盛り上がるにつれ、お2人に、「演者×演者」という新たな関係が生まれてきたように感じられました。そして、座ってのトークに窮屈を感じていた伊藤さんから、「立って話しませんか?」の提案が。いす、机、マイクスタンドから解放され、トークはこの日の白眉、すれ違い会話劇へ。ん、すれ違い会話劇って???
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伊藤:今度は介助する体の方向から、私の知り合いが主催している「OiBokkeShi(老い、ぼっけ、死)」という劇団の話をさせてください。
この劇団、看板俳優さんが91歳の認知症老人で、その方のリアルな徘徊をそのまま街頭演劇として発表したりして、地元地域の人と関わっているんです。そして、主宰の菅原直樹さん(俳優・介護福祉士)がワークショップで究極に話が通じない会話っていうのをやるんです。認知症の方同士の会話として。1人はなくした財布のことを話し、もう1人はお相撲のことを話すみたいな。そして、それが不思議と成立しちゃうんです。話の内容はまるで繋がってないのに。
実は今日、それをやりたいと思って、私ここに来てるんですよ。フフフ
八嶋:面白いじゃないですか! やりましょうよ。
実は僕も以前それに似た経験をしていて、「奥様お尻をどうぞ」(作・演出:ケラリーノ・サンドロヴィッチ、2011年)という、ナンセンス演劇って言われるタイプのお芝居に出たときの事です。
ナンセンスの天才って呼ばれている先輩俳優さんから、「水を取ってくれてありがとう、という気持ちで、“うんこ”って言えばいいじゃん」とアドバイスを受けたんです。これは、悩みましたねー(笑)
伊藤:(笑笑笑)。そんなご経験が! じゃあ、早速やってみましょうよ。八嶋さんは何の話をされますか?
八嶋:えーとどうしようかな、うーんと、じゃあ僕はウナギで。
伊藤:ウナギですね。じゃあ私は、最近行った展覧会の話でもします。
(アクション!)
八嶋:白焼きだ何だと言うけど、結局はタレで食うもんだよね?
伊藤:そうそう、でもそこ結構遠かったんですよー。
八嶋:いやいや、違うでしょー。
伊藤:6万人も来たんですって。
八嶋:ほら見ろ、やっぱりタレ好きだ。
伊藤:で、みんなお弁当持参で来ててびっくり。
八島:できれば、金糸卵もほしいよなぁ。
(続く)
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この面白さ伝わりますでしょうか? ちょっと文字だけでは難しいかもしれませんね。実は、会場はこの触りだけで大爆笑です。キリがないからもうこの辺でとなるまで、意味なしががっちり噛み合っていたのでした。意味を持たない会話がなぜ途切れず続くのだろうというミステリーと共に。
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八嶋:いやいや、僕はとっても面白かったです。伊藤さんは、どうでしたか?
伊藤:もう、ずっとこれで行きましょう!(笑)
すれ違い会話劇という試みが大成功だったことに加え、お2人の間に、「演者×演者」という、新鮮で平らな関係が生まれ、それが成熟に至ったように見えました。その雰囲気が会場全体に万遍なく伝播し、誰が何を言っても面白い! という不思議な空間になっていました。
飲み会で、場が最高に盛り上がったあとに、それぞれが自分語りを始めることってよくありますよね。お2人も自分語りという訳ではありませんが、このあと、自分の家族のこと、日常のこと、日々の研究のことについてお話しされていました。
例えば八嶋さんは、息子さんの少年野球観戦の話で、ヤジる事なく相手ピッチャーにプレッシャーを掛ける応援のやり方とか、伊藤さんは、視覚障害者のスポーツ観戦について、言葉でなくタオルで伝えるサッカーのゴールの話とか。
もうこの時間は、相手に問い掛け、意見をもらうという果敢なやり取りではなく、相手の話に自分の経験を合わせていくという時間でした。波が寄せる/返すを繰り返しながら、徐々に潮が満ちていく、そんな安心に満ちた空気を感じました。
そうこうしているうちに、満潮時間(終了予定時間)をかなり過ぎてしまいました。このあと、質疑応答、「どもT」お楽しみ抽選会なんかも控えています。
大変名残り惜しいですが、この辺でお2人のトークはお開きにしたいと思います。(パチパチパチパチ)
最後になりましたが、会場に足を運んで下さった皆さま、誠にありがとうございました!
そして、このルポにおつき合いいただき感謝申し上げます。
(金子力丸「八嶋智人×伊藤亜紗トークイベント・ルポタージュ」了)
●劇団カムカムミニキーナの情報(八嶋智人さん所属劇団)
最新公演「偽顔虫47」チケット発売中!(2018年12月15日~29日@浅草九劇 作・演出 松村武)
http://www.3297.jp/giganchu47/
しゃべれるほうが、変。
何かしゃべろうとすると最初の言葉を繰り返してしまう(=「連発」という名のバグ)。
それを避けようとすると言葉自体が出なくなる(=「難発」という名のフリーズ)。
吃音とは、言葉が肉体に拒否されている状態です。しかし、なぜ歌っているときにはどもらないのか? なぜ独り言だとどもらないのか?
従来の医学的・心理的アプローチとはまったく違う視点から、徹底した観察とインタビューで吃音という「謎」に迫った画期的身体論!