かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2017.11.13 update.
日々の臨床のこと、学生時代の思い出、中南米のめずらしい食べ物、そして看護をめぐる世界の出来事まで、柔らかな感受性で縦横無尽に書き尽くしたブログ《漂流生活的看護記録》は圧倒的な人気を誇っていました(現在閉鎖中)。
その人気ブログを、なんと我が「かんかん!」で再開してくださるとのことッ! これはこれは大変な漂流物がやってまいりました。どうぞ皆様もお楽しみに!
父の初七日の日、かつて父の部下だったという人が家に来てくれた。そのときに父が生前どんな仕事っぷりだったかという話になったのだが、いろいろと出てきた話がおおっぴらにできないほどグレーというかクロに近いものまであって、まあ結果のためなら多少のことは……という典型的な昭和のモーレツ社員であったということを聞かされた。
「いやー、お父さんは普通の人なら避けて通ったり尻込みするようなところでも、まったく気にしないで平気な顔でどんどん入り込んでいく人でしたなあ。それで何かしらとんでもなく大きな仕事は必ず持って帰って来てましたからな」
彼が帰りがけにこう言ったとき、そこにいた家族親族が一斉にわたしのほうを見た。
ノルウェーの山の中を歩きながら、なぜかそんなことを思い出してしまった。もう2時間ぐらいうっすら暗い森の中を歩いている。何をしているのかというと、ヨーロッパ秋の風物詩、キノコ狩りである。1週間ぐらい前なら野生のラズベリーやブルーベリーも袋いっぱいに採れたそうなのだが、今はほとんどなく、たまに残ったブルーベリーを見つけてはむしり、食べながら森の中を歩いていると遠くから、
「おーい!見つけたぞー!!」
という声がする。
和包丁のバイキング親子
父の初七日の後、東京に戻り、また仕事と大学院に行きはじめてすぐのある日のこと。大学の近くの駅で2メートル近い巨大な外国人男性二人連れにスマホでグルメサイトを見せられて「この焼き鳥屋に行きたいのだが」と道を尋ねられた。それでしたらあの緑の丸の電車に乗って5つ目の駅で降りて……と説明していたらもう一人の男性が切符を買ってきてわたしに手渡す。これは駅から店までも案内しろということか? と思い、まあ時間もあるしと案内したらそのまま焼き鳥をごちそうしてもらうことになった。
彼らはノルウェーから来ている親子で、日本の包丁鍛冶の作品をオスロで販売しているそうで、日本にはその包丁鍛冶の職人や、包丁の柄を手づくりしている業者を直接訪ねて買い付けにきていると言っていた。バイキングの親子が、槍でも斧でもなく和包丁か。
わたしの実家は岡山の山奥で、古くは、たたら製鉄で栄えた地方である。包丁や農具鍛冶職人もいて、という話をしたら、「これからオッカヤマには行く予定だ」と言う。ほかにも燕三条や小野などの主だった刃物の産地を回るらしく、7月いっぱいは滞在するという。北欧の人は休暇が長くていいなあと呑気に考えていると、父親バイキングのほうが「ところで砥(と)石も買い付けたいんだけど」と言う。そりゃそれだけ切れ味のいい上等な包丁を売ってるんだったら、それ相応の砥石も必要になるよなと思っていたら、
「買い付け先で通訳してくれないか」
「そんな、わたし英語はこの程度で」
「下手なのはわかってる。むしろ日本語が並より上手だと信頼して」
「どういう意味だそれは!」
「自分たちに対しては意味がちゃんと伝わればそれでいいけど、日本の会社の人のほうには丁寧に話せるのが大事」
ビジネスとしてはものすごく合理的だった。
スケールの大きな笠地蔵
バイキング親子の滞在中、何度か仕事の手伝いや観光案内などをした。彼らの帰国後も連絡をとっていたのだが、ある日父親バイキングが「お礼したいからオスロに来て」とオスロ行きの航空券を送ってきた。えらくスケールの大きな笠地蔵だな、と思っていたら「来るときに持ってきてほしいんだけど、日本酒(銘柄指定)と薄口醤油と七味唐辛子を大袋で、あとお好み焼きソースと山芋粉と……」と大量のおつかいメモも添付されていた。密輸業者かよと思いつつもスーツケースをいちばん大きいサイズに買い替えた。
そしてノルウェーの森の中を2時間歩き続けている。
9月に入ったばかりとはいえ、オスロはもう気温10~15度という毎日で、じとじと冷たい雨の日が多い、まさにノルウェーの秋。山歩きの前に熊は出ないかと父親バイキングに聞いたら「……ノルウェーには茶色とグレーと白い熊がいるけど、どれのこと?」と真顔で聞き返されたのも恐怖ではあるし、何よりこの森の中で迷うなり殺されるなりしても見つからんのではないかと思う。声のしたほうへ行ってみると、父親バイキングが「ほら!カンタレル(アンズタケ)がいっぱい生えてるよ!」と地面を指さしているのだが、落ち葉が積もっているだけでまったく見えない。
こういうキノコならいくらでも見つかるのに。
この日はポルチーニ茸も少し見つかり、今日はこれでピザにしようということに。
体験! スカンジナビアン・キッチン
さて、お買い物メモの内容からも推察できるように、父親バイキングは料理が得意で、それはフェイスブックにときどき上げている写真でもわかってはいたのだが……家に行ってみて、そろえられている調理器具の多さに驚いた。ちょっとした子ども部屋ぐらいの納戸に大きな棚があって、そこにありとあらゆる調理器具が格納されていて。炊飯器からアイスクリーマーから、何に使うのかよくわからない巨大な耐熱ガラスのスポイトまである。もちろん包丁は何本もそろえてあり、どれもきれいに手入れされていて、恐ろしくよく切れた。
「スカンジナビアンは、男も女も料理はする人はするし、しない人はしない、別に料理するからってこれは珍しくもなんともないよ。うちは息子バイキングが5歳のときに離婚してずっと二人暮らしだったし、料理も教えてきたし、彼もこれぐらいは……まだまだかな、うーん」
とはいえ、男が家事をしない国で育ったもので、190cmを超える大男が台所で料理している姿はかなり珍しい。眺めていて気がついたのだが、ヨーロッパでよくあるように台所のカウンターが高く、90cm以上はある、日本の一般的な台所より10cmは高い。自宅の台所だと腰が痛くなることもある公称身長167cmのわたしにも、かなり楽に作業ができる。
そして彼のアパートメントは決して特に広いというわけではなく、ごく一般的なシングル用のものである。とはいえ日本でなら少しゆったりした3LDKぐらいだろうか。これぐらいなら、嵩張るうえに用途が限られるがあれば便利な調理器具の置き場所にも困らないから、いろいろ買える。かなり家事が楽になる環境だから、そりゃ男性も億劫がらずにするよな、と思う。
「さてお知らせがあります。ゲスト期間は今日で終了です。明日からは普通のスカンジナビアンライフになります」
夕食の後、いきなり父親バイキングが宣言した。
「手はじめに買い出しに行きます。スウェーデンまで」
「えっちょっと待って何を」
「ゲストではないので、あなたにも役割があります、平等に」
そしてジェンダーギャップ指数世界3位★1の国の生活が始まった。
★1 2017年11月2日の発表では2位。
(えぼり「漂流生活的看護記録」第13回 了)