武井麻子インタビュー『アウェーと自由』

武井麻子インタビュー『アウェーと自由』

2015.6.22 update.

協力:小宮敬子(日本赤十字看護大学教授)
司会:『精神看護』編集室
写真:安部俊太郎
 
――最終講義のタイトルは「感情と看護と私」でしたね。それはわかるのですが、サブタイトルが「アウェーの生き方」。これはちょっと驚きました。
武井 アウェーという言葉には「中心ではない、はずれ者、傍系」みたいなネガティブなニュアンスもありながら、それだけじゃないという感じがあって。
――講演も、「自分にはホームという観念がない」というアーサー・シモンズの言葉から始まりましたね。
小宮 そこが私には衝撃的でした。
武井 ところが、この講演の後に何人もの人が来て、「実は私もそうなんだ」って。根っこが定まらない感情を持っている人は結構いるんだなあと思いましたね。
 そうはいっても、アウェーと言いながら海上寮に12年、日赤に25年。拠点とした2か所はそんなに長いわけですよね。自分ながら矛盾してる(笑)
――では今日は、そのあたりのヒミツを探っていきましょう(笑)
 
■元祖リケジョ
 
――転勤族で北九州工業地帯の社宅に育ち、そこからバスに乗ってカトリックの女子校へ、というだけでアウェー感が漂ってきますね。
小宮 そういうマージナル(境界的)な感覚は、心を病んだ人に対して……
武井 親和性はあったわねぇ。父がどっちかというと統合失調症気質。従兄弟とかにも結構そういう人はいて、そして理科系のオタク、みたいな。
――家での会話も理科系だったんですか?
武井 ほとんど会話らしい会話はなくって。私の小さい頃は、化学研究所に勤めていた父が論文博士を目指していて、ずっと書斎にこもって論文を書いていました。
――元祖リケジョのルーツですね。
武井 だから人相手は向いてないと思ったんですよ、保母になるときも。ましてや子どもみたいな生モノ相手は。
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小宮 それが、保母の仕事をしてみたら結構ハマったという感覚はあったんでしょ?
武井 そうね。もう、こっちの意図とはお構いなく、子どもたちは自分の世界に巻き込んでいくわけです。最初のショックは、子どもが私を見ていきなり「怪獣だぁ」って叫んだこと。「おねえちゃん!」とかじゃないわけです。
――そこもアウェーっぽいですね。
武井 どこか私に怪獣めいたところがあるのかなぁっていう感じもして。それから泣いたり笑ったりっていうのを一緒にするようになっていきました。
――自分の知らない部分を開発されたとおっしゃっていましたね。
武井 なにしろ、それまでは試験管が友達でしたから(笑)。
 
■「集団と個」への関心
 
――そういう武井先生が、集団のほうに興味を持った契機っていうのは……
武井 やっぱり大学闘争ですよね。大学のなかにいろんなグループができて、あるグループが、まだ本土復帰してない沖縄にコミューンを作りに行っちゃったんですよ。同じ道を歩んでたと思ってた人が、突然「あっちへ行く」とか言い出すので、「そんなバカな」って話をしたんだけど、全然話が通じなくなってたんです。言葉が通じない。それで「え~っ!! 何なんだろう」って。クラスに赤軍派に行って捕まってしまった人たちもいたし。
――自分がそちら側に行く可能性もあった、という感じはあったんですか?
武井 いや、それは全くありえない。私からしたらありえない動きを、今まで同じように考えていた人たちが突然……。同じだと思っていたのに違っていた。仲間は自分と同じ、一心同体みたいな感覚でいたけど、やっぱり違うんだって。ポジティブな感覚と同時に怖さというか不可解さも同時にあって。そういう意味では、まぁ好奇心が湧くわけですよ。
――「自分もうっかりしたら……」という感覚から集団に興味を持ったのかなと思ったのですが。
武井 そこも、アウェーなんですかね。
――ない?
武井 う~ん。ないですよねぇ。
――そうですか~。
 
■アウェーであってもアウトではない
 
武井 私には「一人一派」って感じがすごく常にあってですね。当時、全共闘は…なんだっけ…連帯すれども……
小宮 「連帯を求めて、孤立を恐れず」
武井 そう。いつでも一人になれる連帯っていうのを目指していたんです。鉄の一枚岩みたいに「連帯!連帯!」と言っていた派もあったんですが、それに対するアンチが全共闘です。個人を支えるための連帯なんだ、という感覚ですね。
小宮 集団思考そのものに取り込まれるか、そうじゃないところにとどまるのかっていうのはすごく大きいですよね。
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――なるほど。集団と個の関係が重要だったんですね。
武井 むしろ集団からあえて離れる。小玉香津子先生が最終講義の感想に「アウェーであってもアウトではない」と書き送ってくださいました。アウェーというのは、あり方=関係性であって、無関係なわけではないということでしょうか。
――アウェーで居続けるためには、当然そこから主体性という論点も出てきますね。武井先生が集団精神療法に行ったのも必然な感じがします。
武井 そうですよねぇ、本当に。
 
■「集団からの逸脱」という共通項
 
――自分もそうなりうるという偶有性ではなく、親しい人が自分とは違う存在であるということの不思議さそのものに好奇心が湧いてきたという、先ほどの話が面白くて。
武井 やはり好奇心ですね。講演でも写真をお見せしましたが、高校時代から1人部員で化学部をやってましたから。
――ただ「武井先生は能力があるから少数派でもやっていけるんだ、私なんか……」という感想も同時にあると思うんですが。
武井 確かに、アウェーでいるとただの落ちこぼれになりかねないという心配はありますよね。私の場合は「あの人はちょっと変わり者で」みたいな、大目に見てもらえる環境ではあったかなとは思います。ほんと、ちっちゃい頃から変わり者で……。でも、能力ばかりじゃないと思うんですよ、その人が生きていく条件は。
――たとえば精神科の患者さんが「看護師さんのように自由にしたいけど、しょせん病気だから」と言うのと、普通の看護師が武井先生にいだく感情は、構造としては似ている気がするんですが。
小宮 でも、患者さんのほうがすごく自由で、と言う人もいますよ。
武井 精神科に行ってよかったのは、患者さんたちが――妄想的ではあるんだけど――発想が自由ですよね。人がどう思おうと、やるんだと思えばやる、みたいな感じだし。
――講演に出ていたボートの人とか、ですね。「集団からの逸脱」っていう点では確かに武井先生と似てますね。
武井 似てる、あっ、親和性は非常に高いですね。
小宮 集団からはぐれた、みたいな感覚は共有してるのかもしれない。
武井 外れ者同士(笑)。
――外れてもなんとも思わないところも似ている(笑)
武井 うん、うん、うん、そうですね。それは親和性ありますよね。
――いま若い人たちがみんな困ってるのは、同調圧力ですよね。
小宮 本当にね。日に日に強くなってる気がします。
武井 さっき「精神科でよかった」と言いましたけれども、今、よその病院の閉鎖病棟で、決まったように規則を守らなきゃいけないような生活を強いられてる患者さんを見たら、いいとは決して思えないですよね。いろんな妄想を持っていてもね。
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――せっかく逸脱のネタがあるのに。
武井 そうなんです。だから院生がフィールドワークをすると、そういう語りがどんどん出てくるんです。自分の希望とか夢とか、あるいは誰にも語ってないけど実はこういう経験をしてるというようなことが、院生が耳を傾けるとどんどん出てくる。患者さん一人ひとりは自分の世界を持ってるんだけど、スタッフのほうが、「患者さんっていうのは個性もなく、自分で考えることもなく、希望もなく生きてる」と見ちゃっているような気がしますね。
小宮 いま話題になっているオープンダイアローグでも言われていますが、単に症状が出ないだけでは治療にはならない。そういう意味では、海上寮のやったことのユニークさがあったと、つくづく思うんです。
 
■「何してほしい?」という問いかけ
 
武井 海上寮のある患者さんが言ってたんですけど、鈴木純一先生が院長になって回診のときに「何してほしい?」「どうしてほしい?」って聞いてくれたのが嬉しかったそうなんです。「20年入院してきたけれど、スタッフから、どうしてほしいって聞かれたことがなかった」と。ああしなさいこうしなさい、あるいは、ああしちゃダメこうしちゃダメ、というのだけ聞かされてきたけれどって。
――モチベーションに火をつければ、当然リスクもありますからね。
小宮 たぶん治療でも教育でも、自信がない人は「何をしたいか」って聞けないですよ。
――オープンダイアローグの論文にも「2人の間で何かが起こる」と書いてあるんです。つまり、「どうしてほしい?」と聞かれることによって初めて、「どうしたい」という希望が出てくる。最初から内在的に希望というものがあるわけではないと。
武井 患者さんに「何したい?」と聞くでしょ? でも即座に答えは返ってこないんですよ。むかし当直するたびに夜な夜な部屋から出てくる患者さんがいて、私が「どうしてほしいの?」って聞いたときには、黙って何も答えなかったんですよね。でもその1週間後に当直したときに、布団を持って出てきて、「ねんねんころりん、してほしいの」って。
――1週間後に?
武井 一瞬、「えっ!? ねんねんころりって何?」って思ったんだけど、これが私が聞いたことの答えなんだって。それこそ1年後に答える時だってあるんですよ。
――あぁぁぁ
武井 学生がフィールドワークをしてるときに、「これって何回か前の質問の答えじゃない?」っていうようなことが時々あるんですよ。
小宮 こちら側にそれを受け止める素地がないと、スルーしちゃいますよね。
武井 突然なんなの?これ、みたいな。
――統合失調症の人って、突然何か言いますよね。
武井 ず~っと考えてるんですよ。
小宮 彼らなりの文脈はあるんですけど、それがこちらにはわからないだけですね。
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■巻き込まれたらどうするか
 
――そうやって近い関係になると、巻き込まれるとか、依存されるとか、好きになられて、とかいったことは?
武井 山のようにありますけど。はい、男性にも女性にも。いちばんまとまった巻き込まれっていうのは、20歳ちょっと過ぎたぐらいの、引きこもりになってた大学生の男の子。家庭内暴力で、両脇をガードマンに連れられて来た。入院して、ず~っと寝てて起きてこない、食事だけはするけれど何の活動もしない。そこでベッドサイドに行って、「これから買い物に行くんだけど付いてくる?」って言ったら、「行く」って起き出したんですよね。近くのコンビニみたいなところまで買い物に行って帰ってきたら、その日から付いて回って付いて回って……。
 私に「面接してほしい」って言うわけですよ。海上寮では一対一の面接っていうのはやらないで、常にスタッフが複数同席するという約束があるんです。でも、話をしたいって言うので、「2人以上だったら話を聞いてあげる」と答えたら、同じ世代の男の子を一緒に引っ張ってきて。
――あの、付いて回られて怖くなかったですか?
武井 怖くはないんだけど、鬱陶しいし、イヤですよね。でも……悪い気はしないわけですよ、好かれてるんだから。まぁ、とはいっても、うんざりしました。
――複数で話すというルールがいいですね。
武井 面白いんですよ、彼が同年代の青年をつれて来て「何も言わないでいいから、座ってればいいんだから」とか教えたりしてね。そういう意味では私だけを見るのでなくて、他の人も見る経験になりましたね。たまたま参加者がいなくて一対一になった時、「今日は中止」と言ったら必死になって誰か連れてくる(笑)。
 その男の子は鈴木先生とも面接していて、何を話すかっていうと、彼の趣味の音楽のことです。それをひたすら聞いてもらってたんですよね。入院してよかったと思うこととして彼は「自分の好きなことに興味を持ってくれた人がいたこと」と語ってくれましたね。それこそ、内的世界がどうたらこうたらなんて話はしないでいいんですよ。
――う~ん、なるほど。
武井 だから看護のアセスメントだって、内面のアセスメントじゃなくて、「この人はどういうことに興味を持ってて、何が好きで、何が嫌いなのか」ということでいいですよ。その人を知りたいと思うときに聞きたいこと、そういう普通のことが大事だと思うんです。
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■好奇心はバグ!?
 
――先ほど同調圧力の話が出たんですが、看護の世界では今どうなんでしょうか?
武井 私の最終講義にきてくれた現役の看護師さんが「刑務所から脱出してきました」って言ってたんですよ(笑)。看護は今ものすごい締め付けですって。あれはやっちゃいけない、これはやっちゃいけないって。とにかく自由がない。
小宮 同調圧力以上じゃないですかね。一挙手一投足か縛られてるっていう感じで。リスクを起こさないことへのすごい圧力がある。あれは本当に、自由と創造性を奪ってますね。
武井 もう、みんな泣いてます。
――クリニカルパスで回せる看護師が優秀であって、余計なことはやってくれなくていいと。
武井 疑問を持つとか、好奇心を持つっていうのが、バグになるんです。だから、「この人退院したら、不幸になるしかないんじゃないの?」っていうことがわかってても、そんなことは見ない。もう期限来たからって。
小宮 でも、何か事が起きた時――災害でもトラブルでもなんでもいいんですけど――、そういう時は、疑問や好奇心を持つ人が強いんですよ、平常のマニュアルじゃ通用しない事態では。
――じゃ、災害を待つ?
小宮 いやいや(笑)、病院ではそういう突発的な事態というのは、いつでも起こるんですよ。
 
■自由に向かってアウェーで勝負
 
武井 疑問を持たずに仕事マインドになっちゃうと……。私も調理師やってたときに、毎日、職員が最後に生ゴミを出すんですが、ある日、生ゴミ容器の中を見たら、少し残っていた。職員が出し忘れたんですが、その時私は、「あっ、今日は少ないから出さなかったんだ」と合理化して自分を納得させた。違和感を持ったのをなかったことにして。そのあとで、「なんで言わなかったの」って怒られちゃったんですけど。あぁ、こういう発想に私はなっちゃうんだなって。これはいまだに覚えているんです。目の前のものに疑問を持たなくなるのですね
――そこはLet it beじゃだめですね。
武井 変だと思う自分の不安を掻き消してしまう。疑問を持たないし、持ってもそれは当たり前なんだと合理化してしまう自分がいる。これが私のいう「仕事マインド」ですね。
――地域化が進むとそのあたりはどうなりますかね。
武井 在宅になったら看護師は人格変容を来さないと。患者さんのテリトリーに自分たちがお邪魔するわけですから。それこそ玄関に入れてくれなければ看護も何もできない。「病院のルールだから従ってください」とやってたのが、向こうのルールにこちらが従わなくちゃやれなくなる。主客が転倒するわけです。つまりアウェーで勝負しなくちゃならない。
――その勝負のポイントは何ですか。
武井 やってあげるというよりは、まずは「その人がオーダーを出すのを受け入れる」ってことですよね。どれだけ汚くしてて、こちらが手出ししたいと思っても「してほしい」と言わなければやらないとか。もちろん命がかかってるから、それは“ザ・ルール”にはならないんですけど。手を出すところと出さないところは判断しなくちゃいけない。自分の基準みたいなものを常に確かめながらやってかなければいけないですね。
 そのぶん自由なんですよ。アウェーだから自由。
――相手の基準でやるってほうが自由というのは面白いですね。
武井 はい、そうですよ。訪問看護って、その利点あるのよね。だから精神看護こそアウェーで勝負です。
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