かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2014.5.29 update.
かわい らん◎出産ジャーナリスト。3人の母親。現代の女性が親になる前後に直面する問題について,産婦人科医療,新生児医療,不妊治療の現場を取材してきた。産みたい人が産める社会をつくるべく活動中。近著に『卵子老化の真実』(文春新書,2013)。ホームページはこちら
日本が超少子高齢化社会を迎えるという予測は国立社会保障・人口問題研究所が出している将来推定人口に基づいている。連載第2回の今回は,同研究所の元・所長で欧米の事情にも詳しい阿藤誠氏においでいただいた。出生数の減少は先進国に共通の現象だが,進行をくいとめた国もある。流れを変えられた国と,変えられない国では何がどう違うのかをお聞きしながら,日本の少子化がここまで進んでしまった理由を考える。
お話をしてくれた人:阿藤 誠さん
人口学者。厚生労働統計協会会長。厚生省人口問題研究所所長,国立社会保障・人口問題研究所所長を歴任し,2013年3月まで早稲田大学人間科学学術院特任教授。著書は『少子化時代の家族変容―パートナーシップと出生行動』(編集,東京大学出版会,2011),『現代人口学―少子高齢社会の基礎知識』(日本評論社,2000)など多数。
|
河合 阿藤先生にお会いしたら,まずお聞きしたいと思っていたのは,そもそも少子化政策とは何なのかということです。「少子化政策予算」といわれているものを内閣府のサイトで見ていくと障害のあるお子さんの療育や周産期医療,テレワーキングまで少子化政策とされ,ありとあらゆるものが入っている印象を受けます。これは欧米でも同じ状況なのでしょうか。
阿藤 欧米では,子どもをもつための支援政策は普通に「家族政策:Family Policy」と呼ばれています。「少子化」「少子化対策」という言葉はそもそも該当する英語が見当たりません。これは日本の行政関係者が1990年代に作った言葉ですから。
河合 そうなのですか。
阿藤 単に子どもをもつ家庭への支援というだけですと従来の児童福祉と混同されたり,もしくは母親以外誰も関心をもたないのではないかと考えられましたから,これは国勢にかかわる社会的変化であり,国として何かしなければならないのだという空気をこの言葉で表現したわけです。でも海外,といっても私たちが見てきた国は欧米ですが,フランスを除いては,子どもの人数を増やすということを前面に押し出して政策をとっている国はありません。
河合 「女性を産む機械に例えると」と大臣が失言するようなことは考えられないわけですね。
阿藤 西欧では考えられないですね。人口政策は,歴史的にもその国の国力を維持することと強く結びついてきました。国家が続くためには,国民は何人でもいいというわけにはいかないのです。ただ,それは個々の人権を尊重する考え方とは相容れないものがあるので,欧米では,少なくとも表面的には,家族政策に,それが国益につながるのだというようなニュアンスはもたせません。日本は,戦後民主化が進んだとはいえ西欧ほど強い人権意識はないので,「少子化対策」などという表現を使ったのでしょう。
その一方で日本は,女性に「国のために産みなさい」と言えるような段階はとうに過ぎていますから,そのような表現があれば女性は厳しく非難するし,「そんな政策には乗るものか」と思いますよね。日本にはこのような新旧の感覚の混在があり,両者のせめぎ合いがずっと続いているのがこの問題を複雑にする原因の1つなのです。
河合 それでは,フランスが子どもをもつ人への支援は人口政策であるということを隠さないのはなぜですか。
阿藤 フランスには人口減少への強い警戒心があり,政策の名前は「家族政策」でありながら実際は「出産奨励政策」ともいえる政策が,戦前から長く続いてきた歴史があります。フランスはドイツと長年覇権争いをしてきましたが,フランス革命以来出生率が下がり始めていました。そのため,パリが陥落してドイツ軍が入ってきた時,フランス人は,これは若い軍人が少なすぎたためにこんな屈辱的なことになったのだと考えて出産奨励を始めたのです。
これと対照的なのがドイツやイタリア,そして日本といった旧枢軸国ですね。過去に優生思想に基づいた出産奨励政策を実施しているので,今ではそれがトラウマになって,出生支援政策をとりにくくなっています。特にドイツはヒトラーがアーリア人種を増やし,それ以外の人種は抹殺という政策をとった国ですから,人口政策というとその印象がくっついてしまっていまだに離れません。学者でもマスメディアでも,何か疑わしいことを言って「お前はナチズムだ」とレッテルを貼られたらそれでおしまいです。ですから,ドイツでは出生の問題をまともに議論できません。
最近は少し変わりましたが,日本も,やはり大東亜共栄圏の歴史をひきずっていますから,よく似た面があります。
河合 「産めよ,増やせよ」政策はよくない,と言われてしまうので産む人が苦労しているのが今の日本だと思いますが,同様の国もあるのですね。
阿藤 社会的背景が似ている国は,似た動きを示します。私たちは合計特殊出生率1.5を境にして,先進国を「緩少子化国」と「超少子化国」に分けています。北欧諸国,米国,英国,オーストラリア,ニュージーランド,フランスといった国々は1度少子化が進んだあと1.8,1.9と軒並み出生率が上がって米国などはもう2.1に近く,もはや少子化国ではないですね。ベネルクス三国は微妙なのですがまあまあ緩やかな少子化国です。残りのドイツ語圏,ドイツ,スイス,オーストリア,それから南欧,イタリア,スペイン,ギリシャ,ポルトガルといったグループが合計特殊出生率の低い超少子化の国々です。日本や東アジアは1.5に達しない超少子化国が多く,韓国や台湾などは日本より低いですね(図)。
図 合計特殊出生率国際比較(1970~2010)
*韓国のみ2010年ではなく2009年
[資料]
国立人口問題・社会保障研究所:人口統計資料集.
[2014.01.06アクセス]
United Nations, Department of Economic and Social Affairs:Population Division, Population Estimates and ProjectionsProjections Section.
[2013.12.19アクセス]
河合 少子化が始まった時期は,日本と西欧諸国は大体同じで1970年代だったと思いますが,違う道を行くことになったのはなぜでしょうか。
阿藤 ひとつの大きな分かれ道は,緩やかな少子化国では婚外子が増えてきて20代の出生がそれほど下がらなかったことです。個人主義の考えが強いリベラルな国は同棲が普及し婚外子が拡がっています。キリスト教国では正式な結婚が日本以上に重いこともあるのですが,欧州でもドイツや南欧,東アジアは同棲や婚外子が少ないのです。
この流れにおいて,ピルの承認は,ひとつの契機かもしれません。米国では1960年,欧州では1960年代中頃にピルが一斉に解禁になりましたが,向こうの女性は,これで女性は自分の身体,つまり人生をコントロールできるようになった,と受け止めました。コンドームや腟外射精による避妊では出産時期は男性にお任せ,もしくは成り行き任せです。でも,ピル以後,女性は「いつ産むか」を自分でよく考えて生きる生き方に変わったのです。ピルが普及してしばらくは望まない妊娠が減ったためか一時期出生率は下がりました。しかし,そのあと結婚しないまま子どもを望むカップルが増えてきて,子どもが親の婚姻の有無によって差別されない法律も整備されてきました。
河合 対照的に日本は結婚をしないと産まない国といわれていますが,そもそも未婚者がパートナーを見つけにくくなっています。婚外子の多い国はカップルが成立しやすいようですか,なぜなのでしょう。
阿藤 本当に最近の日本はセックスレスどころか「パートナーレス」ですね。もしかしたら,そこが一番のポイントかもしれませんが,一番わからないところでもありますね。ただ,緩少子化国には核家族の文化をもっているという共通点があります。古くから純粋な核家族の文化があったのが,ちょうど北欧,フランスあたりまで,ドイツや南欧は子どもが結婚しても親と住むタイプの家族(拡大家族)の伝統がありますし,中国文化圏の日本,韓国,台湾なども拡大家族の伝統をもちます。
日本も含めて核家族文化ではない国では親と子のつながりが強く,親の権威が強い。核家族の国ではすべての子どもは未婚の時代に親から離れるので,外に出て自立してパートナーを見つけ,うまく生きていけるように育てるのが親の務めです。そういうわけで同棲・婚外子が拡がっています。しかし親子の関係が強い社会では親は子どもをひきとめ,子どもはそれに甘えてしまう。パラサイトシングルも,そのような文化を抜きにして考えられないですよ。北欧では成人した子が親とずっと一緒に住むなんて,双方生理的に耐えられないでしょう。蕎麦屋に外国人を連れていって「いなせな江戸っ子はズズーッとすするんだ」と教えても,彼らがどうしてもできないのと同じです。日本人も,米国映画みたいなラブシーンをやってみろと言われても,できる人はできるけれど,ついこの間まで男は「メシ,風呂,寝る」しか言わなかった国ですから難しいですよ。日本人は,昔は親戚や,会社の課長さんあたりに世話をしてもらって結婚していたんです。
私たちは西欧そっくりのビルが並んだ街で,彼らと同じように携帯やスマートフォンをもって歩いているけれど,家族,ジェンダーなど文化の深い部分においては大きな違いがあるんですね。
*本連載は,『助産雑誌』2014年2月号に掲載した連載「やっぱり知りたい少子化のはなし」第2回をかんかん!用に短縮し,再構成したものです。全文は本誌をご覧ください。ご購入はこちらから→冊子版(1冊からご購入可能) 電子版(年間購読のみ)
*本記事と本記事に含まれる画像の無断転載は固くお断りいたします。転載・引用の際は,出典としてURLを明記してください。
ステップアップしたい助産師に欠かせない情報を毎号特集形式でご紹介。ほかにも最新の研究成果を掲載する「Current Focus」や、周産期周辺の人々へのインタビュー、医療裁判から学ぶ連載「ゆりかご法律相談」や臨床とエビデンスをつなげる連載「コクランレビューに学ぶ助産ケアのエビデンス」、今周産期に携わる人に欠かせない医療倫理が学べる連載「周産期の生命倫理をめぐる旅」など、盛りだくさんの内容です。目次・ご購入・年間購読は下の「詳細情報はこちら」をクリック!