"カワイイ"は医療を守れるか?!

2012.10.10 update.

宇田川廣美 イメージ

宇田川廣美

東京警察病院看護専門学校卒業後、臨床看護、フリーナース、看護系人材紹介所勤務を経て、フリーライターに。医療・看護系雑誌を中心に執筆活動を行う。現在の関心事は、介護職の専門性と看護と介護の連携について。「看護と介護の強い連携で、日本の医療も社会も、きっと、ずっと良くなる!」と思っている。

「可愛いものを見ると人の集中力高まる」

 

こんな見出しで始まる記事。それを見た私は、瞬時に頭の中で「可愛いもの」を「可愛い人」に変換し、勝手にムッ!としたのです。そしてすぐに「いけない、いけない」と正気に戻り、活字を追ってみました。

 

内容は、広島大学の認知心理生理学の入戸野宏准教授の研究グループの研究発表についてのものでした。大学生グループに、子犬や子猫の写真を見せた後に小さな部品をピンセットでつまみ上げる作業をさせると、見せる前に比べて作業効率が平均44%増加したそうです。一方、成長した犬や猫の写真を見せたグループは平均12%の上昇にとどまりました。「可愛いもの」とは「可愛い人」ではなく、「可愛い子犬や子猫」でした。

 

入戸野准教授はこの結果について、「『可愛い』という感情は、対象に接近して詳しく知ろうという機能があるため、細部に注意を集中し、作業の正確性を高める効果が出たのでは」と分析しています。

 

可愛いパワーを医療安全にも

 

shishimaru.JPGもちろん、人によって「可愛い」と感じるものは必ずしも動物とは限らないはずです。入戸野准教授の先行研究「“かわいい”に対する行動科学的アプローチ」では、「赤ちゃん」「動物」「子ども以外」「物」の中で研究対象者のほとんどが、「赤ちゃん」と「動物」に対して「かわいいと思うことがある」と答えていました。今回の研究で子犬や子猫の写真を用いたのは、こうした結果に基づいてのことと考えられます。そのうえで、この実験の記事を読んで思ったのは、この心理作用を医療安全にも使えないだろうか、ということです。

 

医療や介護・福祉の場では、アニマルセラピー等が少しずつですが導入されてきています。高血圧症で服薬治療をしていた高齢者が動物と触れ合うことで血圧が安定してきた、それまで発語がなかった認知症患者さんが会話をするようになった、リハビリテーションに拒否的だった入居者が訪ねてきた動物との触れ合いを求めて歩行するようになった、等々、動物は相対する人たちにさまざまな変化をもたらしています。

 

ただ、これらはあくまでケアを受ける人たちに対するものです。ケアを行う側の人にも「可愛いパワー」を使ったら、まさに―細部に注意を集中し、作業の正確性を高める―ことによってヒヤリハットを減少させ、医療の安全性を高めることにつながるかもしれません。例えば、一定時間おきに電子カルテのディスプレイに子犬や子猫の写真を映し出させる、休憩室などをバーチャルなキャットカフェ仕様にするなど。是非、どこかの病院で試行していただき、その成果を発表していただきたいものです。きっとスタッフのメンタルケアの一助にもなるはずです。

 

忘れてはいけない、一人ひとりへの配慮

 

私を含めて動物好きな人たちは、この研究結果には十分満足するかもしれません。でも、そうでない人がいることも心にとめる必要があります。入戸野准教授は自身のブログの中で、「可愛い写真を見ることで成績が下がった人もいる。(中略)幼い動物の写真を見ることの効果は一貫して統計的に優位である。しかし、それは「誰にでもいつでも」当てはまるという意味ではなく、たくさんの人を平均したらそうなったという意味である」と述べています。

 

動物を例にとってみれば、動物を嫌いな人や動物に対して悲しい、つらい経験をもつ人には逆効果になる場合もあるでしょう。動物好きの人にとっては、逆に気持ちがそちらの方に向いて集中力を欠く場合も出てくるかもしれません。その結果が全てととらえてしまうと、そうした危険性をも見過ごしかねません。たとえ効果的とされる一つの結果が出ても、それがすべてでないことを常に意識しておくことは、医療の安全を守るためのリスクマネジメントにつながるのでないでしょうか。

 

【参考HP】

●「“かわいい”に対する行動科学的アプローチ」

●広島大学 認知心理生理学研究室 「かわいい」の心理学

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