かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2012.6.08 update.
助産師の冨田江里子さんは,夫の仕事の都合で移住したフィリピンの貧困地帯で,2000年より母子のための助産・看護活動を続けています。貧しい母子のために自費で開いた助産院には,医療を求めて地域の人々が集まり,現在は正式な保健所として市に登録されています。
冨田さんのもとを訪れるのは,貧困ゆえに十分な医療を受けることができない,そればかりか,自分と子の命を守る知識も機会も与えられてこなかった女性たち。冨田さんはそんな母子に寄り添い続け,たくさんの命の誕生と喪失をみつめてきました。日々の活動を綴った連載は,『助産雑誌』2004年4月号より10年以上にわたって続いています。
今年7月発行の8月号で連載100回を迎えるにあたって,その一部をご紹介します。
私のクリニックには「マリア基金」と名付けられた産後緊急手術が必要な赤ちゃんのための救済資金がある。2011年8月末に,クリニックで臍帯ヘルニア・腹壁裂孔の奇形を持った赤ちゃん(マリア)が生まれた。そのマリアの救済資金がマリア基金となった。
マリアは初産婦の母親のもとに生まれてきた。出生前に超音波を受けることがない貧困者は,出生前から奇形に対処できるお産は望めない。皆が言葉を飲み込むほど脱出した腸管を滅菌ガーゼに包み,手術ができる病院へ即座に搬送した。多くの人が行き来する緊急外来のベッド上,温めもしない生食でじゃぶじゃぶと腸管を洗浄され,来た時と同じようにガーゼで包まれただけの緊急処置に,言葉を飲んだのは私一人だった。
「治療のお金がなければ,自然に腸管が腹部に戻ることを祈りましょう,可能性はあります」と説明する医師。貧困家庭のマリアは手術可能な病院にいながら,じりじりと命の火が尽きるのを待つ以外選択肢はなかった。
外部の不潔環境(たとえば自宅出産)で生まれた臍帯ヘルニアの赤ちゃんが,過去にこの病院で何例助かっているのかをすぐに調べ,成功率は50%を超えるという回答を得た。支援してくれる人がいれば! 祈る気持ちで事情をブログにアップし,目標金額30万円を集めた。すぐに滅菌に向けて治療が開始されたが,残念ながら1週間後マリアは亡くなった。
このマリア基金の残金は支援者の同意を得て,今後クリニックで生まれる緊急手術が必要な赤ちゃんのために保管されることになった。しかし11年間2000例のお産で緊急手術が必要になった赤ちゃんは,マリアと鎖肛のケースの2件だけだ。
生かされなかった基金を眺めながら,私は,クリニックにやって来る,手術できたら助かるかもしれない患児のことを考えていた。心臓病,水頭症,胆道閉鎖,今まで私の中で「高額な資金はない,無理だ」と最初から諦めていた患児たちのことだ。
マリアの時も無理だろうなと思いながら支援を呼びかけたら,援助を申し出てくれる人がいた。心奇形の子どもの心音を聞き,限られた治療をしながら,「ここまでしかできない」と線引きしているのは自分自身ではないか? 一度支援を呼びかけてみてもよいのではないか? と考え始めていた。
現在経過を見ているケースで,どの子が緊急支援にあたるのか整理してみると,胆道閉鎖の3か月の赤ちゃんと,ファロー四徴症の9歳になった女の子レチェリンがそのリストにあがってきた。2人を病院に運び,検査をし直し,フィリピンにおける治療成績を調べた結果,胆道閉鎖は手術しても多くが再手術となり1年を待たずに亡くなっていくという情報を得た。
レチェリンはばち状指の大きな爪をチアノーゼで黒くしながらも,一度もつらいと漏らしたことがない。学校で誰にも「苦しい」と言えずに気絶してしまったこともある我慢強い性格で,学年1番の成績だった。15kgしかない小さな体に不似合な大きな心臓は,両手で胸郭を挟むだけでザーザーと不気味な砂嵐のような振動を伝えてくる。
大きすぎるレチェリンの心臓はうまく動かず,酸素が全身にいきわたらない。少し集中したり,少し疲れるとすぐに酸素の量が足りなくなり,しゃがみ込みうずくまる心臓病独特の姿勢で回復を待つ。動きが制限されるので,通学はいつも母親が抱っこして学校まで往復している。貧しいながらも,家族が積極的にこの子が生きるのを支えているのだ。
レチェリンのようなファローの子供は大抵が10代で亡くなっていく。病院で検査をしたところ,肺動脈の狭窄部位が手術可能な場所にあること,適度に成長しているぶん心臓も大きく手術がしやすいこと,また今手術しなければ当然心不全が進み,手術不能になることなど,外科的に現在が最後の手術適応時期という医師の見解を得た。この検査結果を日本人小児心臓専門医に見せたところ,「レチェリンの心臓は1年は大丈夫だろうけど,それ以上となると手術できなくなる可能性が高い」というアドバイスをもらう。
フィリピンで1年以内に手術をするとなると,必要経費は1200万円を超える。ならば日本で,と調べたところ,手術費・検査費に渡航費や滞在費を足しても半分の600万円でできることがわかった。
どちらにしろ,目が回るような金額だ。咄嗟に無理と諦めそうになったが,マリアのことを思い出し踏みとどまった。
レチェリンだけを助けるのか? という迷いは当然ある。こんな高額が集まるのかという不安もある。でもレチェリンを知れば知るほど,この子に生きてほしいという感情が湧き上がってくる。過去に見送った心臓奇形で手術が必要だった子どもたちの顔が浮かぶ。心臓病があるにもかかわらず妊娠し産後亡くなった女性,妊娠中に心不全で亡くなった妊婦,彼女たちの声も聞こえるようだ。資金が集まる可能性があるなら,どうか呼びかけてみてほしいと。
レチェリンの夢は「自分のように貧しく,つらい状態を我慢する以外ない子どもたちを助けるお医者さんになる」ことだという。それが現実になってほしいと心から願う。
●『助産雑誌』2012年5月号(66巻5号)
『バルナバクリニック発 ぶつぶつ通信97 この子に生きてほしい』より,一部改変
(2012年末に石風社さんより連載をまとめた単行本を発行予定)
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シリーズ「語る+聞く リプロダクションのいま」 第1回
フィリピン、貧しい母子のためのクリニックより冨田江里子さんお話会
日時◆2012年7月3日(火)
【昼の会】14:00~16:00(13:30開場)
【夜の会】19:00~21:00(18:30開場)
会場◆光塾COMMONCONTACT並木町
(渋谷区渋谷3-27-15光和ビル地下1階)
参加費
全額、バルナバクリニックへの寄付に充てられます。会場では支援カンパも受け付けます。
主催◆NPO法人市民科学研究室・生命操作研究会+babycom+リプロダクション研究会
問い合わせ&お申し込み◆
TEL: 03-5834-8328
E-mail: renraku●shiminkagaku.org
(●を@に変えて送信してください)
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