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2012.4.02 update.
都立駒込病院感染症科医長・感染対策室長
著書に『JJNスペシャル82 感染症に強くなる 17日間菌トレブック』がある。
感染症の情報満載のtwitterはこちら→@imamura_kansen
イラストレーション:櫻井輪子 http://www.wakonosu.net/
平成24年3月24日、ボツリヌス菌による食中毒が5年ぶりに発生しました。鳥取県で2人の夫婦が発症。他県でつくられた「あずき」を使った郷土料理が原因ではないかと考えられています。
ボツリヌス菌は、びん詰や缶詰などの身近な食品を原因として食中毒を起こします。そして、強力な神経毒を産生する怖い菌なのです。
ボツリヌス菌のポイントは2つ。1つは、空気が嫌いな「嫌気性菌(けんきせいきん)」であること。このため、びん詰め、缶詰、あるいは真空パックなどの、空気の少ない食品が食中毒の原因となります。2つめのポイントは、強力な「毒素」をつくる菌だということです。この毒素は神経に作用し、ごく少量でも呼吸筋を麻痺させてしまいます。わずか500mgで人類を滅ぼす事もできるといわれ、生物テロに使われることが心配されています。
ボツリヌス菌は空気が嫌い。このため、びん詰め、缶詰、真空パックなどの食品の中で菌が増えやすくなります。この特徴を知った上で、今までに起こった食中毒をみてみましょう。
・日本ではじめて報告されたボツリヌス食中毒は、1951年に北海道で起こった自家製の「いずし」を原因としたものでした。魚類を発酵させる食品は、空気の嫌いな菌にとっては絶好の住み家だったのです。
・1984年、熊本で真空パックの辛子レンコンによる食中毒が起こりました。この時には、14都道府県で36例の患者と11例の死亡者が発生しています。
・輸入した食品では、びん詰めキャビア、びん詰めオリーブなどの事例が発生しています。
・過去最大の集団発生は2006年にタイで起こりました。自家製のタケノコ缶詰で、209名の患者、134名が入院、呼吸筋の麻痺によって42名が人工呼吸管理となっています。
「1才以下の赤ちゃんにハチミツを与えてはダメ!」という話を聞いたことはありますか?
実は、この話にもボツリヌス菌が関係しているのです。ハチミツの中にはボツリヌス菌がいることがあります。ただし、菌量はごく少数で、1才以上の消化管内では増えることができないため、問題となることはありません。しかし、1才未満の赤ちゃんの未熟な消化管では、菌が増えてしまうため食中毒を起こしてしまうのです。
日本でも乳児ボツリヌス症の発生が続いたため、昭和62年に当時の厚生省から「1歳未満の乳児にハチミツを与えないように」という注意勧告がだされました。
感染して数時間~数日で、神経毒による症状がでてきます。成人の場合には、最初は眼に関する症状が多く、視力低下、複視(ものが二重に見える)、眼瞼下垂(まぶたが下がる)などを訴えます。飲み込みや歩行が難しくなり、やがて呼吸筋も麻痺してしまいます。
乳児では、泣き声が小さくなり、乳を吸う力も弱まります。全身の筋力が低下して、頭や手足を支えることができなくなります。
100℃10分の加熱でボツリヌス毒素は不活化するといわれています。しかし、オリーブなどの加熱しない食品も多く、なかなか発生を防ぐことができないというのが現実です。
ボツリヌス食中毒による致死率は10~20%といわれていました。しかし、早期に抗毒素療法を開始し、人工呼吸器による集中管理をすることで、最近の米国での報告では死亡率5%程度となっています。また、乳児ボツリヌス症では、さらに死亡率が低いということもわかっています。
ボツリヌス菌の毒素は神経毒。その神経を麻痺させるところを利用した注射剤があります。眼瞼や顔面の痙攣などの治療について保険でも承認されていて、実際の診療に使われています。
最近は、保険外の診療で、シワ取りのプチ整形にも使われているというウワサも聞きます。しかし、神経を麻痺させる薬なので、長期的な効果や安全性については不明です。
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