かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2012.2.28 update.
名古屋掖済会病院救命救急センター勤務。1998年名古屋市立大学医学部卒業。
学生時代はオーケストラに熱中していましたが、なんとか医師免許を取得。優れた演奏者が集まっただけではオーケストラの美しいハーモニーは生まれません。高齢者救急も、患者さんやご家族の幸福につながるためには、看護師、SW、薬剤師、医師など多くの職種の“アンサンブル”がとても重要であると日々実感しています。
Case「高齢者のバイタルサイン」
病歴が解りにくい“あいまいな”訴えの高齢者や意思疎通が難しい高齢者で重篤な疾患を見逃さないためにはどのような点に注意するべきでしょうか?
「あいまいな」な訴えから手がかりをつかむためには、「病歴聴取を詳細に行うこと」と「バイタルサインの評価に強くなること」の2点が重要です。病歴聴取を詳細に行う方法については「高齢者救急のツボ」の「あいまいな訴え」編 と書籍『JJNスペシャル高齢者救急』のCase1「元気なし」で詳しく解説しているので参照してください。
今回は「バイタルサインの評価」のツボを説明します。
バイタルサインに含まれる指標は、意識レベル、血圧、心拍数、体温、呼吸数が一般的ですが、パルスオキシメーターによる酸素飽和度(SpO2)もとても便利な指標なので、ここではバイタルサインに含めて解説していきます。
◎単一のバイタルサインが異常値を示している場合は緊急事態の場合が多い!!
表に示すような単一のバイタル指標でパニック値を示している場合は重篤な疾患が原因である可能性が高いと考えられます。
表 単一のバイタル指標でのパニック値
これらのバイタル指標の中でも特に注意するべきは呼吸数です。収縮期血圧、心拍数、体温は加齢や内服薬剤の影響を受けやすい指標なのですが、呼吸数はこれらの影響を受けにくく、体に重大な異変が発生すると早期から異常をきたします。観察時間が短いと正確な呼吸数を測定することができないため、可能であれば30~60秒かけて測定するべきです。ショックでは収縮期血圧が低下するよりも先に脳血流低下による症状(過度の不安を訴える、不穏)や呼吸数増加が認められるといわれており、高齢者の呼吸数増加+不穏をみたらショックを疑うという習慣をつけておくと、血圧低下をきたす前の早期の状態でショックを発見できます。
◎バイタルサインの評価は相対的な評価が大切!!
もう1つ、バイタルサインの評価で注意するべきこととして、1つのバイタル指標が正常値だからと言って安心せず、相対的な評価を心がけることが大切です。
以下に具体的な症例を基にして、バイタルサインの相対的評価の重要性を解説します。
症例①
74歳男性
トイレで吐血して救急要請、血圧110/50mmHg。
研修医Iは「血圧は下がっていないから大した量の吐血ではないでしょう」と判断
看護師Hがバイタルサインを測定したところ血圧110/50mmHg 脈拍 120/分であった。
看護師Hは「収縮期血圧/脈拍数<1で出血性ショックの可能性が高いので、緊急内視鏡検査が必要ではないでしょうか」と進言した
緊急上部消化管内視鏡の結果、出血性胃潰瘍が確認された
消化性潰瘍などで出血をきたしても早期には収縮期血圧は低下せず、心拍数の増加が認められます。過去の研究においても出血性ショックは収縮期血圧や心拍数など単一のバイタル指標ではなく、ショック指数(収縮期血圧/心拍数)として相対的に評価した方が早期に発見できると報告されています。ショック指数が1未満の場合は収縮期血圧が正常であっても循環血液量の低下が進行している状態であると考えるべきです。また、出血や脱水などで循環血液量低下が認められる場合は、仰臥位で血圧や心拍数が正常であっても座位や立位になると血圧低下と心拍数上昇をきたすことがあります。仰臥位での血圧や心拍数の異常値は認めなくても循環血液量減少を疑う場合は、可能であれば体位による血圧と心拍数の変化を評価することが重要です(ただし、座位や立位になって急速に血圧が下がると意識を失って転倒してしまう危険もあるため、厳重な観察が必要になります)。
症例②
82歳女性
発熱で元気がなく、食欲低下で老人保健施設から救急受診
血圧110/50mmHg 脈拍100/分 体温37.6℃
研修医Iは「発熱といっても微熱程度だから大したことないでしょう」と判断
看護師Hが普段のバイタルサインを情報収集すると
普段の血圧140/80mmHg 脈拍60/分 体温36.6℃であることが判明した
看護師Hは
「⊿心拍数(現在の心拍数-普段の心拍数)/⊿体温(現在の体温-普段の体温)が40なので細菌感染症の可能性もあるのではないでしょうか」と進言した。
検査の結果、尿路感染症による敗血症と判明し緊急入院となった
症例の解説
Case4「発熱」の項では、加齢とともに体温調節機能は低下し、高齢者では重篤な細菌感染症に罹患しても発熱しない場合があること。このような高齢者の感染症では漠然とした症状となる場合が多いこと、全身性炎症反応症候群(体温、呼吸数、心拍数、白血球数)の評価が重要であることを説明しました。
上級者はこれに加えて、「⊿20ルール」というルールを知っておくと便利です。文章にすると難しくなってしまいますが、⊿心拍数(現在の心拍数-普段の心拍数)/⊿体温(現在の体温-普段の体温)>20の場合は細菌感染の可能性が高くなるというものです。看護師Hはこのルールを知っていることで、「発熱はそれほど高度ではないけれど細菌感染症の可能性がある」とアセスメントをすることができました。
症例③
72歳男性
胃がんの手術のため入院中、呼吸苦と創部の痛みあり
血圧170/90mmHg 脈拍110/分 体温36.7℃ SpO2 96% 呼吸数28回/分
報告を受けた研修医Iは「呼吸苦と言ってもSpO2は良いので様子見てよいでしょう。呼吸が早いのは痛みのせいじゃないかなぁ。あまり痛みが強ければ鎮痛薬を使いましょう」と返事をした。
看護師Hは「呼吸数28回/分でSpO2 96%というのは、呼吸数が多い割にはSpO2の値が低いのではないかしら、原因検索が必要ではありませんか」と進言した。
原因検索で実施した胸部X線では胸水貯留と心拡大を認め、心不全の増悪であることが判明した。
症例の解説
看護師Hの「SpO2 96%という値が得られても呼吸数が25回以上であるのであれば、呼吸状態は良くない」とした評価はとても適切でした。SpO2の値は何パーセント以上あればOKというように数値だけで評価されてしまう傾向がありますが、本来は呼吸状態、呼吸数とセットで評価するべきです。ふつう、正常の呼吸で呼吸数が20回もあれば、SpO2は99%以上の値を示すはずですよね。
高齢者のバイタルサインの評価に強くなること!!
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