かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2012.2.20 update.
名古屋掖済会病院救命救急センター勤務。1998年名古屋市立大学医学部卒業。
学生時代はオーケストラに熱中していましたが、なんとか医師免許を取得。優れた演奏者が集まっただけではオーケストラの美しいハーモニーは生まれません。高齢者救急も、患者さんやご家族の幸福につながるためには、看護師、SW、薬剤師、医師など多くの職種の“アンサンブル”がとても重要であると日々実感しています。
Case 「元気がなくて動けません」
症例 Aさん(82歳、女性)
独居の高齢女性Aさんが近所の人と一緒に救急外来を受診しました。近所の人は「元気がなくて動けないので受診しました。」と言います。あなたは、別件で処置中の救急外来担当医のI先生に連絡しました。I先生からは「数日前から元気がないのに、どうして救急受診なのかなあ・・・・・・元気がないのは年のせいじゃないの?10分くらいで診察にいけそうだから、それまでに情報収集をお願いします。」と言われてしまいました。意識レベル清明、血圧100/60 心拍数70 体温36.6度とバイタルサインも大きな異常はなさそうです。
課題1 漠然とした訴えからどのように情報収集したらよいでしょうか?
課題2 元気がない高齢者ではどのような疾患を考えたらよいでしょうか?
I先生は、忙しかったのでしょうか、「元気がないのは年のせいじゃないの?」という言葉を発していましたが、本当にそうでしょうか?
医師が「年のせい」という言葉を発したときには要注意です。こんな時こそ、看護師の慎重な初期対応が求められます。
課題1 漠然とした訴えからどのように情報収集したらよいでしょうか?
バイタルサインに異常を認める場合はそれに対する対応が必要ですが、今回のようにバイタルサインに大きな異常を認めず漠然とした症状(「元気がない」「動けなくなった」「弱ってきた」「だるそうだ」など)の場合は、詳細な情報収集が大切です。
情報収集といっても何を聞けばいいのでしょうか?漠然とした主訴で、状況がよく理解できない時は、
①普段(今回のような状況になる前)に患者さんはどのような生活をしていたのか?
②いつからそのような生活ができなくなったのか?
の2つに重点を置いて、「何がいつからできなくなったのか?」が明確になるように病歴聴取を行ないましょう。
①普段(今回のような状況になる前)に患者さんはどのような生活をしていたのか?
この情報を得るためには、高齢者の日常生活能力評価について理解しておく必要があります。日常生活能力(ADL:Activities of Daily Living)は、基本的日常生活動作(Basic ADL)といって衣食住という生活に欠かせない要素と、手段的日常生活動作(IADL:Instrumental Activities of Daily Living:)という少し進んだ要素にわけて、図表1に示したような評価項目を用い評価を行うことが一般的です。
これらの項目を覚えきれないような場合は図表2のような連想方式で問診をすすめていくと便利です。質問のキーワードは「食事、トイレ、着替え、薬」です。これだけ具体的に質問すれば、医学的知識が無い人からでもかなりの情報収集が可能で、高齢者の日常生活能力が具体的に見えてきます。
②いつからそのような生活ができなくなったのか?
高齢者の日常生活能力が把握できたら、今度は「いつからそのような生活ができなくなったのか?」を明らかにすることが必要です。ただし、「いつからできなくなったのですか?」と尋ねても「さあ・・・ずいぶん前ですね・・・」などと漠然とした応えにしかならないことが多いので、ここでも図表3に示すような発症時期を推定するための具体的な質問が必要になります。
実践例①
これらの知識を得て情報収集を行ったところ、近所の人から「今週の初めまでは押し車をひいて買い物に行く姿も見かけていたのですが、数日姿を見かけないので様子を見に行くと家の中を這って移動していました。身寄りが全くなく、介護サービスも利用していないようです。」という情報を得ました。
「元気がなく、動けない」という漠然とした訴えから、ADLは自立していて独居も可能であった高齢女性が、数日の経過で自力での移動も難しいくらいに急速にADLが低下してしまったという病歴を得ることができました。
(ココがポイント!)
高齢者の漠然とした訴えは詳細な病歴聴取で具体化しよう
・質問は「食事、トイレ、着替え、薬」から連想して、日常生活を明らかにする
・「いつから、何ができなくなったのか?」はっきりさせよう
課題2 元気が無い高齢者ではどのような疾患を考えたらよいでしょうか?
課題1で、症例が「比較的急速にADLが低下した高齢者」であることを理解したあなたは、決してこの患者さんが「年のせい」で受診したわけではないことを理解しなければいけません。正常の老化は非常にゆっくりとした進行であり、今回のように数日前からという経過で進行する場合は病気の可能性が高いと考えるべきです。実際に今回のように高齢者が「食事が摂取できない」とか「ベッドから起きてこない」という漠然とした訴えで救急外来を受診した場合も、2人に1人は入院が必要な状態であったという報告があります。
高齢者では自律神経機能や体温調節機能が低下しているため、急性心筋梗塞などの重篤疾患に罹患しても痛がらないことや、感染症に罹患しても発熱しないことが多くあります。高齢者では重篤な急性疾患でも典型的な症状で発症するのではなく「元気が無い」「食事が摂取できない」などADLの低下のみが重篤な急性疾患の唯一のサインであることを覚えておくことは大変重要です。
具体的には図表4に示すような鑑別疾患を考えることが大切です(太字は特に重要)。
実践例②
急速なADL低下をきたした高齢者では、「年のせい」ではなく重病のサインであることを理解したあなたは、I先生に「ADLが自立していた高齢者が数日の経過で急に元気がなくなってしまったのは、何か急性疾患があるのではないでしょうか?」と報告した。診察の結果、黒色便とヘモグロビンの低下が認められ、内視鏡検査で巨大な胃潰瘍が発見された
(ココがポイント)
高齢者の「元気がない」は背後に重病の影あり
・元気がないのは年のせいではない!
・ADLの低下が重篤疾患の唯一の症状であることも多い(痛がらない、熱も出ない)
・「元気なし」高齢者4大急性疾患をマークせよ
□心血管疾患(急性心筋梗塞、心不全)
□感染症
□慢性硬膜血腫
□貧血
文献
J Am Geriatr Soc.;53:1961-1965.2005
本記事はJJNスペシャルNO.88 『高齢者救急 急変&対応ガイドマップ』の内容を元に再構成しています。
次回は書籍未発表の「高齢者のバイタルサインの読み方」です!
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