講演録「心の技法」(10) 怒りを止める方法

講演録「心の技法」(10) 怒りを止める方法

2012.1.10 update.

名越康文 イメージ

名越康文

1960年生まれ。近畿大学医学部卒業後、大阪府立中宮病院精神科主任を経て、99年、名越クリニックを開業。専門は思春期精神医学。精神科医というフィールドを越え、テレビ・雑誌・ラジオ等のメディアで活躍。著書に『毎日トクしている人の秘密』(PHP研究所、2012)、『心がフッと軽くなる「瞬間の心理学」』(角川SSC新書、2010)、『薄氷の踏み方』(甲野善紀氏と共著、PHP研究所、2008)などがある。2011年4月より「夜間飛行」(http://yakan-hiko.com/)にて公式メルマガスタート。


本稿は、2011年6月29日に行われた「名越康文連続講義 現場で生き残るための心の技法」での名越康文氏の講義を元に再構成したものです。

 

前回より続く(今回より、6月29日に行なわれた連続講義第1回の内容に入ります)

 

「ニュートラルな自分」を知る

 

では、怒りを止める方法論にはどういったものがあるのかということですが、少しおさらいも含めますと、大きくわけて2つあるんです。

 

1つは、これはこの講義で先々詳しくやっていく性格分類につながっていくところですが、自分以外の人が、自分とはどれだけ変わった考え方、感じ方をしているのかを知る、という方法です。相手がどういう方法論で動いているのかということを理解することによって、距離を保つことができるし、相手をよりよく理解してあげることができる。これは、怒りを静めるという意味でも、対人関係が上手になる、という意味でも、効果があります。

 

もう一つは暝想や、自分の心を観察することによって、自分の怒りをコントロールする方法です。例えば、先ほどから「小さな怒りに気づきましょう」という話をしてきましたが、自分の中の小さな怒りに気づくたびにそれを上手にそらしていく、という方法ですね。

 

ここでは少し、後者をやっていきたいと思うんですが、それを考えるときに、ひとつ大事なことがあるんです。それは「ニュートラルな自分」というものを自分の中で、しっかりとイメージできるようになるということです。僕らは日々怒ってばかりいるうちに、「怒っていない自分」「怒りから自由になった自分」というものを、多くの人はうまくイメージできないようになっている、ということがあるんです。

 

「自分らしい自分」という認識って、たいていの場合、間違っています。もちろん、中には正確な自己像を描けている人もいるけれど、それは例外。ちょっと皆さん、目をつむって「これが自分です」というシーンを思い浮かべてみてください。例えば僕だったら「机の前に座ってパソコンで何か読んでる時の自分」とか「散歩しているときの自分」「図書館で本を読んでいる自分」といったイメージですね。

 

はい、想像のなかで登場した自分が、すごく心が軽くて、明るく、気分よく呼吸できているように感じる人と、そうじゃない人がいたはずですが、いかがでしょうか。例えば「子供の将来に悩んでいる自分」とか「ためいきをついている自分」が出てくる人は、ニュートラルな自分を見失っています。そういう人は、いわばちょっと損をしている、と考えてください。

 

では「ニュートラルな自分」とはどんなイメージかといえば、心が軽くて、明るくて、気分よく呼吸できている、という自分です。そんなのほんとの自分じゃない、と思われるかもしれませんが、そうじゃない。それは忘れているだけなんです。実際、こういうお話をしていると「あの…明るいってどういうことですか?」という質問をされる方もおられました。「ちょっとこの頃しんどくて、2年位“明るい”って感覚をもったことがないのでわからない」というんですね。

 

その人には「近所の公園で、大きな木を見つけてください。そのなかで自分が気に入った木に、毎朝抱きついてみてください」とアドバイスしました(笑)。笑ってしまうかもしれませんが、大きな木に、自分と一体になるように抱きついてみると、なんともいえない爽やかな気分が出てくる。それを「プラスマイナスゼロ」の標準だと思うようにしてくださいとアドバイスしたところ、その彼女の場合には、彼女自身の素養もあって、非常にうまくいきました。

 

神社仏閣でも何でもいいのですが、自分自身をリセットできるような場所や方法を自分なりに確保して、「ニュートラルな自分」を忘れないようにしておく。そうじゃないと僕らはしばしば、暗い、疲れた、陰鬱な自分に慣れてしまうんです。そうなると、なかなか悪循環から抜け出せなくなります。

 

これはいわば、怒りから解放された、「明るい(ニュートラルな)状態」を確認するためのトレーニングです。ですから、大木でも、神社でも、教会でも、自分が爽やかな気分になれるのなら、どこでもいいんです。日々の臨床のなかで嫌なことがあっても、そこに行けばリセットされる、そういう場所をもっている人は、ストレスに強くなります。

 

深呼吸の効用

 

では、忙しくてそういう場所にいけない人はどうすればいいか。これもいろいろあるんですが、ひとつは深呼吸です。ふーっと息を吐ききる。20秒から30秒かけて息を吐ききって、苦しいかな、というところですうっと息を吸い込む。これだけで、視界がぱっと明るくなります。そのときのコツとしては、顎を引いて、背筋を伸ばしておくこと。さらに、自分の身体の中にある「真っ黒な怒りの塊」を、煙にしてふーーっと吐き出していく。そういうイメージを作ってみるのもよいでしょう。

 

呼吸法って、かつては秘伝といわれていた身体技法ですが、今は武術の世界でも、宗教の世界でも、絶対外部に漏らしてはいけない、というほど厳しく情報管理されているわけではありません。しかし、多くの人は「たかが呼吸ぐらいで、そんなに効果があるわけないでしょう」と思っているから、取り組んでいる人はそれほど多くはない。だから、呼吸法の力に気づいている人は今でも本当に少数派です。そう考えてみると、呼吸法は「隠されていない秘伝」というわけですね。こういうものは使わなければ損だと思います。

 

もうひとつ、例えば家の宗教が浄土真宗の方だったら「なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」と念仏を唱えるのも有効です。まあ、あんまり病院の中で唱えると怒られるかもしれませんが(笑)、心の中が怒りに囚われそうになったら、こういう念仏を唱えてみる。念仏というのも、現代人ははなから相手にしないものですが、心をニュートラルな状態にリセットするための、すごく実践的な心理学的技法だと僕は考えています。

 

こうしたマントラのような音の響きが心にどういう影響を与えるかということは、最近になって研究が進んでいるようですね。法華経や日蓮宗だと「なんみょうほうれんげきょう~」ですが、それぞれ、独特の響きを持っているからこそ、それを唱えることですごく集中できるという効果がある。だから、どんな嫌なことがあっても、それを唱えていると、10秒20秒の間ではありますが、スーっと全部忘れることができます。これによって、気持ちをパっと明るい方向にシフトチェンジしていく。

 

お茶やお花、というのをやっている方もおられるかと思いますが、そういうのも、日常の中に「節目」をつくって、気分を切り替える儀礼です。お茶なんて「いまこの瞬間」に生きることで、過去や未来の憂いを消そう、という思想ですよね。お茶を頂くその瞬間に、過去と未来の節目をつくる。

 

そうやって、自分が生きている時間の中に節目をいっぱい作っていくのが、明るく生きるコツなんです。だらーーっと、地続きの時間がずっと続いていくと、人間というのは疲弊します。怒りがたまってきてしまうんです。

 

「私は怒っている」

 

それでもどうしても怒りがあってやっぱり忘れられないという時は最後の手段があります。それは「私は怒っている。私は怒っている。私は怒っている…」と10回ほど、心の中でゆっくり唱える。そうすると、そのときの怒りはほとんど消えてくれます。これこそ「ばかばかしい」といわれそうなんですが、結構、完全に消えるんです。

 

どうして消えるかといえれば、それは「怒り」は現実のものじゃなく、心の中で起こっているものだからです。例えば「とても困った人がいて、職場に行くのが嫌で嫌でしょうがない」という悩みがあったとします。この場合、「困った人」ということが仮に事実だったとしても、そういう人がいることで「嫌で嫌でしょうがない」と思っていること自体は、あくまで自分の心の中で生じている「怒り」に過ぎない、ということはいえるわけです。心の中の出来事である以上、コントロールは可能だということですね。

 

ご紹介した技術を、どれでもいいので自分に合ったものを試してみてください。最初は、「午前中に1回、怒りを消せた」「午後は2回、怒りを消せた」というので十分です。それだけでも、大分明るい、爽やかな性格になります。そうするとそのうちに、たとえばは、「運気」が変わるような感覚も生じて来たりします。出会いの質が変わったり、何か日々の流れが変わったりする。その理路はわかりません。例えば、爽やかな表情で軽やかに仕事をしていたら、周りの人も気分良くなり、物事がうまくまわる、ということかもしれない。いずれにしても、自分が明るくなる、ということは常に、周囲の人にも影響を与える、ということは知っておいてもいいでしょう。

 

自分が明るくなるだけで、周りの人もその恩恵に服して、みんなちょっと気分よくなる、ということは実際にあります。そうしたら、トラブルが減ったり、あるいはトラブルがあっても立ち直りが早くなるということも起きてきます。

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