口腔ケアにおける看護師の役割

口腔ケアにおける看護師の役割

2011.7.06 update.

岸本裕充

兵庫医科大学歯科口腔外科学講座准教授。大阪府生まれ。1989年、大阪大学歯学部卒業後、兵庫医科大学しか口腔外科学講座入局。口腔ケアから頭頸部癌治療、インプラントまで幅広く取り組んでいる。

「口腔ケアで困っています」という看護師からの相談をみると、
口腔の専門家でも対応が難しいような困難事例がある一方、
案外、簡単なところでつまずいていることも少なくありません。
看護師が行うべきこと、歯科に任せるべきことの見極めが大切です。

 

(この記事は、岸本裕充編著『成果の上がる口腔ケア』からの抜粋です)

 

アセスメント力・判断力を磨こう

 

看護ケアのなかでも、褥瘡対策は看護師がもっとも力を発揮できる、腕の見せ所の1つです。口腔ケアを褥瘡対策と対比させてみると、褥瘡対策の場合であれば当たり前のように求められる的確なアセスメントや判断力が、口腔ケアの際にはおろそかにされがちであることに気づかされます(図表1)。

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図表1 看護師と歯科の役割分担

 

歯肉から出血する前に、アセスメントで早期発見

 

歯肉からの出血は、しばしば相談を受けるポイントです。しかし、出血が生じてから慌てるのではなく、出血の前兆を見逃さないことのほうが重要です。褥瘡ケアの場合、「仙骨部に軽度の発赤」を発見したら、体位交換の回数を増やす、除圧のためのグッズを導入するなど、さまざまな介入を強化するでしょう。口腔ケアも同じで、歯肉出血を生じる前の、発赤や腫脹といった「出血の前兆」となる炎症所見を見落とさないことが重要です(図表2)。

 

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図表2 出血の前兆を見逃さない
左は歯肉が腫れ、炎症を起こしており、出血のリスクが高い。右は炎症のない、改善後の歯肉。

 

もちろん、「DIC(播種性血管内凝固症候群)など血小板の急激な減少で突然歯肉から出血」というように対応が困難な場合もありますが、実際には、早期の軽症な時点での「アセスメントの不足(見落とし)」によって対応が遅れ、重症化していることが多いようです。

 

一方で、出血があることで口腔ケアを早くあきらめてしまったことによって、さらに出血を悪化させてしまうケースも少なくありません。「出血すると怖い」という理由であまりにも早くブラッシングを中止してしまうと、歯周病菌の増加を招き、炎症が悪化、さらに出血の危険性を高めてしまうという、「出血の悪循環」(図表3)に陥ってしまいます。

 

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図表3 出血の悪循環

 

歯肉出血をおそれて歯みがきがおろそかになると(one)、歯垢が厚くなり、内部が嫌気的環境となって歯周病菌が増殖し(two)、歯肉の炎症(≒歯周病)が悪化、さらに出血しやすくなる(three)という悪循環(A)に陥ります。

 

また、歯周病菌は歯肉ポケット内の「滲出液」から栄養を得ていますが、血液のほうがはるかに栄養が豊富ですので、歯肉出血が生じると歯周病菌の増殖が著明となり(fourfive)、歯肉の炎症(≒歯周病)が悪化、歯肉出血を助長する(six)という、もう1つの悪循環(B)を招きます。
 

 

出血は歯肉からであり、歯面からではありません。出血がある場合には、できるだけ歯肉を刺激しないように気をつけながら清掃するのがよいでしょう 。

 

深い歯周ポケットは歯科へ相談

 

褥瘡で深いポケットを形成し、深くまで壊死組織が存在しているような症例では、「看護ケアだけでは限界があるので、外科医に処置・手術を依頼しよう」という判断がなされます。同じように、歯周病で生じた「歯周ポケット」が深く、炎症を起こしている場合には歯科の介入を依頼すべきです。しかし、そういった口腔内のアセスメントを看護師が行うことに慣れていないのが現状です。

 

歯周ポケットにかぎらず、歯科的な問題点が放置されたまま、口腔ケアが行われていることがしばしば見受けられます(図表4)。むし歯によって生じた歯の欠損である「う」や、歯周ポケットに存在する大量の菌は口臭の原因となります 。「歯みがきや粘膜清掃などの口腔ケアを実施しているのに口臭が消えない」という場合、こうした歯科的な原因が隠れていると考えられます。

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図表4 看護師が見落としがちな歯科的な問題

 


歯科との連携が重要

 

判断に困る、あるいは技術的な問題で対応が難しいと感じた場合、歯科医師、歯科衛生士と連携した「口腔環境の整備」が望まれます。ベッドサイドで行う口腔ケアとは異なり、歯科では明るい照明をあてるため口腔内が見やすく、道具もそろっています。専門スタッフが十分な時間をかけてケアを行うことができるため、非常に高いレベルで口腔内を清潔にすることが可能です。

 


清潔レベルを「歯垢の完全除去」まで高めることをプラークフリー法といいます。これは、気管挿管や抗がん剤投与前などに歯垢を完全除去しておくことによって、その後のケアが楽になるというもので、いわば「ケアの貯金」という発想に基づいています(図表5)。

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図表5 プラークフリー法の概念図
気管挿管を伴う手術で、術前に口腔内の清潔レベルを「歯垢の完全除去」レベルまで高めておくと、術後の口腔ケアが楽になります。歯垢が増加しやすくするイベントの前に「ケアの貯金」をしておくことで、イベント後の維持ケアの労力を軽減するのが狙いです。

 

 

また、「グラグラした歯があれば抜歯するか固定しておく」「むし歯の穴を埋めておく」といった歯科的な治療を行っておくことは、術後のケアが行いやすいようにしておくという点でも重要です。

 

当院では、食道がん手術を受けて術後にICUへ入る予定の患者に対し、術前に歯科を受診してもらい、歯垢を完全に除去するプラークフリー法を行っています。これにより、術後肺炎の発症を20%から4.1%に低下させることに成功しました1)。

 

歯科がない病院も数多く存在しますので、「術前に」は無理と思われていませんか? しかし、予定手術の場合には、患者さんが外来通院している段階で「近くの歯医者さんに行って、口の中をきれいにしてきてください」と指導することは可能です。これによって入院後のケアが楽になり、術後肺炎のリスクを軽減することが可能です。
 

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