かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2011.5.12 update.
都立駒込病院感染症科医長・感染対策室長
著書に『JJNスペシャル82 感染症に強くなる 17日間菌トレブック』がある。
twitter始めました→@imamura_kansen
イラストレーション:櫻井輪子 http://www.wakonosu.net/
最近、マスコミで話題になっている大腸菌による食中毒。
「大腸菌はわかるけど「O-111」っていったいなに?」このような質問が届けられてきています。
今回は、この大腸菌による食中毒ついてお話ししてみたいと思います。
【下痢を起こす大腸菌】
大腸菌とは、通常でもヒトの腸内に住んでいる菌です。このような大腸菌は「常在菌」と呼ばれ、腸の中にある限りは下痢を起こすなどの悪さをすることはありません(尿路に入ってしまえば膀胱炎を起こしたりします)。
一方、通常はヒトの腸内にはいない大腸菌で、下痢などの症状を起こしてしまう大腸菌もあります。ヒトに病原性をもった大腸菌を『下痢原性大腸菌』と呼び、常在菌として存在する悪さをしない大腸菌と区別をしています。
【大腸菌と赤痢菌との近い関係】
下痢原性大腸菌は、さらにいくつかの種類に分類されています。その中でも「ベロ毒素」という毒をつくる種類の大腸菌は、この毒素によって出血しやすいため、“腸管出血性大腸菌”といわれています。ちなみに、大腸からの出血のことを下血と呼びます。
実は、この「ベロ毒素」は、海外旅行などで感染する赤痢菌がもっている毒素と同じものであるということがわかっています。
「赤痢」という名前も「赤い下痢」、つまり下血しやすいことからつけられた名前であることを考えると、この2つの下痢の共通点がみえてきます。「赤痢」はごく少数の菌量でも感染して腸炎を起こします。簡単にいえば感染しやすいということですね。
同じように腸管出血性大腸菌も、非常に少ない菌でも腸炎を起こしてしまう危険性のある「感染しやすい菌」なのです。少量の菌で感染してしまうため、食品以外の原因でも感染してしまう可能性があります。過去の報告でも、食品による感染だけでなく、家族内などのヒトからヒトへの感染、感染井戸水や乳幼児用のプールでの感染例などもあるのです。
【重症となる場合】
この腸管出血性大腸菌に感染すると、小児や高齢者、免疫が低下している人などでは重症化しやすくなります。
ベロ毒素は、まず大腸の粘膜にダメージを与えます。そして下痢、血便、腹痛などが生じるのです。さらにこの毒素は腎臓や脳に影響を与える危険性もあります。腎臓の場合には腎障害を起こして溶血性尿毒素症候群(HUS)と呼ばれる状況になると、尿もでなくなってしまい全身の状態が悪化します。また、脳に影響をあたえると脳症をひきおこしてしまいます。
腸管出血性大腸菌は、さらに詳しく検査することで、多くの「血清型」というものに分類することができます。これらの血清型は、アルファベットの「O(オー)」の後ろに番号をつけて区別することになっています。例えば、食中毒で最も多くみられる血清型は、これまでにも何度も新聞やテレビで取り上げられたことがある有名な「O-157」です。そして、それ以外に多いものとして「O-26」、そして今回問題となっている『O-111』などがあるのです。
【ウシと大腸菌】
これらの大腸菌は、ヒトに対しては強い症状をもたらしますが、ウシには基本的に無害です。そして、ウシの腸内にはある程度の割合で、これらの大腸菌がいるということがわかっています。したがって、ウシを食肉として加工していく過程では、どうしても腸内の大腸菌によって肉が汚染されてしまう危険性があります。食肉業者は、加工していく段階で十分な注意をしているはずですが、それでも消費者はこれらの病原性のある大腸菌を100%防ぐことは不可能だと考えておく必要があります。
【肉と大腸菌】
ここで大切なのは、大腸菌は基本的に肉の表面についているということです。
このため、たとえ中がレアであっても、表面がしっかりと焼けたステーキであれば、菌をやっつけている可能性が高くなります(焼き残しの部分があればダメです)。一方、挽肉など、焼く前に細かくして混ぜられてしまっている肉については注意が必要です。これらの肉では、汚染された大腸菌が、調理前に肉の中に入り込んでしまっている可能性があります。したがって、このような肉で作られたハンバーグやサイコロステーキなどは、表面だけではなく中心部まで十分に火をとおさないと危険であるということを知っておきましょう(ステーキと違い、お店でハンバーグを食べる際にレアーにするかミディアムにするかを選ぶことはできないですよね)。
【生食用?加工用?】
生食用か加工用かという議論はありますが、実際には食肉製造の時点で完全に無菌の状態にするのはかなり難しいと思ったほうがいいと思います。つまり、100%ではないにせよ、少しでも汚染されないように努力した肉が「生食用」と思っていた方がよいでしょう。
【作る時点での問題】
作る側にしても、少しでも菌が入るのを防ぐ努力が必要です。家庭での食事も含めて、食材は常に菌に汚染される可能性があるのを前提にして、食材保管や調理にも十分な注意をしていくことが大切です。自然の食品を食べ続ける限り「100%」の安全はありません。しかし、手洗い、調理器具の消毒、そして加熱などの調理法など、日頃から注意をすることによって食中毒が起こる可能性を下げていくことはできるのです。
【トリミングにも注意が必要】
生食で肉を提供する前に、肉のまわりを薄くそぎ落とす「トリミング」も、このような感染率を下げる工夫のひとつです。(写真などの余分な部分を削除して加工する作業も「トリミング」といいます)これも、さきほどお話しした「菌は肉の表面についている」ということを知っていれば、その効果もわかると思います。
しかし、このトリミングにも落とし穴があります。まな板の同じ部分をつかって、その肉をひっくり返しながらトリミングしてしてはいけません。トリミングする前についていた菌がまな板を汚染してしまい、ひっくりかえした時にトリミングした面にまたついてしまうからです。ひっくり返す際には、まな板の清潔な部分を使わなければいけません。また、アルコールを軽く噴霧しても、肉がベットリとついた状況では、しっかりと消毒することはできません。使った包丁や、まな板は、そのたびにしっかりと洗う必要があるのです。
【食中毒に気をつけましょう】
そろそろ梅雨が近づいてきました。梅雨から夏にかけては食中毒が発生しやすい季節となります。鳥肉のカンピロバクター、魚介類のビブリオ菌など、食中毒の原因は牛肉だけではありません。
冷蔵庫では多くの食中毒は防げません。菌は死ぬわけではなく成長が少し遅くなるだけです。できる限り火をとおすということが基本ですが、作っている人の手が汚染されていたら、火を通した後に素手で触れることで菌が付着することもあります。
食中毒対策に「100%」はありません。安心して食を楽しむためにも、少しでも危険性を下げる努力をしましょう。作る側も、食べる側も、気をつけることが大切なのです。
日常で出会う感染症、医療現場で出会う感染症、感染対策を読みやすい語り口でまとめた一冊。
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