第2回 自分の好き嫌いで決めていいし、自分の気持ちをいちばん大事にしていい。

第2回 自分の好き嫌いで決めていいし、自分の気持ちをいちばん大事にしていい。

2024.12.06 update.

対談者プロフィール

幸崎若菜(こうさき わかな)
助産師,日本版性暴力対応看護師(SANE-J),思春期保健相談士。
助産師として,2004年より国立成育医療研究センター勤務。2005年8月より現職の医療法人社団向日葵会まつしま病院に勤務する。病院勤務と並行して,2011年より日本家族計画協会にて思春期相談やOC/EC(経口避妊薬/緊急避妊薬)の相談に従事。2019年4月〜2020年3月高知県立大学看護学部で助教として勤務後,同年4月にまつしま病院に復帰し,現在に至る。


清水幹子(しみず みきこ)
助産師,日本版性暴力対応看護師(SANE-J)。東京都助産師会理事,生と性を語るエドゥケーター(東京都助産師会認定)。筑波大学大学院 博士後期課程所属。
大学病院の救急救命センターの看護師を経て,助産師となる。2023年まで東京都国分寺市の矢島助産院に勤務する傍ら,筑波大学大学院にてセクシュアリティや性教育について研究する。

性の悩み,困りごと,つらさ。それは,人間が成長する上で,多かれ少なかれ誰しもが持つ普遍的な問題となると言っていい。

いま社会問題化している性の問題について,戦い続ける,熱き助産師たちがいる。日本が真のSRHRを実現する日まで,そんな助産師にコミットし,次世代に性の課題を持ち越さない,そんなミッションを実現していきたい!! これはそんな連載である。(助産師ミッキーこと,清水幹子)


KuKuNaの看板の前に立つ幸崎若菜さん

子どもや若者が気軽に来て,自分のセクシュアリティやパートナーシップ,セックスや避妊,感染症などについて無料で相談できる場所として,北欧などにある「ユースクリニック」が知られています。日本でも産婦人科診療所などで少しずつ取り組みが始まっています。そのうちのひとつ,「ユースウエルネスKuKuNa」は,東京都江戸川区にある「医療法人社団向日葵会 まつしま病院」の別館にあります。立ち上げから関わり室長を務める幸崎若菜さんに,助産師ミッキーがお話を伺ってきました(この記事は全2回中の2回目。1回目はこちら)。




幸崎さんの話に耳を傾ける助産師ミッキー


 

自分で選ぶことが力になる

 

幸崎 結局,家庭や学校の中に,子どもが自分を大切にできないベースがあるんです。大人が全て段取りを組んでしまって,子どもはスケジュールも生活も全て管理されてがんじがらめになっていることもあります。親は子どもの将来を案じたり,子どもの可能性を伸ばしてあげたいと思って,塾や習い事のスケジュールを詰めているのでしょうが,やりすぎると子どもが子どもらしくいられる時間がなくなっていくんです。そうすると,子どもは自分がやりたいことなのか,親にやらされていることのなのか,分からなくなってきます。自分の中に「○○したい」という気持ちが湧いてくるような余裕すらなくなります。

受験でも,子どもの希望よりも親の思惑が強く出る場合もあります。志望校すら親の顔色を見て決めていて,選択肢があるようでない。幼い頃から周りの大人の顔色をうかがうことが当たり前になり,自分の気持ちを優先していいと思えず,自分の希望よりも周りの希望を大事にしてしまう。親や周囲の大人の考えと自分の考えが違う場合,周りに自分の気持ちや考えを説明して,納得してもらう必要があると思いますが,過去に親や大人に納得してもらうことがとても大変だったという経験をしている子どもは,「親の言う通りにした方が面倒なことにならない」ということを学習してしまっていることもあるのです。

 だからKuKuNaでは,ちょっとしたことでも選択肢を与えることを大切にしています。例えば相談室は2つあって,壁紙の色やインテリアの雰囲気を変えているんです。それで,「どっちがいい?」って子どもに決めてもらうんです。おみやげのタオルも,置いてある本も,「自分が好きとか嫌いとか,そういうことで決めていいんだよ」と事あるごとに言います。自分で決める権利があるということを伝えるんです。

 月経カップなどいろいろな衛生用品や避妊具も展示してありますが,それだって興味があれば見てもいいし触ってもいいし,嫌だったら見なくても触らなくてもいい。私たちは同じ女性として,自分も使ってみたからこそできるアドバイスや提案をして,選択肢を示して選んでもらう。そういう経験を少しずつ重ねていって,自分で選ぶことができるようになったら「できるね。すごいね」って伝えていく。子どもがどうしたいかをまず聞く,それを徹底しています。

KuKuNaには,学校に行きづらさを感じている子どもや居場所を探している子どもが本院の小児科から紹介されて来ることもありますが,小児科医はここで過ごす子どもたちの様子を見るとびっくりしますよ。表情が違うし,今まで聞いたことがないようなことをしゃべっているそうです。大人に話すのと,子ども同士で話すのは違うんですね。子どもたちのキラキラした顔を見ると,すごくやりがいを感じます。

清水 KuKuNaが目指す「ユースフレンドリー」ってそういうことなんでしょうか。

幸崎 それは,若い人たちが,「強要されない。自由でいいんだ。自分で選択していいんだ」って思えることじゃないでしょうか。「楽しいことをしてもいいよ」って選択肢を与えられる場所でいたいし,そういう社会にしていきたいと思っています。


熱く語る幸崎さん。事前取材を含めて何時間も語ってくれた


 

10代の妊娠を「失敗」にしない世の中に

 

幸崎 特に貧困や虐待の中にある子どもたちは,選択肢がほとんどありません。そういう子どもたちをちゃんと社会の責任として拾い上げて,なるべく早い段階で支援につなげ,「それはあなたのせいじゃない」って言ってあげられる社会にしたいと考えています。

 彼女たちは,性的にリスクの高い行動に走る予備軍でもあるんです。家庭の中で存在を否定されたり,自分の気持ちを後回しにして家族のために尽くしていたりする子どもたちは,そんな自分の状況を認めてもらったり,共感してもらったりした経験が少ないことがあります。だから,他者から求められて,「初めて自分を必要としてくれた」というような感覚を持って,承認欲求が満たされる。信頼できるパートナーに出会い,親密な関係になっていき,承認欲求が満たされるのであれば,いいのですが,対等な関係ではなく,性暴力に常にさらされるような関係だと感じる相手と共に過ごすことを選ぶ状況もあり,彼女たちの選択に危険が伴うと感じることもあります。

 日本の社会が,16歳を性交同意年齢と定めたのなら,それに応じた社会をつくっていくべきです。私は,10代の妊娠を「失敗」にしない世の中にしたいんです。そんなことができるのかって思いますよね。子どもの権利を尊重し,包括的性教育を充実させること,加えて,何からのトラブルを抱えている子どもには伴走支援を行うことで,実現できると考えています。ちゃんと伴走すれば,できるんですよ。

KuKuNaを作る前,まつしま病院の支援外来を立ち上げるきっかけになった子は,中学生で妊娠し,出産を希望していました。当時のパートナーと結婚して,子どもたちに囲まれて幸せに暮らしています。

彼女とは妊婦健診のたびに面接し,生活状況を聴く中で,安全を守るために一時保護所に入所させた方がいいと思う状況がありました。児童相談所に掛け合ったのですが,「妊婦だから入所できない」と言われ,どうやって彼女の安全を確保するのか悩みました。家庭の抱える社会的課題も多く,行政のルールや法律の想定にない状況が重なるとマイノリティとされる人々の権利は保障されないのだと強く感じたケースでした。

清水 難しいケースですね。幸崎さんはどうやって関わったんですか?

幸崎 彼女は純粋な子で,たくさん話をしてくれたんです。パートナーも受診に同伴し,私も面接を何度もしました。年齢差のあるカップルだったので,対等性が担保されていないと感じ,「そういう関係では困る。あなたのその言い方は彼女にとってきついからダメだよ。怖くて何も言えなくなっちゃうよ」と話して,彼女が自分の意見を言えるようになるためにはどうすればいいかと一緒に考えました。彼女が自分の意思を伝えられるように,「意思を伝えるカード」と作って使おうということになりました。まずは,「ちょっと待って」と言うことから始めようということにまとまりましたが,出産して彼女の力が強くなり,自分の意見を言えるようになり,結局カードは使わずに済みました。

 また,課題を抱えたご家庭でしたが,娘の出産・育児を経て,祖母という役割を得た彼女の母も大きく状況が好転したということで,私もかなり驚きました。

 このケースは,私の中でも試行錯誤しながら,相当時間を注いだから対応できたと思っています。妊娠は伴走できる大事な機会です。それを逃さずに,手を抜かずにやってきたという思いがあります。「こういうことが続いたらダメだな,彼女たちの権利を守る人がいて,ちゃんと支援を受けられるようにしなければいけない」と考えたんです。虐げられている人の声をちゃんと拾って,次世代に持ち越さないということが大事だと。


KuKuNaの奥にあるフリースペースにて。向かって右が助産師ミッキー、左が幸崎若菜さん


 

少子社会の助産師の専門性とは

 

幸崎 社会的な課題を抱える妊婦に対応する支援外来を通して思うのは,大人のレベルを上げないと,子どもたちは生きづらくなるということです。日本では性教育が今でもまったく足りていませんが,今の子どもたちよりもっと親世代が学んでいないんですね。だから家庭の中で,夫婦が性に満足していなかったり,性的同意がなかったりする状態なんです。両親の間に,対等な関係性がない。

清水 親世代の大人たちも,もしかしたら人間関係から子育て,子どもとのコミュニケーションなどざまざまなことで,壁にぶつかってるかもしれませんね。

幸崎 自分たち夫婦がどんなふうに子育てしていきたいか,どんなふうにパートナーシップを築いていくかっていうことが,全部子どもの人生に直結するんです。でも親世代が学校でそんなことを教えられてきていないし,ロールモデルもないままに親になっている。親が親になれるような社会をつくっていかなければいけないし,私たち助産師が,夫婦間で「親像」「家庭像」のすり合わせを行えるような働きかけをすることが必要です。

清水 子育ての仕方などを教わることもないですし,今の親世代はすでに子どものころ,核家族化となっていて,自分の親以外の子育てを知らないことが多いので,親と子どもの関係性がご自身の生育歴がもろに影響してきますよね。

なので,関係性についての課題はお子さんだけでなく,親世代も持っていると思ってます。包括性教育も,関係性から始まっていきますもんね。

幸崎 包括的性教育には暴力の話もあるし,どんなふうに自分の気持ちを表現すればいいか,対等であるということはどういうことか,そんなことが入っている。

清水 性って,生きるっていうことと切り離せない問題ですよね。

幸崎 子どもたちと関わっていると,性について教えない社会のあり方が,生きづらさの根幹にあるように感じることがあります。だからKuKuNaのような施設が必要なんです。性のことをしっかり伝えたり,しんどいと思ったことを「しんどい」と言える,学校以外の相談できる場所が,地域にある。それが子どもを大切に育てる社会なんだと思います。

清水 KuKuNaのようなことに取り組む助産師がもっと増えたらいいと思いますか?

幸崎 私たちは,これだけ少子化が進んできた社会で,助産師としての専門性をどう活かしていくのか,考えなくてはいけません。こういった取り組みには思春期保健や性暴力被害者支援,児童精神などさまざまな勉強が欠かせませんが,そのためのリスキリングというか,スキルアップが求められているんじゃないでしょうか。

助産師としてキャリアを積み上げていく中で,最終的にどんな自己実現をしたいのか。そんなことを考えなくても仕事ができる仕組みが今の社会にはありますが,それで本当にいいのでしょうか。「あのお母さんなんだか気になる」で終わらせないで,この人がなぜ気になるんだろう,そのような特性がある中でどうやって子育てしていくんだろう,そういうことを考えていく。考えれば,助産師が支援する方法はいくらでもあるはずです。

清水 私も考えていきたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

202486日収録)


『助産雑誌』78巻6号 イメージ

『助産雑誌』78巻6号

「特別記事」として本連載の一部を掲載しています。
特集は「『私のからだは私のもの』から始める 初期中絶のケア」。

詳細はこちら

このページのトップへ