科学番組のCGを作りあげる

科学番組のCGを作りあげる

2020.11.16 update.

書籍執筆/番組リサーチャー: 坂元志歩(さかもと しほ)

サイエンスライター・サイエンスコミュニケーター・編集者。長野県飯田市に生まれ、東京で育つ。都立新宿高校、日本女子大学卒業。国立予防衛生研究所(現・国立感染症研究所)研究員、東京大学先端科学研究所助手などを経て、研究を伝えるコミュニケーターとして活躍。1997 年より科学雑誌『Newton』で、ライター・編集者として多数の記事を制作し、シニアエディターを経て2003 年に独立。ライター業と並行して、NHKの大型科学番組にリサーチャーや番組書籍の執筆者として携わる。生命科学を専門とし、現在は生物学を通じた哲学にもテーマを広げて活動を行っている。
主な担当番組は、NHKスペシャル『シリーズ「人体」』『女と男-最新科学が読み解く性-』『ヒューマン なぜ人間になれたのか』『プラネットアース』など。著者に『ドキュメント 深海の超巨大イカを追え!』(光文社新書 2013)、『うんちの正体 菌は人類をすくう』(ポプラ社 2015)、『いのちのはじまり、いのちのおわり』(化学同人 2010)などがある。
note の「世界を歩く」( https://note.com/sekaiwoaruku)で、科学エッセイを執筆中。

『NHKスペシャル人体II 遺伝子』(2020年9月刊行)は、NHKスペシャル「人体」取材班の膨大な取材を経て作られた同名番組の書籍化企画です。

 書籍化にあたって番組で放送しきれなかった要素もたくさん盛り込みましたが、その中でさえも盛り込みきれなかったお話がまだまだたくさんあります。
 そこで、本書のメイン執筆かつ番組のリサーチャーを担当された坂元志歩さんに、本書をさらに楽しむための舞台裏エピソードを全2回に分けて紹介していただきます。
 

■番組リサーチャーという仕事

 NHKスペシャルで放送されている、タモリ×山中伸弥の「人体」シリーズの番組をご覧になったことはありますか? 私は2017年に始まったこのシリーズの「番組リサーチ」という仕事をしています。リサーチャーと名乗るので、研究者と勘違いいただくこともあるのですが、番組の調べ物をする役割のことを指します。あまり馴染みがありませんよね。番組をつくるために必要な情報を、研究者の方に取材したり、論文や本を読んだりして収集します。

 NHKの科学番組リサーチをするようになって、かれこれ20年近く経っていますが、さまざまなシリーズを通して担当している重要な仕事に、CGをつくるための情報集めがあります。もともと科学雑誌『Newton』でシニアエディターとして編集・記者をしていた後に独立したため、科学を画像化するための情報を集める仕事はその延長上にありました。しかし、そうは言ってもテレビは動画。動きと三次元的な情報が必要になります。桁違いに多くの情報が必要となり、初期の頃はかなり狼狽する日々でした。準備万端で臨んでも、CGクリエイターやデザイナーの方々から驚くような質問の数々が飛んでくるのです。

 

■想像さえしない質問にたじろぐ

 たとえば、ある番組のために「エンドサイトーシス」のようすをCGにしようとしたときのことです。

 ヒトの細胞膜は脂質二重膜でできています(イラスト)。細胞が外部の物質を取り込むとき、この膜表面が袋状に凹み、ちょうど焼けて膨らんだお餅を逆にしたようなイメージになって、最後は細胞表面の脂質二重膜で袋状の小胞をつくって、中に含まれた物質を細胞内へ取り込みます。これをエンドサイトーシスといいます。

 多くの生物学の教科書では、脂質二重膜を形づくるリン脂質は、簡略化されて球に2本の脚を指したような形状のものが無数に集まった形で示されます。球の部分は水と相性の良い親水基の部分で、細胞外から細胞表面を見ると、無数の球がズラッとシート状に並んで表現されます。

「球がシートのように並んだ表面が凹んだときに、一体この球はどこから来るのか?」とデザイナーの方から質問を頂きました。最初、何を聞かれているのか、さっぱり理解できませんでした。よくよく尋ねてみると、表面が凹み、その後小胞を作るためには、細胞全体のサイズが変わるか、細胞表面の球体の密度が変わるか、あるいは凹んだ部分に球体がやってこないと、細胞膜表面の分子の数が変わってしまいます。凹むことを、あまりにも当たり前に考えていて、足りないリン脂質の球がどこからくるかなどということは真剣に考えたこともありませんでした。

 

エンドサイトーシスとエキソサイトーシス.png

■構造が示す機能の美しさ

そのときは、画面から見切れたところから流れ込んでくると答えましたが、デザイナーの方はあまり納得していない様子でした。衝撃を受けたので、この事件は「増える脂質二重膜の謎事件」として強烈に心に刻まれました。後にある研究者の方に伺ったところによると、エンドサイトーシスとは逆方向の、袋状の小胞が細胞内から上がってきて、細胞表面と融合する「エキソサイトーシス」も細胞のそこかしこで起きていたりするので、辻褄が合うのだろうとのことでした。

 このように、考えたこともないような問いが毎回CG制作において発生します。そのたびに、研究者の方に狼狽して取材します。ときには嫌がられながらも、最先端の科学情報とCGの描き方の兼ね合いを考えていくのが、私の重要な仕事です。時にはNHKでつくったCGが研究のヒントになることもあると聞くと、時間を割いてご協力いただいた研究者の方々に少しは恩返しできたのだろうかと嬉しくなります。細胞の機能を考えるうえで構造の情報はとっても大切ですから、個人的にもCG化はとてもわくわくする仕事でもあります。

 

■構造データからCG化を目指す

 細胞膜関連で話を続けますと、NHKスペシャルの「人体」シリーズでは、通常、球で省略して描くリン脂質の親水基の部分を省略することなく、データから再現しました。大阪大学蛋白質研究所の栗栖源嗣先生にご相談し、構造のデータを使いました。さらに臓器や細胞の種類によって、リン脂質の種類と配分が変わるので、この配分についても栗栖先生に調べていただきました。ちなみにレプチン受容体の構造データは、放送当時は発表されていませんでした。これも栗栖先生にご協力をお願いし、すでに存在する部分的なデータを組み合わせて、特別に作っていただいたものです。

 揃えたデータから見事に細胞膜を再現したのが、NHKのCGルームにいた高畠和哉さんです。当時はNHKの職員だったことと、私にとってはあまりに身近すぎて執筆した本の中で紹介することに躊躇しました。彼がNHKで初めてCG制作の部署に配属されて以来、15年近く一緒に仕事をしてきたのです。どうでも良いことですが、私にとっては、よくできる小憎たらしい弟のような存在です。

 

※参考:『人体精密図鑑』脂肪細胞が出したレプチンを受け取る脳の神経細胞の受容体(CG)

https://www.nhk.or.jp/special/jintai/zukan/parts/brain/4/

 

■震えるタンパク質のひみつ

 彼の優秀さを示すのに、こんなエピソードがあります。「人体」シリーズでプルプルと動いているタンパク質の姿は、ご記憶にありますでしょうか?(上記の参考動画でも、レプチンをよく見ていただくと細かく揺れているのがわかると思います。) このプルプル、適当に揺らしているわけではありません。原子には固有のゆらぎがあります。そして、いつも使用している日本蛋白質構造データバンク(PDB)のデータには、原子のゆらぎの一つの指標が含まれています。ただし、構造によって基準が変わるために、値をそのまま使用することはできないということでした。当時ご相談していた研究者の方より、数学的な手法を使って計算し直せばいいかもしれないというご提案と、大学院生が計算した計算例をいただきました。

 しかし、恥ずかしながら、私にはどのように処理したら、正解に近づけるかさっぱり見当がつきませんでした。そこで、とりあえず先の高畠さんにメール転送したのです。すると、1日も経たないうちに計算して映像化したものを完成させてきたのです。あまりの速さに半信半疑で恐る恐る研究者の方にお送りすると、「素晴らしいですね」というお返事でした。正直、驚愕しました。高畠さんのおかげで、PDBのデータを使って、一つひとつの原子のレベルでプルプルと動くタンパク質の映像をつくれるようになりました。もともと優秀な方だとは思っていましたが、分子構造を扱っている大学院生が計算するようなレベルの話を、たいした説明もないのにあっという間に映像化してきたことには、舌を巻きました。科学的な根拠を基に、映像的な見やすさとのバランスをとって、研究者の方々にも納得いただける映像を作ってくれたのです。

『シリーズ「人体Ⅱ」 遺伝子』の放送を終えたところで、高畠和哉さんはフリーランスになりました。2017年の「人体」シリーズのCG制作を背負って立ち、夜中に人知れず苦しんでいたのを、今は懐かしく想い出します。当時は倒れるのではないかと気が気ではありませんでした。フリーランスになった今でも、ときどきNHKの仕事でご一緒します。口の悪さに忌々しいところも多々あるのですが、腕の良さと言っていることは正論なので、今でも緊張感をもちながら、楽しみに仕事できる大切な仲間です。

 最後に、正論で相手を責めることを「ロジカルハラスメント(ロジハラ)」と呼ぶそうです。おたがい、気をつけましょうね。ばたやん。

 

 

 

NHKスペシャル 人体II 遺伝子 イメージ

NHKスペシャル 人体II 遺伝子

生命の奥底で躍動する遺伝子の姿を、高精細CGで描く! NHK人気番組の完全書籍化
▼第1集 あなたの中の宝物“トレジャーDNA”
DNAには長らく役割が不明で“ジャンクDNA”とさえ言われた領域があった。しかし、最新科学がそこに光を当てた。ゴミの山と思われていた場所から、いま次々と「トレジャー」が発見されている。
▼第2集 “DNAスイッチ”が運命を変える
人は、生まれ(遺伝子)と育ち(環境)どちらが重要か? 答えの鍵は“DNAスイッチ”とも呼べるしくみ、「エピジェネティクス」にあった。

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