第3回 脱パターン化〜ケアもお洒落に

第3回 脱パターン化〜ケアもお洒落に

2019.9.06 update.

吉備悠理(きびゆうり) イメージ

吉備悠理(きびゆうり)

健康科学に興味を持ち2016年に東京大学医学部健康科学科に進学。看護学を専攻。服飾サークルに所属するなどファッションへの関心も高く、看護分野におけるファッションの意義を考え始め、医学看護学の枠にとらわれない形でファッション×看護に取り組むために、免許取得後、アパレルメーカーへ就職。

がん看護の授業で出会ったリンパ浮腫の写真に「むくんだらお洋服どうすれば良いの?」という素朴な疑問を抱き、リンパ浮腫患者のファッションの研究に着手。卒業研究では「リンパ浮腫とうまくつきあうスタイルブック」(http://www.adng.m.u-tokyo.ac.jp/s_201806.html)を開発した。

↓連絡先↓
yuuri.kibi.contact@gmail.com

 
 
前回はハンディキャップから意識をそらすお洒落を紹介しました。
第3回となる今回は、ケアそのものをお洒落に楽しむ例を紹介します。
 
 
患者さんのためのケアアイテムには、
ファッションに関わるものも多くあります。
いかにも「医療用」といった見た目のものは、
お洒落を楽しみたい患者さんにとっては
あまり嬉しくないアイテムかもしれません。
 
しかしながら、ケアのためだからといって、
必ず「医療用」を身につけなければいけないこともありません。
ケアであっても、患者さんのスタイルに合わせて自由に選んだり、
お洒落を楽しんだりできると思います。
 
 
いくつか例をご紹介します。
 

帽子は「ケア帽子」だけではない

 
例えば、帽子。
がん治療で脱毛が起こったとき、
脱毛の患者さん向けの帽子がありますが、
それ以外の帽子でもかまいません。
 
治療によって頭皮の状態も変化しているので、
かゆみや違和感への注意は必要ですが、基本的には自由です。
 
ベレー帽のようなコンパクトな帽子なら、
室内でもアクセサリー感覚でかぶっていいと、(個人的には)思っています。
帽子色々.png
ベレー帽.png
 
頭部を覆うなら、ヘッドスカーフもお洒落です。
スカーフの巻き方はいろいろ。
ヘッドスカーフ.png
 
簡単な巻き方の例をひとつ紹介します。
ヘッドスカーフ巻き方.png
 
(参考: https://allabout.co.jp/gm/gc/380747/)
 
巻き方の画像が見つかります。
 
このなかには、脱毛症の患者さんが紹介している例もあり、
実用的なアイデアに出会えます。
 

弾性着衣もお洒落のツール

 
次に、弾性着衣についても、お洒落のアイデアを紹介します。
私が看護学生時代から研究テーマとして取り組んでいるのが
リンパ浮腫患者さんのお洒落なので、ここでも少し取り上げてみます。
 
圧迫療法のための弾性スリーブや弾性ストッキングは、
ベージュの商品が多いですが、黒やネイビー等、別色の商品もあります。
 
高価なので何本も買うことはできなくても、
2本目はベージュ以外の色を選ばれるという方もいらっしゃいます。
 
調べてみると、ワンポイント付きの商品もあります。
 
弾性着衣ワンポイント.png
ケアアイテムである弾性ストッキングも、
あえてちらりと見せるお洒落アイテムにしてしまうのもいいかもしれません。
 
また、個人的に気になっているのが、Lymphedivas の弾性スリーブ。
 
柄はお洒落なのですが、派手なものが多く、
使うには抵抗があるという患者さんが多いです。
 
ところが先日、リンパ浮腫関連のイベントで、
Lymphedivasを着用なさっている患者さんに出会うことができました。(念願叶いました)
 
 
190815_lymphediva実物.png
ベージュ地にブラウン系の柄が入ったスリーブを、
シンプルなコーディネートのアクセントになさっていて、
スリーブが良い意味で目を惹きました。
 
セルフケアのためのスリーブではありますが、
「毎朝つけるのが楽しみ。テンションが上がりますよね。」
という前向きなお言葉も聞けました。
 
確かに、ベージュ単色のスリーブよりは派手で
コーディネートは難しいかもしれませんが、
このように色の地味なものなら合わせやすそうですし、
医療用という印象を受けません。
なにより患者さんのコーディネートが素敵だったので、
勉強させていただいた気分でした。
 
弾性着衣ブルーフラワー.png
 
ケアが目的のアイテムをお洒落の目的でも使えたら
一石二鳥ですし、第2回の記事で紹介した「かわいい」という
ポジティブな反応を周囲から引きだすことにもつながりそうです。
 
「つけるのが楽しみ」というお言葉から、
セルフケアを続けやすくなるというメリットもあると感じました。
 
毎日つけるのは大変という声が多い弾性着衣も、
つけるのが楽しみと思えるデザインなら、負担感も軽減されそうです。
 
また、同じくイベントでお会いした患者さんの
弾性着衣で印象的だったのが、手描きのイラスト付き弾性グローブ。
猫グローブ.png
 
知人の方が描いてくださったそうで、
グローブに丁寧に描かれたネコのイラストが映えていて、
オリジナリティあふれるお洒落グローブに仕上がっていました。
ご自身のFacebookページでもご紹介なさっています。
※ご本人の許可を得てリンクしています。
 
ケアアイテムも自分らしくアレンジして
楽しもうとなさっている姿勢から、ケアを楽しむコツを学びました。
 
また別の患者さんと、
「弾性着衣にアクセサリー風のペイントをしたらかわいいよね」
というお話をしたこともあります。
190815_弾性着衣アクセペイント.png
弾性着衣ストラップペイント.png
 
 
 
布に使える絵の具で、皮膚に直接触れるような場所でなければ、
弾性着衣に絵を描くことはできます。
こうして見ると、弾性着衣は自分らしいスタイルを
表現するアイテムとしても使えるのだと気づかされます。
 
弾性着衣の話ばかりですが、また別の方向性で、もう1つだけ。
 
男性の下肢リンパ浮腫の患者さんで、
ストッキングを見た目が恥ずかしくて履きたくないとおっしゃった方の話。
 
対応した看護師さんは解決策としてスポーツ用のレギンスをお薦めしたそうです。
医療用よりは圧が小さいため治療効果は小さいかもしれませんが、つけないよりはまし、というお考えだったとのこと。
 
医療用しか使ってはいけないということもありません。
患者さんの生活に合った最善の方法を探れるといいと思います。
 
メンズ弾性ストッキング.jpg

ネイルカラーも使ってOK

 
最後にもう1つ紹介したいお洒落のアイデアは、ネイルです。
 
治療中はネイルができないという気がしてしまいますが、
使うネイルカラーとタイミングを工夫すれば、問題なく楽しめます。
 
胡粉ネイルやビオウォーターネイルは主成分が水なので爪への刺激が少なく、
また、消毒用アルコール綿で落とすことができます。
 
診察で爪の状態を確認する場合には、
その前にネイルカラーを落としておけば大丈夫です。
例えばがんの化学療法で、爪が変色することがありますが、
ネイルカラーを上手に使えば変色を隠すことができます。
 
ネイルを楽しめるようになって「病気が治ったみたい」と感じた患者さんもいらっしゃるそうです。
 
ネイルカラーで爪を保護することもできます。
爪のケアや治療中のネイルについては、
書籍『女性のがんと外見ケア』(分田貴子著)にくわしく紹介されています。
がん治療中に限らず、参考になると思います。
 
ケアそのものも、工夫次第でお洒落の機会に変換できます。
お洒落ができれば、治療中も人に会いやすくなりますし、
継続的なケアにおける心理的負担も軽減されるかもしれません。
 
 

脱パターン化

 
「脱パターン化」というタイトルをつけたのには、訳があります。
 
かつて、とある看護師さんから、
病院にいると思考のパターンが固まってしまうのが悩みだ、
というご相談を受けました。
 
例えば、がん治療で脱毛が生じた患者さんに、
「売店でケア帽子を買ってくださいね」と話すこと。
 
よく考えると、売店で売られている帽子でなくてはならない理由はなかったそうです。
必ずしなくてはならない、あるいは、してはならないことではないのに、
なんとなく決まり文句のように患者さんに説明してしまう場合があるとのことでした。
 
浮腫のケアについても、
弾性着衣はベージュが普通、浮腫になったらストッキングは医療用のみ、
とつい思ってしまうことがありえますし、
ネイルについても、してはいけないものだと思いがちかもしれません。
 
専門知識をもってエビデンスに基づいた判断を下せる医療者だからこそ、
患者さんの生活スタイルの許容範囲を正しく見極めることができるのではないでしょうか。
 
実はもっと広く許容できるのでは?という思いで、
医療者の思考を脱パターン化し、
患者さんのお洒落の自由度を高められるといいと思います。
 
学生時代にリンパ浮腫の患者さん向けのスタイルブックを作っていたとき、
服装について「何がダメで何なら良いのでしょうか」
とセラピストの方に質問すると、
「特にダメなものはないですよ。着たいものを着てみてください。」
という答えが返ってきました。
 
「これはいいかな、よくないかな」
と疑問に思ったら、医療者に相談してみて、
ともおっしゃっていました。
 
これ、という決まり切ったパターンはなく、
患者さん一人一人の状態と生活スタイルに合わせて、
医療者と患者さんで相談できることが理想です。
 
患者さんは、
「これはやっちゃだめかな?」「これで症状が悪化したらどうしよう」など、
不安に感じていることもあります。
 
ファッションに限らず、そんな生活のちょっとした疑問や悩みに耳を傾け、
少しでも、その人らしい生活スタイルを叶えられるといいと思います。
 
 
 
参考資料
分田貴子:女性のがんと外見ケア、法研、2018.
 

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