“人に会える”を越えて“人に会いたくなる”ところまで
はじめまして、吉備悠理と申します。
大学の看護学コースを卒業し、看護師資格取得後、アパレルメーカーで働いています。
異色と思われがちなこの進路を歩んでいる理由は2つ。
1つめは、看護においてファッションが大切だと気づき、もっと学びを深めたいと思ったから。
2つめは、そのためには医療業界の外に出てより視野を広げるべきだと思ったから。
「看護におけるファッションの大切さって?」と疑問に思われるかもしれません。これからお話ししていきます。
以前、病院の患者サロンで開催された、がんやリンパ浮腫の治療中の方向けのファッションセミナーに参加し、
後日何気なく知人に「患者さん向けのファッションセミナーに行ったんです。」と言うと「パジャマ?」という言葉が返ってきました。
普段のお洒落の話だと説明したものの、ピンとこない様子でした。
リンパ浮腫を知らない方も多いので、すぐに理解いただけるとは思いませんでしたが、
“患者さんのファッション=パジャマ”という認識の強さに少し寂しくなりました。
学生時代も教員や看護師に「患者さんのファッションの研究がしたい」というと「病衣?」というお言葉が返ってくることが殆ど。
看護学生という立場なので、そう受けとめられても仕方ないかもしれません。
ただ、このような話になるたびに私は「パジャマで人に会いたくはなかろう」と心の中でツッコんでいました(たまに口にも出していました)。
患者さんの社会生活の質を向上させる看護を実現するために、もっと人に会いたくなる服装のことを考えたいと思っています。
“人に会える”を越えて“人に会いたくなる”ところまで、ファッションで気持ちを高めていけることが理想です。
衣服の社会的役割“人に会える”
そもそも、衣服には保健衛生的機能と社会的機能があると言われます。1)
保健衛生機能
体温調節の補助(暑さ、寒さを防ぐ服装)
身体の保護(清潔な服装、紫外線や虫から守る服装)
生活活動への適応(運動用の服装、休養用の服装など)
社会的機能
職業や所属集団の表示(制服など)
社会慣習への順応(セレモニー用の服装など)
自己の表現(好み、個性に合った服装)
保健衛生的機能は、暑さや寒さ、感染などから身体を守る機能です。
衣服が生活に欠かせないのはこの機能のためでしょう。
ただし、社会で生活していくには、
仕事や遊びなどTPO(Time, Place, Occasion)に合った服装が重要ですし、
自己表現としてお洒落を楽しむ人も多くいます。
これが社会的機能です。
衣服をどのように使うか、すなわちどのようなファッションをするかは生活の様々な場面に関わってきます。
看護の教科書にも、衣生活の看護についての記載はあります。
ただ、それは主に清潔への配慮から、着衣の選び方や寝衣の交換方法など、
衣服の保健衛生的機能を活用した看護について書かれていることがほとんどです。
看護が人の生活を支える以上、社会的機能も無視できないはずですが、
看護学の中ではなかなか取り上げられにくいと感じています。
身体的健康に直結しないことに加え、個別性が高いためかもしれません。
この連載では、特に衣服の社会的機能に着目したいと思います。
人は、仕事、セレモニー、遊びなど、状況に応じて衣服を使い分けます
。取引先の人に会うのに相応しい服装、人前に出るのに相応しい服装、友人に褒めて貰えそうな服装—。どれも、「人」が関わってきます。
お洒落をすると人に会いたくなることがあります。逆に、服装が上手く決まらないと人に会いたくなくなることもあります。
この “人に会える”ということが、衣服の社会的役割のキーワードだと私は考えています。
病気や障がいと付き合いながら、いかに“人に会える”ファッションをできるようにするかが、
社会的視点で考える衣生活の看護ではないでしょうか。
ファッションに関連した悩みを抱える患者さんのお話をしばしば耳にします。
車椅子との兼ね合いでセレモニー服が着られず娘さんの入学式に行けなかった患者さんのお話や、
「(入院中は)人に会える格好じゃないし」という、面会に否定的な患者さんのお声など。
ファッションの課題が、社会生活の支障になりうることが分かります。
ただ衣服で身体を覆うだけではなく、
病気や障がいと付き合いながら、いかに“人に会える”ファッションをできるようにするかが、
社会的視点で考える衣生活の看護ではないでしょうか。
患者さんのエピソードを通して、少し具体的に考えてみます。
患者さんのお洒落
一方でファッションに前向きな患者さんの例も二つご紹介します。
お一人目は、神経内科に入院なさっていた女性。リハビリの時だけ、病衣からスポーツウェアに着替える方でした。
鮮やかなオレンジのウェアで、着姿がシャキッとして見え、リハビリの先生からも好評でした。
病院内でもTPOに合わせて服装を切り替えることで、生活にもメリハリができていたように思います。
お二人目は、入院中、病衣の上から華やかな羽織をお召しになっていた女性。
整形外科病棟に入院しリハビリ中の方で、さっと羽織って院内を移動なさる姿が印象的でした。
「お洒落ですね」と声を掛けられたときの堂々とした笑顔に、元気を貰ったことが思い出深いです。
当時看護学生だった私や他の患者さんに明るく話しかけてくださる、社交的な方でした。
お二人のエピソードから感じることは、病院の中も患者さんにとっての社会であり、
他者と交流する場だということです。「一人の時間」と「人に会う時間」のスイッチングにファッションは活きてきます。
地域に暮らす患者さんにとっては、なおのこと社会生活の質は重要です。
地域での生活は、ただ病院の外にいるということではなく、
買い物、仕事や趣味の活動など、周囲の人との関わりがあってこそ成り立ちます。
自ら進んで人に関わっていく場面も多くなります。生活の中で服装に気を遣う機会もその分多くなるのではないでしょうか。
地域で暮らす患者さんのファッションについて考えることにも、大きな意義があると思います。
本連載は患者さんのファッションお助けツール
もちろん、医療の現場では、医療者の専門性でもって患者さんの安心と安全を保証することが大切です。
ただ、患者さんの中には、服装に関するお悩みを抱えていても、
医療者に服装のことを相談するのは申し訳ないと遠慮している方もいらっしゃいます。
服装についても話せる環境が医療現場にできれば、少しでも患者さんの支えになるかもしれません。お話だけでも聞いてほしいです。
患者さんのファッションのお手伝いをするためのツールとして、この記事を読んでいただけたら、と願っています。
次回からは、より具体的なお話を紹介していきます。
私は現在医療現場に身を置く者ではなく、看護を分かったような口は聞けません。
今までに出会った患者さんのエピソードや学んだアイデアを共有しつつ、
読んでくださった皆様から様々にご意見を伺っていけますと幸いです。
参考
1)NHK高校講座家庭総「服は何のために着る?〜被服の役割〜」https://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/katei/archive/resume030.html