超高齢社会を担う介護・福祉の現場を変えるのは「デザイン」!?
現職の介護・福祉の「中の人」と、クリエイターやエンジニア含む「外の人」とが協同して、介護・福祉現場にある資源や課題を発見し、共有し、広く発信していこうという「これからの介護・福祉の仕事を考えるデザインスクール」に、月刊誌『訪問看護と介護』の編集者が参加してみました。
「デザインする」って、何するの?
介護・福祉という言葉と、デザインという言葉。この2つがつながるとしたら、「施設の建築デザインを有名建築家に頼みました」というような話が思い浮かびます。そしてつい、「それじゃない感」を覚えてしまうのは、私だけでしょうか。かっこいい建築、新しい建物は確かに気分がいいけど、そこだけ見せられても……と、ひねくれたことを考えてしまいます。
でも実際にそのような施設を訪ねてみると、こだわっているのは建築デザインだけではなく、そこに来てくれる人との接し方や、その場所での時間の過ごし方、スタッフの方々の働き方など、さまざまな点に「こだわり」が見えてくることがほとんどでした。そう、「デザインする」って、たいてい、「それだけ」じゃないんです。
今回、「これからの介護・福祉の仕事を考えるデザインスクール」に参加してみたのも、そんな「デザイン」に何となくおもしろそうなものを感じていたからでした。しかも、学ぶのではなく考えるスクールとは、どんなところなのでしょうか?
まずは行ってみることにしました。
私が申し込んだ関東ブロックの第1回は、2018年8月4日(日)の13時から。会場は東京都千代田区神保町にあるCreator’s District神保町です。開始15分ほど前に到着し、雑居ビルの前に出ていた看板を見て入口を探していると、ビルの中から若い男性が出てきました。スクールのロゴが入った紙を持っており、どうやら主催者であるstudio-Lの人。「入口はこちらですよ」とにこやかにご案内いただいて、4階にある会場へ向かうエレベーターに進みます。
会場に入ると、受付で名前を確認。本日の資料一式と、円形の青い厚紙をもらいます。裏に安全ピンがついていて、どうやら名札のようです。ほかには赤、黄、白の名札があり、人によっていろいろな色の名札を受け取っていました。この色分けには意味があるのですが、ここではまだ知らされません。
座席に座り、さっそくサインペンを使って所属と名前を書いてみました。
もらった資料一式の内容は、スクールのチラシが表紙になっている記入式のワークブックと、毎回配布される資料を入れていくための透明なドキュメントケース、それに、成果測定や調査研究に使うという冊子体のアンケート(結構ぶ厚い!)、今回のワークショップのアンケート、メディア発信に関する同意書、サインペンとクリップボードでした。資料とドキュメントケース、名札以外は第1回終了後に提出/返却します。
開始時間の13時になると、受付にいたstudio-Lの洪さんがマイクを持って登場。司会としての挨拶のあと、メディア取材など情報発信に関する同意書の説明がありました。
このデザインスクールは、「全6回の講座」とその成果を発表する「エキシビジョンイベント」で構成されますが、そのプロセス全体を通してSNSなどを通じて参加者が情報発信することも活動の一部となっています。つまり、この記事自体も、参加者としての活動のひとつです。
さらに、これからの20分間でぶ厚いアンケートに回答してほしいというアナウンスがありました。これはデザインスクールの成果を学術的に検証するためのもので、幸福学と介護の研究者が関わっています。
20分後、studio-L代表の山崎亮さんと、同コミュニティデザイナーの西上ありささんが登壇し、講座がスタートしました。
以下にその内容をざっくりとまとめていきます。
studio-Lの仕事「コミュニティデザイン」とは?
本スクールの主催者であるstudio-Lは、大阪府吹田市に本社がある、2005年にスタートした会社です。その専門は「コミュニティデザイン」。もともとランドスケープデザイナーだった山崎亮さんが、公共的な建築や公園の設計をその利用者と共に考えていくなかで、「これって建物とか公園とか“モノ”がなくてもいいんじゃないの?」と思ったことが始まりだとか。集まった人たちのあいだにつながりができ、自分たちで地域や暮らしをよりよくしたいという気持ちが生まれ、実際に地域で活動が始まっていくのを見て、「これだ!」とひらめいたそうです。その発想の根幹には、阪神淡路大震災で見た、倒壊した建物を背景につながりを深めていく人々の姿がありました。
そうして、かつて専門家だけのものだった「デザイン」のプロセスを、専門家だけが行なうものでなく、一般人だけが行なうわけでもなく、両者が含まれるコミュニティで行なうものとして「コミュニティデザイン」という手法を定義しました。その対象は、建築や商品、服飾品や書籍など「さわれるもの」から、人々の関係や物事の進め方、活動や未来の計画など「さわれないもの」まで、多岐にわたります。
介護・福祉をコミュニティで行なう時代
この「専門家と一般人が一緒になって、コミュニティで」という手法は、実は介護・福祉の分野と重なる部分があります。
かつて、介護や福祉はその必要性や内容、事業者を行政機関が判断し、行政行為として「措置」されるものでした。それが、高齢者介護は2000年の介護保険制度から、障害福祉は2003年の支援費制度から、利用者と事業者との「契約」に基づいて行なわれるようになりました。介護・福祉の世界にNPO法人や株式会社などが参入し、さまざまな事業者が、さまざまなサービスを提供するようになります。
その後、2008年に「地域包括ケアシステム」の概念が提唱されます。これは、年をとっても病気になっても、可能なかぎり住み慣れた地域でその人らしい暮らしを続けられるように、住まい・医療・介護・予防・生活支援を一体的に提供できる体制をつくる、という考え方です。さらにそこには、専門家中心ではなく本人中心で、かつ、病院や施設で専門家だけが介護・福祉を行なうのではなく、住み慣れた家や地域で、住民やさまざまな主体が関わる、ということも含まれていました。
この地域包括ケアシステムは、高齢者福祉を念頭に置いて発想されがちなため、近年では、その「包括的な支援」の対象として、社会的に排除されやすい人々――貧困のなかにある人、障害のある人や子ども、子育て世帯などを含めることを明確にした「地域共生社会」という言葉が多く使われるようになっています。
取り組む対象は「課題」ではなく「生き方」
さて、この地域包括ケアシステムで、「みんなで介護・福祉に関わろう!」と呼びかけて、うまくいったのでしょうか?
この記事を読んでいるみなさんは、仕事やご家族の介護以外で、そういう活動をされたことがありますか?
ほとんどの方が、「やったことない」と答えると思います。私もそうです。
実際、地域包括ケアシステムの中に入るはずの「住民やさまざまな主体」が活動している地域は、そう多くはないようです。その原因の1つは、介護・福祉に対するイメージにあるのではないかと山崎さんは言います。そのイメージとは、「介護・福祉の仕事はきついし待遇が悪い」「そもそも介護・福祉とか暗い感じがして、あまり関わりたくない」というものです。
でもそのイメージって、じつは、現実とは違うようなのです。
介護・福祉の仕事をしている人たちにアンケートをとったところ、「世間が介護の仕事の環境や中身をよくわかっていない」と答えた人が6割以上、また、介護・福祉の仕事を辞めた人たちに「また介護・福祉の仕事をやりたい?」と聞くと、5割以上の人が「やりたい」と答えるそうです。
では、そのような「外の人」と「中の人」のイメージギャップという「課題」に対して、コミュニティデザインはどのように取り組むのでしょうか?
通常は、「解決策を探す」となります。問題解決型思考です。しかし、そうやって解決策を探して解決しても、次々に課題が生まれてきてしまうのが現実。これではいたちごっこです。
そこでコミュニティデザインでは、「課題に取り組む」ということをやめます。課題ではなく、「生き方」に目を向けるのです。
課題を生き方のなかに取り込み、生き方そのものに変化を起こすことによって、課題が課題でなくなってしまう。それがコミュニティデザインの手法であり、このデザインスクールで学ぶのも、そのような「生き方への取り組み」になります。
デザインスクールで問われる「いくつかの問い」
あなたは何がしたいのか?
世の中に何を与えたいのか?
人々に何を経験してほしいのか?
自分自身の人生における使命は何か?
この問いへの答えを、わかりやすく、シンプルに、魅力的に、美しく表現すること。それが、デザインスクールで学ぶ内容になります。
つまり、このデザインスクールでは、介護・福祉の「見た目」のデザインだけを考えることはできません。「中身」についてデザインし、その結果として「見た目」も変わっていく。介護・福祉の仕事について、そのようなプロジェクトを参加者が自ら考えて、取り組むことが目的になります。
プロジェクトを前に進める「デザイン思考」
とはいえ、プロジェクトなんてやったことがない人が、私を含めてほとんどだと思います。どこから手をつけていいのかわかりません。
そんな人のために、このスクールでは、「デザイン思考」という手法にのっとって講座を進めていきます。
まず①現地調査として、介護・福祉事業所に見学に行き、現場にある資源と課題を見つけてきます。その振り返りを皆で行ない、取り組むべき②課題を定義し、その課題に対する③アイデアを創出します。そのアイデアを使って④プロトタイプをつくり、⑤実証テストを行なう。この③~⑤をくり返していくことそれ自体が、プロジェクトとなります。
あるべき姿からスタートする「バックキャスティング」
デザイン思考は、そもそもデザイナーの思考方法をシステム化したものですが、同様にデザイナーの考え方として、「最終的に達成したいこと」から考えていくという特徴があります。これを「バックキャスティング」といい、このデザインスクールでもこの考え方でプロジェクトに取り組むことになります。
……なんて、いきなり言われても急にできる気がしません。誰か教えてくれたり、リードしてくれるんでしょ?と思いきや、壇上の西上さんは爽やかにこう宣言しました。
「このスクールには、カリキュラムはありません。先生はいません。ゴールはみんなでつくります」
とはいえ、講座の全体にわたってstudio-Lのみなさんが伴走してくださるとのこと。支援でもなく先導でもなく伴走というのがコミュニティデザインっぽい!
この後、いよいよ参加者同士の交流を兼ねたワークショップが始まります。どんなワークショップだったのでしょうか? その内容は次回ご紹介します。お楽しみに!
(撮影:木村直軌、studio-L、『訪問看護と介護』編集室)
介護・福祉の現場やその周辺にある障壁を抽出し、資源を見つけ、その資源とさまざまなデザインの力やテクノロジーを使って、障壁を解消するきっかけをつくることを目的としています。全6回のスクールでは、趣旨に賛同した各ブロックの事業所の方々の協力を得て、参加者である介護・福祉職の人や行政関係者、デザイナー、エンジニア、そして介護・福祉の世界に興味のある学生や転職希望者、アクティブシニア等がインターンを行ない、現場発のプロジェクトを進めていきます。厚生労働省補助事業であるため、参加費は無料です。
参加者の構成は、介護・福祉事業所で現在働いている人5割、それ以外のデザイナー・エンジニア・一般人・学生・自治体職員などが5割。北海道・東北・関東・北陸・中部・関西・中国四国・九州の全国8ブロックで、ほぼ同時進行で行なわれます。
◆地域と福祉のデザイン室
studio-Lでは、これからの地域と福祉について一緒に考えるデザイン室を設置します。地域と福祉の相談窓口や情報発信、ライブラリーもありますので、どなたでも気軽にお立ち寄りください。
【開室日時】水・木・土曜日の11:00~18:00
【お問い合わせ】kaigo_de@studio-l.org
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