かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2017.1.31 update.
広告代理店勤務ののち、フリーランスで文章と写真をなりわいに。
その後、2010年 国際医療福祉大学大学院 医療福祉ジャーナリズム分野修士課程を修了。
2011年から、新宿の「暮らしの保健室」のスタッフ。
複数のわらじを履きつつ、このごろは、医療と暮らしの間くらいの分野について主に取材・執筆しています。
◎オープンダイアローグのパターンを探せ!
パターン・ランゲージは一見、平易で分かりやすいので、言われてみると「ああ、なるほど」「うん、知ってたよ」という感じなのですが、ただ無意識にやっていると、つい忘れがちな部分でもあります。そんな、無意識の知みたいなものを、分かりやすい言葉でまとめておけば、次に考えるときに楽だし、そこからスタートできたらもっとうまくできるかもしれません。
慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の井庭崇さんは、ここ10年ほど、日本においてパターン・ランゲージの他分野への応用を牽引し発展させてきたことは前回お伝えしました。
最近の井庭研では、パターン・ランゲージの対象を、学びやプレゼンテーション、さらにコラボレーションや子育て、いきいきと生きることなどの「人間行為」にも広げ、次々と「秘訣」を整理して言語化し、新たな世界を切り拓いている真っ最中です。
つまり、新しい何かを創造することに、パターン・ランゲージをどんどん使って行こう!としているらしいのです。でも正直、よく分からない……。
というわけで、パターンがつくられる場を観てみようと、野次馬っぽく、SFCの井庭研にお邪魔してみました。
いま井庭研では、パターン・ランゲージの作成を含む7つのコアプロジェクトが同時進行しているそうです。研究室の扉を開けると、2面が窓の明るい空間。昔ながらの、書籍ぎっしりの本棚が覆い被さってくるような研究室とはまったく様相がちがいます。そんな部屋に、白木のテーブルがふたつの島になっていて、この日は両方でパターン・ランゲージのプロジェクトが進められていました。
一つが、「オープンダイアローグ」の実践のパターン・ランゲージ作成です。こちらにお邪魔してみます。
オープンダイアローグとは、フィンランドの西ラップランド地方にあるケロプダス病院というところで開発された、急性精神病へのアプローチ手法です。専門家チームや家族、病気を発症した本人が車座になって「対話」を繰り返すことで、多くは薬物や入院に極力頼らず、精神病の急性期の状態から抜け出せるというもの。
2013年ごろから日本にも雑誌(なんといっても『精神看護』が充実!★1)などで紹介されはじめました。まだまだ日本では研究中の部分も多いのですが、すでに本も何冊か出されており、勉強会や講演会なども全国で開催されるほどの注目ぶりです。
(オープンダイアローグについて詳しくは、次に紹介する、井庭研でも使用していた2冊をぜひ)
日本に紹介されたばかりの先進的なアプローチを、パターン・ランゲージにまとめて使いやすいものにしていくなんて、すごい挑戦です。いったいどうやってつくっていくのでしょう。
◎パターンを見極める!
井庭研では通常、インタビューで語られた言葉のなかからパターンと思われるものを掬い上げていったり、ブレインストーミングで出し合ったりという作業をするそうですが、今回はまだ日本に実践者も少ない状況ですので、以下の2冊の翻訳本から、パターンを探していました。
①「オープンダイアローグとは何か」齋藤環著+訳/医学書院
②「オープンダイアローグ」ヤーコ・セイックラ&トム・アーンキル著、高木俊介&岡田愛訳/日本評論社
まずはプロジェクトメンバーが、この2冊から、「これは!」と思うものを、どんどん付箋に書き出し、KJ法で分類するところから始めたそうです。ちなみにプロジェクトメンバーは以下の面々。
政策・メディア研究科修士1年 長井 雅史さん(プロジェクトリーダー)
環境情報学部4年 浅野 玲子さん
環境情報学部3年 石田 剛さん
環境情報学部2年 江口 未沙さん
環境情報学部2年 松宮 愛里さん
井庭さんによると、「大切と思われる要素を300くらい抜き出して、KJ法でカテゴライズし、そこから『これはパターンになる』というものをまとめてきました」ということです。関連のシンポジウム等にも参加し参考にしながらの作業です。
2016年12月時点では、30のパターンにまとめられており、この日は、その内容をもう一度個別に「これで大丈夫か、全体性を捉えているだろうか」と、考えていく作業でした。
この時点では、写真のようなものがパターンとして挙がっていました。あくまで、生成途中のものとしてご覧ください。
さて、オープンダイアローグのパターン・ランゲージについて、どんなふうに話し合いがなされていたかというと……。
まず、井庭さんから前提の説明がありました。
「僕らが目指すのは、精神科のセラピストが日本で『オープンダイアローグ』を実践しやすくすると同時に、教育や組織における課題も対話的に解決するヒントになるような方向です。ですので、パターンは、精神病の人のためのアプローチにも読めるけれど、そうではないところにも使えるように、適度な抽象度でまとめていくようにしています」
これを念頭に置いて、以下、メンバーの口から発せられた言葉の数々を読んでみてください。いったいどんな場面で、何が問題だから、このパターンが必要なのか、というふうにさかのぼって、一つひとつ検証をしているところです。
オープンダイアローグでは、多様な声が大事といわれていますが、なぜそれが大事なのか、パターンとして妥当か、学生たちは話し合っています。
長井 そもそも「多様な声」を場に出して行くことがいいという発想がないときに、どういう問題が起きるかを考えなければいけないですよね。
江口 その場に対して使命感みたいなのを持っている人がすごくがんばろうとして、一人で進めちゃうってありますよね。たとえばサークルとかでも、代表の人が、「自分がどうにかしなきゃいけない!」って思って話し合いを進めちゃう時には、他の人の声が聞けてないとかはあると思う。
石田 そういう人たちが多くなると、その場で競い合ったりして。周りの人は、これが正しいという意見を押し付けられたり。
浅野 逆に、何もしない受け身の人っていますよね。対話をリードする人が、全員の重要性に気付くというのも大事だけれど、「メンバーシップ」も非常に重要なんだという気づきもあったほうが……。
学校での経験や恋愛、家族関係にもたとえたりしながら、縦横無尽に、穏やかな盛り上がりが続きます。休憩を挟みながら検討を続けるなかで、螺旋状に、さっきの話のもう一段深まった階層に戻ってくることもあります。
「多様な声」の検証中~
オープンダイアローグでは、多様な声が大事といわれていますが、なぜそれが大事なのか、パターンとして妥当か、学生たちは話し合っています。
長井 そもそも「多様な声」を場に出して行くことがいいという発想がないときに、どういう問題が起きるかを考えなければいけないですよね。
江口 その場に対して使命感みたいなのを持っている人がすごくがんばろうとして、一人で進めちゃうってありますよね。たとえばサークルとかでも、代表の人が、「自分がどうにかしなきゃいけない!」って思って話し合いを進めちゃう時には、他の人の声が聞けてないとかはあると思う。
石田 そういう人たちが多くなると、その場で競い合ったりして。周りの人は、これが正しいという意見を押し付けられたり。
浅野 逆に、何もしない受け身の人っていますよね。対話をリードする人が、全員の重要性に気付くというのも大事だけれど、「メンバーシップ」も非常に重要なんだという気づきもあったほうが……。
学校での経験や恋愛、家族関係にもたとえたりしながら、縦横無尽に、穏やかな盛り上がりが続きます。休憩を挟みながら検討を続けるなかで、螺旋状に、さっきの話のもう一段深まった階層に戻ってくることもあります。
~「多様な声」の検証の続き~
浅野 オープンダイアローグにはリーダーがいない理由を考えていたんです。オープンダイアローグでは、関係性に焦点を置いているからなのかな。リーダーがいると、問題の答えを出さなきゃとか、答えに対する責任を持たなければいけない、っていう発想になるけど、関係性には答えがないような気がするんです。
松宮 リーダーがいたら、目指すものにチームごと全部染まってしまうから、たしかにダイアローグどころじゃないかも。
そういえば、私が高校2〜3年のときに時代のモードは「リーダーシップ」から「ファシリテーション」に変わったような気がする。リーダーシップを発揮してどんどん意見を出させるというのから、場を盛り上げて、ブレストみたいなことを求められるようになったような。SFCもそういう感じの場だと思う。
江口 学部の特性もあるのかもしれないけど、グループワークとかでもすごいたくさんしゃべりますよね。私は今までそんな文化にいなかったから、え、何これ、みたいな。衝撃だった。
松宮 私も高校まで、求められない限り全然発言しない、主体性のない高校生の代表格だった。リーダーに引っ張られて嫌々ついていくみたいな。でも気付いたら、こういうふうにしゃべれるようになっていて。もしかしたらファシリテーターみたいな人が存在するようになったからかも。
(………このあともまだまだ続きますが省略)
対話を続けることにどんな意味があるのかをずっと考え続けてきたメンバーだからなのか、不思議と話が途切れません。自然とみんなが発言し、耳を傾け、それに対して反応します。それこそまさに、この場でオープンダイアローグが行われているかのような錯覚を覚えました。
お邪魔してわかったことは、パターン・ランゲージは、何度も対話的に検証を繰り返し、思考を深め、言葉を洗練させる作業があってできていくのだ、ということ。
出来上がったパターン・ランゲージ自体も有用ですが、もし、この作成のプロセスに参加することができたら、もっともっと、その領域への理解が深まり、次へのステップに進めるようにも感じます。それも含めて、新たな世界や価値を創造するための道具ということなのかもしれません。
すでに、パターン・ランゲージを「つくる」ことが新人研修に取り入れられていたり、未来のビジョンを言語化することにも活用されていたりもします。まだまだ奥が深い、パターン・ランゲージの世界(★2)。
今後ますます、いろいろな分野の創造的活動を加速させていきそうな気配です。
『精神看護』ではたとえば次のような特集が組まれています。
「オープンダイアローグの“キモ”はリフレクティングにある」精神看護2016年5月号
https://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=37088
「行ってみて聞いた オープンダイアローグ発祥の地 ケロプダス病院」精神看護2016年1月号
https://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=37086
斎藤環「オープンダイアローグは精神科医療に何をもたらすか」、松本卓也「反−主体としてのオープンダイアローグ」、精神看護2015年9月号
https://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=36550
下平美智代「さらに見えてきたオープンダイアローグ:フィンランド、ケロプダス病院見聞録」精神看護2015年3月号
https://www.igaku-shoin.co.jp/journalDetail.do?journal=36547
「フィンランドで効果を上げる驚きの救急対応 “オープンダイアローグ”」精神看護2014年7月号
www.amazon.co.jp/dp/B00B1L0DZ4
■ 気になるオープンダイアローグのパターン・ランゲージは、順次、国際学会等で発表予定だそうです! 乞うご期待。
■ 『プレゼンテーション・パターン』をつくったときの様子は、以下のブログにアップされています(プレパタ作成物語http://web.sfc.keio.ac.jp/~iba/sb/log/eid290.html)。
(神保康子「暗黙知を言語化する――「パターン・ランゲージ」の挑戦」了)