多職種でポリファーマシー(多剤併用)対策に取り組む 栃木医療センター

多職種でポリファーマシー(多剤併用)対策に取り組む 栃木医療センター

2016.11.25 update.

●独立行政法人国立病院機構 栃木医療センター イメージ

●独立行政法人国立病院機構 栃木医療センター

矢吹拓医師(中央)ポリファーマシー外来/訪問診療
薄根由紀様(左)整形外科病棟・看護師長
保坂美和様(右)整形外科病棟・副看護師長

 
 ポリファーマシーとは「多剤併用」「多剤処方」などと訳されるが、概念として「必要とされている以上に多く薬剤を服用している状態」のことを示す。
 とくに、複数の疾患をもつ高齢者はポリファーマシーの状態に陥りやすく、十種類以上服用しているケースはよくあることだ。これは、副作用や服用負担など本人の身体的な問題のみならず、医療経済的にも問題となっている。
 「ポリファーマシー対策を、多職種で実践しています」という全国でも珍しい取り組みをしている、独立行政法人国立病院機構栃木医療センターの皆さんを取材した。(看護出版部・米沢)
 

処方を“整理”する取り組み

 栃木医療センターで取り組んでいるポリファーマシー対策は、多剤併用している患者さんが退院するまでに、「本当に必要な薬」について、患者さんやご家族と相談して見直す取り組みだ。各薬剤のエビデンスを踏まえながら、個々の薬剤について患者さんやご家族とその効果やデメリットを見直して、処方の適正化を目指している。

 

65歳以上、1週間以上入院、5剤以上

 整形外科病棟では、以下の〈図〉にあるように、入院患者さんへのスクリーニングで「①65歳以上、②1週間以上の入院見込み」「③内服5剤以上」を対象に、処方整理の提案をしていく。結果、入院患者さんの半数が対象となった。

〈図〉ポリファーマシー外来フローチャート(クリックして拡大)

スクリーニング図.png

 スクリーニングで対象となった患者さんの約半数は、処方整理の提案に同意してポリファーマシー外来を受診する。

 一方、残りの半数の方は外来受診には至らない。受診に同意されない理由として、「現在の処方で特に困ってはいない」とか、「処方してくれている先生に悪いから」などといった声が多い。

 また、患者さん本人の意志決定能力が不十分で、処方変更について話し合う相手がいない場合や、手術や転院のタイミングが合わない場合などでは介入が難しいことも多い。

 

チームでタイミングよくかかわる

 役割分担としては、持参薬のチェックは病棟薬剤師、対象者への説明と処方整理の提案は病棟薬剤師および病棟看護師が担当している。説明時にはわかりやすいように、「ポリファーマシーとは」の〈パンフレット〉を用いる(家族にも説明が必要な場合は、看護師がスケジュール調整する)。

 

〈パンフレット①〉(クリックして拡大)

polyphamacy01.png

〈パンフレット②〉(クリックして拡大)

polyphamacy02.png

 

 同意が取れたら、まず、病棟薬剤師が患者さんやご家族と面談して、処方内容やその経緯、患者背景などの病歴・薬歴を聴取していく。その際には、処方についての患者さんの思いもお聞きする。また、処方元のかかりつけ医に、地域連携室を介して診療情報提供書の取り寄せを行う。

 その後、ポリファーマシーを担当している総合内科の医師へ連絡し、本人、ご家族同席の元で面談を行い、処方について相談して、整理を行っている。並行して病棟では、看護師や薬剤師が毎日、止めたことによる症状の変化など、身体的なチェックを行っていく。

 整形外科病棟では手術を受ける患者も多く、入院してすぐの急性期よりも、術後リハビリのADLが回復する期間に介入することが多いという。本当は、ポリファーマシーはすぐに介入することが理想だが、薬剤師と情報を交換しながら実施しやすいタイミングを計ることも大事。もちろん、“危険な処方”にはすぐに対応するという。

 

結果「やめてもなんでもなかったね」

 薄根看護師長と保坂副看護師長に、、ポリファーマシーに介入して「印象に残った事例はありますか?」と尋ねた。すると、「……印象は、残っていないのです。処方整理後も、変化がないことが多いものですから」「薬剤調整による体調悪化はほとんど見られず、むしろ調子がよくなったという人もいるくらいです」とのこと。実際に多くの睡眠薬を中止したが、中止後に「眠れなくなった」などの訴えはあまり聞かれなかった。最初は意外だったが、ポリファーマシーに介入して「何にも変わらなかったね」という結果が多いのだという。

 

「不安」がひとつのネック

 栃木医療センターの“強み”は、医師・薬剤師・看護師ら多職種スタッフが、ポリファーマシーに対して共通した問題意識を持っていること。そして、介入前後に患者さんや家族としっかりと話をし、カンファレンスなどでも個別性を共有しながら退院までのフォローをすることで、患者さんの心理的なケアができていることだ。

 看護師から見ていると、患者さんも「薬をやめて本当に大丈夫かな」という不安だけで飲み続けていることが多くある。中には「(効きそうな色だから)赤いお薬だけはやめたくない」というお守り的な効果へのこだわりがある患者さんもいる。矢吹医師は「患者さんやご家族と丁寧に相談しながら調整をしていくので、あまり無理な変更はしていません。不安がある場合には、その不安への対処として減薬しないこともあります」と言う。

 

「薬をやめたい」なんて、言っていいの?

 さらに看護師のお二人に話を聞いた。

 看護師としては、ご高齢でそもそも食が細いのに、「お薬だけでお腹いっぱいになってしまうよ……」という患者さんからの声を聞いて、なんとかならないものかと思っていたという。それでも、治療のために大切なお薬だからと説得し、どうにかこうにか飲んでもらうような日々。患者さんの思いを受け止めたいけれど、「薬をやめたいと言っています」「減らしてほしいと言っています」なんて、看護師の立場から主治医に言っていいのか……というジレンマがあった。

 これまでは、受診する科が増えるほど薬が増えていくのをただ見ているしかなかった。ポリファーマシー対策に本格的に取り組むようになり、患者さんの「薬を減らしたい」という思いを汲んで、伝えることで、本当に減らす取り組みをしてくれる医師が出てきたのだと、感慨深い思いがあるという。

 「薬が多くて、この患者さん大変そうだな……」という目線からの気づきを実際に活かしてケアを組み立てられるのは、とても看護的な発想だ。

 

薬と生活、ケアと治療の質

 薄根看護師長、保坂副看護師長も口をそろえるのは、「ポリファーマシーという概念を知ることで、さらには“薬と生活の質”について考えるようになった」ということだ。

 量だけでなく、回数や服用タイミングも重要だ。「本当にこの時間帯に服用しなければいけないのか?」という視点も、看護師にこそできるアセスメントだ。食事の前に多くの薬を飲むことで食欲がなくなり、不快そうにしている患者さんがいたのだが、服薬時間をずらす調整をしたことで、その不快感が軽減された事例もあるという。「服用タイミングを調整してまとめる」「寝る前でなくてもいい」といった柔軟な調整や指示をもらっておくことは、退院後のケアに関わる人にも重宝される。

 このように、栃木医療センターにポリファーマシー外来を設けたことは、「薬をやめたい、変えたい、飲みづらい、という訴えを口にしていい」という意識が芽生えたことと、生活の質という視点から薬を考えるようになったことにおいて、大きな転換だったと二人は語る。

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