かんかん! -看護師のためのwebマガジン by 医学書院-
2016.7.19 update.
むぐるま・ゆみ
東北芸術工科大学芸術学部准教授(民俗学)を2008年に退職後、ハローワークでホームヘルパー2級の資格を取得。静岡県の特別養護老人ホームで介護職員として働いた後、現在、デイサービス「すまいるほーむ」管理者。
『神、人を喰う―人身御供の民俗学』(新曜社)で2003年サントリー学芸賞、『驚きの介護民俗学』(医学書院)で2013年医学ジャーナリスト協会賞を受賞。最新作は『介護民俗学へようこそ―「すまいるほーむ」の物語』新潮社。
札を取るより、思い出話で盛り上がる
平成28年6月21日(火)、デイサービスすまいるほーむ(沼津市)で、利用者さん8名、市内外からのお客様6名、スタッフ5名が参加し、『すまいるかるた』のお披露目会が開催されました。
まずは、その様子を動画でご覧ください。
「大きな魚に追われたイワシがはっちゃがり、バケツを持って海に跳んでった静枝さん。カワラに干して、乾燥させたイワシを田んぼに刺す。粉にするよりよく効くだ」の「は」。
読み札に刺激されて静枝さんから紡ぎだされた言葉から、当時の光景が更に鮮明に浮かびあがってきますね。
「かるた」なのですが、札を取ることを競争するよりも、取った後に、こんなふうに読み札にまつわるエピソードや自分の経験についてみんなが話し出して盛り上がります。だから、46枚の札を全部取り終わるまでにたっぷり1時間はかかりました。
ちなみに、映像の中で静枝さんが話を振った村松さんとは、すまいるほーむを経営している有限会社ユニットの社長で、静枝さんと同じ西間門で生まれ育った人です。世代は違っても村松さんも静枝さんと同じような経験をしていたんですね。イワシがはっちゃがる様子は、駿河湾沿いのこの地域では、つい最近まで見られた民俗風景だったわけです。
聞き書きで読み札作り
『すまいるかるた』の説明もなしに書き始めてしまいましたが、ここで簡単にご説明しましょう。
『すまいるかるた』は、すまいるほーむの利用者さんやスタッフたちの思い出や今を、聞き書きによって読み札にしたかるたです。昨年、すまいるほーむができて15周年を迎えたのでその記念に何か作ろうか、とみんなで相談したところ、利用者のゑみ子さんが、「かるたを作ろうよ」と提案してくれたのでした。
かるたと言っても、さてどんなものがいいのか、私にはすぐにはイメージがわかなかったので、とりあえず、みんなで『幻聴妄想かるた』をやってみることに。そうしたら、利用者さんたちに大うけ! それで、「『幻聴妄想かるた』よりも面白いかるたをすまいるほーむで作っちゃおう」というなんとも大胆なことをみんなで誓って作り始めたのでした。
作り方は、基本的に聞き書きによりました。午後のレクリエーションの約1時間を使って、スタッフが聞き手になって、ひとりの利用者さんに聞き書きをします。他の利用者さんたちやスタッフもそこに突っ込みを入れたり、語られる思い出にうんうんと共感したり。そうやって聞き書きを進めていき、最後には読み札にする文章にまとめます。読み札の文章は、聞き手となったスタッフが中心にまとめるのですが、これが結構大変だし、みんなが固唾を呑んで注目しているから緊張するし。
次の映像は読み札を作っているところです。
それで出来上がった稲夫さんの読み札が、これです。
「急な斜面はお茶畑に適してる。寒さが下っちまって、霜が降りないから。そんなことは常識だよ。それが根本だよ」
こうした聞き書きによる読み札作りは、他のスタッフも手伝ってくれました。スタッフたちの感想は、「緊張したしプレッシャーもあったけど、しっかりしたものができたと思う」とのことです。
私たちが聞き書きを読み札にまとめるときに大切にしたのは、語ってくれた本人の言葉をできるだけ使うこと。そして、語られた内容をまとめすぎたり、説明しすぎたりしないこと。そして、本人にOKをもらえるまで作り直すこと。そうして作り上げていくことで、その読み札を読むとまるで本人の語りが再現されたかのように、リアルにその光景が浮かび上がるものになるように思います。
読み札、いろいろ
読み札も、こういった民俗学的な内容ばかりではなく、たとえば、若いころの思い出を語ってくれたものもあります。
文子さんは、大好きだったお姉さんとの思い出をとても印象的な言葉で語ってくれました。
「面倒見のよい節子姉さんとお芝居を観に行った明治座。若い俳優が舞台の上にドボーン。本当にびっくりした」
どうやら、文子さんは、舞台に大きな池のようなものを設えたお芝居を観たようで、そこに若い俳優がドボーンと飛び込んだのが今でも忘れられないくらい衝撃的だったようです。
こんな本音を語ってくれた方も。
「結婚の世話をしてくれた姉さんには言えなかったけれど、本当はタケユキさんと結婚したかった」
タケユキさんとは、圭子さんの初恋のお相手だそうです。
『すまいるかるた』を作りたいと提案してくれたゑみ子さんは、自ら即興で四枚の読み札を作ってくれました。そのうちの一枚。
「しんどいわ。私、生きていくの、大変よ」
シンプル&シリアスです。
また、スタッフの読み札は、利用者さんたちがそれぞれのスタッフに聞き書き(質問)して作ってくれました。それでできた私の札はこれ。
「すまいる四年目、出会いがたくさん。毎日楽しく安心できる場所。沼津一目指して、頑張るぞ!オー!」
他のスタッフには、結婚相手との馴れ初めなんかを聞いたりしていたから、私もどんなこと聞かれるんだろうとドキドキしていたら、私個人の話からだんだんとすまいるほーむについての質問になっていって、そして最後にはなぜかすまいるほーむの標語みたいな読み札が出来上がりました。六車=すまいるほーむ、ということなのか!?(笑)
ちなみに、読み札の裏面には、それぞれの読み札を作っているときの様子や方言の説明など、私の一言コメントを入れてあります。
たったひとつのルール
読み札を作るときに特に型もルールも決めなかったので、読み札は、その内容も文章の長さも様々なものが出来上がりました。統一性がないといえばそれまでですが、この多様さが、また、それぞれの読み札の語り手の個性をいい感じに醸し出しているように思います。
ところで、『すまいるかるた』には、一つだけルールがあり、始める前にはまずそれをみんなに伝えます。そのルールとは、「一般的なかるたと違って、必ずしも読み札の頭の文字を取るわけではないので、最後まで聞いてから札を取る」ということです。
このルール、実は意図して作ったのではなく、むしろ偶然できた産物でした。はじめは、普通に最初の文字を取る字にしてかるたを作っていたのですが、何しろ先ほどの映像のように聞き書きから即興で読み札を作るので、最初の文字が同じ札が何枚もできることになってしまいました。かといって、最初の文字を気にしすぎると、なかなか語り手の言葉を反映させた読み札ができない。
そこで、開き直って、取る字は最初の文字だけではなく、途中でも最後でもいい、と勝手に決めてしまい、取りあえず読み札の文章を考えてから、取る字は他の読み札との関係で調整しながら決めることにしたのでした。そうして、このような「最後まで聞いてから札を取る」というルールができました。
実際にかるたをやってみると、このルールが功を奏して、みんな最後まで読み札の文章を聞いてから取り札を取ってくれるようになりました。というのも、これまでもすまいるほーむでは、『幻聴妄想かるた』をはじめ、『富士山かるた』とか、『昭和の歌謡かるた』とか、いろいろなかるたで遊んできたのですが、せっかく面白い読み札であるのに、最初の文字に反応して札取りに夢中になってしまい、誰も最後まで読み札の文章を聞いてくれなかったのです。こんなに面白い文章なのにもったいないなあ、といつも私は残念に思っていました。
でも、取る字が途中とか最後とかバラバラの『すまいるかるた』では、とにかく最後まで読み札の文章をみんなが聞いてくれる。それによって、一人一人が語ってくれた言葉が、みんなの心に自然と沁みてくる。そして、札を取った後に、「これは○○さんの札だよ」と読み手が明かすと、みんな、「へー、知らなかった」とか、「結構苦労してきたんだね」とか、読み札の語り手の人生に共感したり、あるいは、利用日が異なり顔を合わせたことがない利用者さんについても、「そういう人がいるんだね」とその存在を知り、身近に感じるようになったりしています。
だから、『すまいるかるた』は、札取りを競い合うことよりも、かるたで遊ぶことによって、同じすまいるほーむという場に集う仲間の存在や生き方を自然に受け入れていくためのツールになっている、と言えるかもしれません。
未完成の可能性
こうして出来上がり、お披露目会を成功させた『すまいるかるた』ですが、まだまだ未完成でもあります。
読み札はバラエティに富んだ面白いものが出来上がって、読み札を読んでいるだけでも楽しくなってしまうものになったのですが、取り札について、もう一工夫できるかもしれない、と思っています。
『幻聴妄想かるた』へのオマージュを意識して作り出した時には、取り札には、『幻聴妄想かるた』のように、読み札を象徴する絵を入れたい、と考えていました。でも、なかなか絵を描くというのはハードルが高く、とりあえず今回は断念しました。それに、お年寄りはみんな目が悪いので、取り札を絵札にしてしまうと、肝心の取る字が見えなかったりします。なので、とにかく字を最大限大きくすることにして、今回のような取り札ができました。
これからの展開としては、例えば、各読み札について、その文章からイメージする絵をみんなに描いてもらって、読み札の語り手が一番気に入った絵を取り札に入れる、とか、聞き書きの時にその様子を確認するためにメモ程度に描いた絵を入れるとか、あるいは、取り札を裏返したら、読み札の語り手の似顔絵か写真が現れるとか。何か面白い仕掛けができないか、と考えています。それをまたみんなで考えていくのも楽しいのではないかと。
それから、「かるた」というのは、完成されたもののように見えて、発想を転換すれば更にいくらでも枚数を増やしていける、という意味で、未完成の可能性を秘めているとも言えるのではないかと思っています。
つまり、「が、ぎ、ぐ、げ、ご」「ぎゃ、ぎゅ、ぎょ」とかの濁音や、「ぱ、ぴ、ぷ、ぺ、ぽ」「ぴゃ、ぴゅ、ぴょ」とかの半濁音をも取る字としてしまえば、まだまだ読み札を増やしていくことはできるのです。だから、新しい利用者さんやスタッフが加われば、その都度聞き書きをして、その人の読み札を作っていけばいい。それをきっかけとして、新しい仲間を理解したり、受け入れていくことにつながっていくかもしれません。
そして、年月を重ねれば、すまいるほーむから去っていったり、亡くなったりする人も出てきます。でも、その人の読み札が残ることで、その存在は消えずに、すまいるほーむの歴史として、かるたをする度に思い出されることになります。
私たちが進めてきた介護民俗学の聞き書きは、もともと、利用者さんたちの記憶を共有したり、継承したりしていくことをひとつの大きな目的としてきました。そのために、聞き書きを本にしたり、料理で再現したり、すごろくにして遊んだり、いろいろな表現を試みてきたのですが、「かるた」は、個人の記憶を残していくとともに、そうした個人が集う「すまいるほーむ」という場の歴史を刻み、継承していくことにもつながる、これまでとは違った表現方法になるのではないか、と今私は思っています。
さて、『すまいるかるた』のお披露目会を気軽に!簡単に!紹介しませんか、と依頼されて書き始めた「『すまいるかるた』お披露目会の報告」でしたが、書いているうちに、『すまいるかるた』への私の思いがどんどんと溢れてきてしまいました。
でも、この文章を読んで、『すまいるかるた』に興味を持ってくれて、「うちでも作ってみようかな」と、介護や看護の現場で聞き書きによるかるた作りに挑戦してくださる方がいれば、それはとても嬉しいことです。聞き書きによるかるた作りは、誰でもできるし、結構楽しいものです。それに、作ることで、きっとその場の雰囲気や関係性が変わるはず。是非、いろいろな現場でそれぞれ工夫しながら聞き書きかるたを作ってみてください。
(六車由実『すまいるかるた』お披露目会の報告;了)
★六車由実さんと、『介護するからだ』を出されたばかりの細馬宏通さんによる公開対談を、8月17日(水)19時より、医学書院本社会議室で行います。皆様、ぜひいらしてください。詳細はこちらです。
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