【第6週】精神科ナースが単身海を渡った――イタリアの精神障害者施設滞在記

【第6週】精神科ナースが単身海を渡った――イタリアの精神障害者施設滞在記

2014.7.08 update.

 

文:吉田育美
日本赤十字看護大学を卒業後、都内の総合病院に病棟看護師として4年勤務(うち3年は精神科)、都内の精神科病院の急性期病棟に2年勤務した後、日本赤十字看護大学精神保健看護学領域の助手として3年勤務する。

それから日本赤十字看護大学大学院に進学し、修士論文は精神科病院の慢性期男女混合病棟でのフィールドワークを通して、長期入院をする患者との茶話会グループの実践をまとめた。そこで出会った患者たちの中には、ひとりで暮らすのはさみしいから病院にいる方がよいと話す方も少なくなかった。そのため、‘地域で暮らすこと’に興味をもった。

 

 

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今週のロベレート(Rovereto)は30℃を越す天気が続き、とても暑いです。「centro【チェントロ】」ではエアコンを使い始めました。当事者の方は、暑くて夜が眠れないと言っていましたが、日本のように蒸し蒸しとする暑さではないので、日陰に入れば私にとっては過ごしやすいように思います。

 

先日、ブラジルでのワールドカップが始まりました。ハウスメイトのブラジルの女性は大興奮です。宿舎でブラジル料理を食べながら、ハウスメイトたちとブラジル初戦をTVで観戦をしました。当事者の方はあまり気にならないようですが、スタッフはこの話題で盛り上がっています。ロベレート(Rovereto)の街中も、試合を映写しているお店が増えました。

 

さて、今回は私が体験した3つの「compleanno【コンプレアンノ】(誕生日)」について報告したいと思います。

 

私がイタリアに来た初めの週に、29歳の男性当事者の誕生日パーティーがありました。その日の彼は会う人、会う人に誕生日であることを主張し、ハグして頬を合わせ「Auguri!【アウグーリ】(おめでとう)」とお祝いの言葉をもらっていました。彼は私のいるユニットとは異なるところに暮らしていますが、夕食後に「comunità【コムニタ】」の3つのユニットすべてから当事者の方やスタッフの方が一同に、彼のいるユニットの広いリビングに集まりました。各ユニットからノートやTシャツのプレゼントをもらい、彼はご満悦の表情でした。

 

誕生日の歌を合唱しながら、ろうそくを灯した大きなケーキが運ばれてきました。他にもジュースやお菓子とふるまわれ、夕食後にもかかわらず皆たくさん食べていました。

 

その後、スタッフが「この後どうする??ダンスだー!」というと、皆「フ〜」と盛り上がって椅子から飛び出します。音楽がかかり、老若男女皆がリズムにのって踊り始めました。

 

私はすっかり圧倒されてしまいました。でも、なんとか溶け込もうと思い、私も軽くリズムにのってみました。すると、ノリきれていない私に気づいたのか、ある男性当事者が私の手をとり、くるくると回したりしてダンスをリードしてくれました。日本では恥ずかしくて絶対にしないようなことも挑戦です。

 

あいにく、夜も遅くなったので私は先に帰宅しましたが、その後もカードゲームをしたり、風船で遊んだりと盛りあがった一夜だったようです。

 

■「compleanno【コンプレアンノ】」のパーティーでふるまわれたケーキ

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次の誕生日は、ハウスメイトのギニアの男性、28歳の誕生日でした。前日、彼が明日ケーキを買ってくるので、夕食の時に食べようということになりました。ちょうどその日は、日曜日。こちらでは日曜日はお店が閉まっているのですが、宿舎近くのスーパーは開いているので、午前中から彼は買いに出かけました。

 

ところがいつまで経っても帰ってきません。しばらくして、肩を落として「ケーキがなかった」と帰ってきました。どうやら街中の店を廻ったらしいのですが、閉まっている店も多く手に入らなかったというのです。

 

私も誕生日なのに何も用意できないのは申し訳ないと思い、ごちそうするから夕食はレストランに行ってケーキでも食べようよと誘ったのですが、彼は「No!No!」と言います。私はお店を知らないから何も用意できないし、日本では誕生日の人に友人たちはごちそうしたりすると話すと、こちらでは誕生日の本人がごちそうするのだそうです。そして、ギニアの彼は再び、隣の街まで電車に乗ってケーキを探しに出かけていったのです。

 

私はこの時、先日の29歳の男性当事者の誕生日パーティーのことを思い出しました。彼からの招待状が「comunità【コムニタ】」に掲示してあったことや、残った大きなケーキの一部をスタッフがしまおうとした時にその彼が「僕のケーキだ!」と怒っていたのです。私はすっかり日本の病棟のイベントのように、作業療法としての経費で行っていると思っていたのですが、あれは彼個人が皆にごちそうしているということに気づいたのです。

 

そしてギニアの彼は、結局手に入らず、疲れきった顔で帰ってきました。私は、もうひとりのハウスメイトは小旅行中で帰りが遅いし、明日3人で改めてお祝いをしようと言ったのですが、彼は「今日の方がよい」「日曜であることを忘れていた…」と頭を抱えていました。正直、私はなんて頑固な……と呆れてしまい、一体何がしたいのかわかりませんでした。

 

よくよく聞くと、お店にはケーキはあるのですが、小さいサイズしかないというのです。それではダメなのかと聞くと、彼のいう誕生日ケーキというのは何段にもなった大きなケーキをいうのだそうです。なるほど、その大きなケーキを私にごちそうしたいということなのですね(ここまで理解するのに、結構な時間を費やしました)。

 

それから、落ち込んでいる彼は、ギニアでの誕生日について語り出しました。ギニアでは、歳の数だけ「コーラの実」とやらを並べ、真ん中にろうそくを1本灯すそうです。その実を家族や親族と一粒ずつ分かち合って食べ、最後にろうそくを消すということをすると話してくれました。それならば、大きなケーキなんていらないのでは…と思うのは私だけではないでしょう。でも、イタリア式の誕生日を私に教えてくれようとしていたのだと思うので、それには感謝しています。

 

最終的に、ケーキではないけれど、行きつけの美味しいケバブ屋があるというのでごちそうしてくれることになりました。出かける準備をしているとそこに、ハウスメイトのブラジルの女性が携帯電話を失くしてしまったと半べそをかいて帰ってきました。

 

その日は、落ち込んだハウスメイトたちと、しんみりとケバブをかじりました。ケバブは美味しかったです。2人に「お疲れさま」と言いたかったけど、イタリア語にできなかったので、私は2人の肩を頷きながらトントンと優しく叩きました。たぶん、伝わったと思います。

 

■私の宿舎 ハウスメイトたちと過ごしているリビング

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最後に、先日あった80代の女性当事者の誕生日です。彼女は、ずいぶん前から毎日「3週間後の◯月◯日は、私の誕生日なの」とカウントダウンをしていました。何歳になるの?と聞くと真剣に「56歳」と言っていました。どう見ても50代には見えないのですが、周りの当事者は、「自分は60代だ…」「彼女は兄弟と同じ歳だ…」と不思議そうな表情で、これまた真剣に考え込んでいました。

 

私が「◯日だね。覚えたよ。おめでとう」と伝えると、毎回彼女はとても嬉しそうな顔をするのですが、誕生日パーティーをするのかと聞くと、決まって「わからない」と眉を垂らします。パーティーをするなら「招待してね」とお願いすると、彼女は「わからない。お金がちょっとしかないの」と小指の先を指して言っていました(この仕草は、日本もイタリアも同じなのですね)。

 

しかし、彼女もまた皆にごちそうしたい気持ちがあって「おっきなピザ」を頼みたいと、毎日スタッフに訴えていました。そのため、彼女がピザの話をすると、スタッフはうんざりした表情になっていました。

 

誕生日が近づくと、誕生日の翌日に彼女の姉妹がレストランに食事に連れていってくれるとの嬉しい報告も追加されました。

 

そして、誕生日当日。いつものように「centro【チェントロ】」で作業をして、「comunità【コムニタ】」に帰ってきた彼女は、スタッフと一緒にキッチンでチョコレートケーキを焼き始めました。「comunità【コムニタ】」には、いい香りが充満します。今日の夕食はデザート付きだと私も楽しみにしていました。しかし、いつまで経ってもケーキが出てきません。他の当事者の方も、彼女のケーキは食べられないの?とスタッフに小声で尋ねましたが、どうやら翌日の姉妹にプレゼントするための物だったようです。彼女自身も皆にケーキをふるまいたいので、もうひとつ作りたいと訴えますが、スタッフに「あなただけのためにスタッフがいるわけじゃないのよ」と怒られてしまいました。彼女は顔を真っ赤にして「わーん」と泣きながら夕食を食べていました。残念ながら涙涙の「compleanno【コンプレアンノ】(誕生日)」です。

 

翌日、彼女は赤い花柄のスカートを着ておしゃれをし、姉妹と夕食へ出かけていきました。帰ってくると「ローストチキンと、ポテトと、コカコーラと〜」と楽しそうに食べた物を報告してくれ、姉妹からもらったという誕生日カードを見せてくれました。

 

さらにその翌日。「comunità【コムニタ】」のユニットのメンバー6人と、スタッフと私とで、近くのレストランに夕食を食べに行くことになりました。もちろん、ピザです。皆、おしゃれをして行きます。ジュースと大きなピザ1枚ずつ注文して食べました。ユニットの皆からと渡された香りのよいボディクリームのプレゼントに、彼女は大満足のようでした。ひとりひとりとハグをし、チュッチュとキスをしていきました。気をよくした彼女は食後のエスプレッソコーヒーもごちそうすると言いました。すると皆から「ありがとう」と拍手が湧き起こります。

 

私が彼女に「ここのお会計、全部あなたが払うの?」と尋ねると、彼女はひそひそ声で「大丈夫。あなたの分も払うから。心配しなくて大丈夫よ」と微笑みました。そういう意味で聞いたわけではないのですが…。それにもちろん、スタッフも私も自分で支払いをしていて、後に経費で落ちます。

 

それから帰る時に、彼女は「来年の○月◯日は、私の誕生日なの。57歳の誕生日なの」と私に教えてくれました。


イタリアでは「compleanno【コンプレアンノ】(誕生日)」は一大イベントのようです。日本のように、病院の食事の食札に「お誕生日おめでとうございます」などとこっそり書いてあるだけだったり、◯月生まれの患者さんの誕生日会をまとめて執り行うだけだったりでは、すまされません。自分が主役になって演出し、皆にごちそうする大事な日なのですね。

 

当事者の意にそって「comunità【コムニタ】」ではスタッフもその演出を支援してくれるのがおもしろいと思いました。日本のように、受動的にプレゼントをもらうだけのものと考えてはいけません。そして、学んだことは、前もって準備をしておくこと、ごちそうになってちゃんと盛り上がることが当人のためになるということ、です。

 

また、今月末にも「comunità【コムニタ】」の他のユニットの当事者の方が誕生日パーティーを開くようです。先日、招待状をもってきていました。他の当事者の方はいつもと違うごちそうを食べられるのが嬉しいようで、さっそくメニューと日付をチェックして「ありがとう」と楽しみにしていました。

 

しかし、このイタリア滞在期間中に、自分の誕生日がなくてよかった〜、助かった〜と思う私がいます。そういえば初めの頃、当事者の方に「あなたの誕生日はいつ?」と聞かれたのですよね、そういうことか…。

 

■当事者と一緒に食べたピザと、「compleanno【コンプレアンノ】」の祝福カード
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