【第5週の1】精神科ナースが単身海を渡った――イタリアの精神障害者施設滞在記

【第5週の1】精神科ナースが単身海を渡った――イタリアの精神障害者施設滞在記

2014.6.20 update.

 

文:吉田育美
日本赤十字看護大学を卒業後、都内の総合病院に病棟看護師として4年勤務(うち3年は精神科)、都内の精神科病院の急性期病棟に2年勤務した後、日本赤十字看護大学精神保健看護学領域の助手として3年勤務する。

それから日本赤十字看護大学大学院に進学し、修士論文は精神科病院の慢性期男女混合病棟でのフィールドワークを通して、長期入院をする患者との茶話会グループの実践をまとめた。そこで出会った患者たちの中には、ひとりで暮らすのはさみしいから病院にいる方がよいと話す方も少なくなかった。そのため、‘地域で暮らすこと’に興味をもった。

 

 

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ロベレート(Rovereto)では、ここ1〜2週間、ほぼ毎日雨が降り、傘が活躍しました。しかし、日本の梅雨のように一日中降るということはなく、少し曇ってきたなと思うと一時的に雨が降り、またすぐにカラっと晴れるという空模様を繰り返していました。

 

先日、協同組合の運営する身体障害者や精神障害者等の施設が合同で開催するイベントがありました。小さな劇場を貸し切って演劇をするということをハウスメイトが教えてくれました。おもしろそうなので、私も仕事の前に見に行くことにしました。

 

ところが劇場に入ると、ちょうどフィナーレの幕が閉まったところ……。なんと私は、開始時間と終わりの時間を聞き間違えていたのです!

 

知り合いの当事者やスタッフ、その家族が客席におり、皆「素晴らしかった〜」と笑顔でした。再び幕が開くと片付けが始まっており、ステージには色とりどりの紙で作った花が散っていました。

 

 

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私はとぼとぼと帰宅しました。その日、当事者の方はその演劇を見たことを興奮して話し、自分も音楽に合わせて踊って歌ったとお尻をふりふりしてみせたり、紙の花を大事そうに持ち帰ったりする方もいました。

 

のちにハウスメイトにも「どうだった?」と聞かれ、私は「えーっと…」と2つの意味で言葉に詰まります。1つはこの状況と思いを説明する語彙力を持ち合わせていないこと、2つ目はせっかく教えてくれた好意を無駄にして申し訳ないこと。

 

楽しみにしていた分、私もがっかりでした。

 

小さなことではありますが、失敗が続くと落ち込みます。思い切って質問をしても、言いたいことが通じなかったり、返ってきた答えのイタリア語が聞き取れなかったり。「私だって、理解したいんだよー!」と心の中で叫びます。

 

できないことは当たり前とはわかっていますが、人とうまくかみ合わないことはストレスで心が折れることもあります。そして、このストレスが強くなると、かかわりが億劫で自分のベッドに引きこもりたくなります。今ならば、精神科病院で一日の大半を自分のベッド上で過ごす患者さんの気持ちもわかるような気がしました。

 

人とかかわろうとしてもうまくいかない、こんなにっちもさっちもいかない生活が続くのかと思うと、自分に与えられたベッドの上がなんだか一番安全基地のようで、ここでじっとしていたら時は過ぎる、早く過ぎてほしいと考えます。

 

とはいえ、私は短い期間限定で来ているわけですし、帰りを待ってくれている家族や応援しくれている友人がいるので、ベッドでくすぶっているわけにはいきません。誰が悪いわけでもない、引きこもりたくなる自分の弱さとの戦いです。せっかくここにいるのだから頑張ろう、心をオープンに! と唱えながら顔を上げ、緑豊かなそびえ立つ山々を見て新鮮な空気で深呼吸をする日々です。

 

そして、落ち込むのも人とのかかわりからならば、癒されるのも人とのかかわりです。

 

当事者の方々は、イタリア語のできない私にも話しかけます。「これは黄色い花、あれは紫の花だ」「赤いズボン、赤いTシャツ…」などとイタリア語レッスンのように自然となって教えてくれようとすることもあります。おかげで色を表す単語はいち早く覚えました。

 

またある時、80代の女性当事者が故郷のことを真剣な表情で長らく話していたため、私は想像をめぐらせながら聞き入っていると、最後に「わかった?」と聞かれました。どきっとしましたが、私が「半分くらい」と答えると、彼女は「よかった!」と笑っていました。別の日も彼女は「かわいがっているの〜」と私の頭を撫でたり、おでこに長めのキスをしたりとスキンシップも用いてきます。

 

さらに先日、60代の男性当事者から「poesia da amore【ポエジアダアモーレ】(愛の詩)」と書かれたラブレターをもらいました。「心のすべてを好きになってほしい、君はイタリア語が少しわかるね、故郷の街にお嫁に来てほしい」などと書かれていました。言葉が「少し」わかればいいのですね、ありがたいことです。そして、この男性、私の名前が覚えられないようで、いつも「Fumi…Fu−mi?」と呼びます。すると毎回、周りの女性陣から「Ikumiだよ!!」と力強い総ツッコミを受けています。

 

当事者の方たちから、このような様々なアプローチを受けていると、私も心を閉ざしているわけにはいきません。私の心は一喜一憂、ロベレート(Rovereto)の天気のように、雨が降ったり晴れたりと変わりやすい模様です。

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