江本リナ先生に聞く 第1回 小児看護教育の現在

江本リナ先生に聞く 第1回 小児看護教育の現在

2012.12.10 update.

江本リナ イメージ

江本リナ

米国Loma Linda大学大学院にて看護学修士号、日本赤十字看護大学大学院にて看護学博士号取得。現在、日本赤十字看護大学小児看護学領域准教授。
米国での小児看護臨床経験から、子どもの権利を尊重する医療環境に関心をもち、教育・研究に携わっている。子どもと家族に携わる医療者と共に、倫理葛藤を題材にした勉強会を定期的に開催。また、小児専門看護師を目指す修士修了生への支援活動も実施。

 看護基礎教育の総教育時間数に対し、カリキュラム量が飽和状態となるなかで、実効性のある教育への創意工夫が、基礎教育の教員をはじめとする教育関係者によって試行されています。

 編集部では、特に教育・実習時間が限られている小児看護教育を効果的にするため、教育実践・研究を続けられている江本リナ先生にお話を伺いました。

 「子どもと家族をまるごとみる視点」「常に成長・発達の度合いを念頭においてかかわることが重要」というポイントを軸に興味深いお話をお伺いできました。

 

編)看護基礎教育の教育時間に対する教育内容(量)が飽和状態となっていることが以前から指摘されていますが、なかでも、小児看護が置かれている状況、その教育の現状についてお聞かせください。

 

江本)看護基礎教育、特に4年制大学における教育のありかたとして、モデル・コア・カリキュラムの導入について検討が進められています(編集部註1)。こうした報告をもとに、各大学が教育内容の再検討に取り組み始めている現状があります。

 

 従来から総授業時間に対する授業内容、その総量が飽和状態であることが指摘されていますが、小児看護の専任教員の立場から、コア・カリキュラムに基づいて教育内容が再編される際に、子どもの分野の教育時間がさらに減らされてしまうのではないか、という懸念を感じています。

 

 小児看護全体としての教育時間数が減りますと、それに伴い実習時間も減少するものと思われます。

 

 それでなくても、入院期間の短縮化や、小児病棟の統廃合などを背景に、有意義に実習を展開することがむずかしくなっています。そうしたなか、いまよりもさらに授業時間数が減少するということになりますと、臨床に出る前の初学者である学生たちが、子どもや家族をケアすることについて、どこまで知識・技術を身につけて臨床に出られるのか、限られた時間のなかでの有効な教育方法の開発や、何をどこまで教えるのかという事柄については、真剣に考えていかなければならない大きな課題だと感じています。

 

子どもと大人のからだの見方

江本)学生は主に、成人看護、つまりできあがった大人のからだのなりたちを基盤にして、一年次から学習を続けていきますが、同じ人間のからだでも、子どものからだは成熟していませんので、大人とは別な見方をする必要があります。

 

 具体的には、子どもの発達段階に応じて、どのようななりたちでここまで成長・発達してきたのか、これからどうなっていくのか、ということを十分に理解してもらいたいと強く感じていますので、科目時間数は少ないのですが、子どものからだはどういうものなのか、こころはどうなのか、こころとからだをどうみていけばよいのか、ということを月齢や年齢を意識しながら、教えるように工夫しています。

 

編)人間の健康な身体は、成長の過程でつくられてくるというようにも感じます。疾病の原因を考えるうえでも、子どもの頃はどうだったんだろうということまで、さかのぼって考えることが必要なのかなと思います。極論かもしれませんが学習も、子どものことから始めよう、ということでもよいのかもしれませんよね。

 

江本)そうなんですよね。健康な大人の身体もそれまでの過程を経てできあがってきているのです。たとえば、肺の機能は大人の機能になっていくまでに5−6年かかるんですよね。

 

 とても特徴的なのは排泄機能、食べる機能ですね。それらの機能を考えてみますと、いま大人の私たちは特別な意識をすることなく、食べ物を食べて「ごっくん」と嚥下をしていますが、この食べるという口全体を使ったり、噛み砕いたり、という行為は乳児期の頃に行う哺乳瓶から飲んだり、母乳を吸うという行為という経口摂取のパターンとはまったく異なるものなのですね。

 発達段階に応じて、食べるという行為を獲得していくわけなのですが、たとえばその大切な時期に、病気をしていて長い期間口から食べることができなかったり、口腔内の障害のためにうまく飲み込めないという時期が続いてしまいますと、大きくなってから「では、リハビリです。食べる訓練をしましょう」と言われても、その機能を獲得することがとてもむずかしいことになってしまいます。

 

 成長・発達の過程で大切に育ててもらい、健康に成長できたから、大人としてのいまがあることに私たちは感謝しなければなりませんし、先ほどのお話にもありましたが、ナースはある患者さんが受診したとき、その一点だけをみるのではなく、ライフヒストリーをアセスメントする、生活歴をまるごとみる、という視点を大切にする必要があると思います。

 

臨床と基礎をつなぐ教育

編)さきほど、有意義な実習の実施がむずかしくなっているというお話がありました。小児領域に限らずですが、臨床と基礎の乖離も指摘されています。

 

江本)先ほど申し上げたとおり、基礎教育では成人看護学を基盤とした教育が占める比重が大きいわけですが、入職直後から小児看護の道を進む新人看護師の場合は、基礎教育で学んできた大人へのケアとは異なるので、必要な技術があまり身に付いていない状況は否めないと思います。入職後に小児看護の臨床現場において実践的な教育を行っている実情があると思います。

 

 2010年から新人看護職員の臨床研修が努力義務化されました。このガイドラインをもとに、小児病棟に配属になった新人は、子どもへの技術としてバイタルサインの測定や、吸引や与薬などの技術を学習すると聞いています。

 

 基礎教育の授業や実習でも、教育はもちろん行っていますが、同じ技術でも、年齢が違うと、対応の仕方が違ってくるという小児の特性もあり、現場に即した実践力を総合的に育成することには限界があります。

 

 たとえば授業で吸引に関する知識、技術を学んだとしても、実習で受け持った子どもには吸引の必要がなかったりすることも少なくないでしょう。大学教育4年間のうち、たった1回の実習なので、やはり限界を感じてしまいますが、なんとか効率的に実践力を育てるための方策を模索したいと考えています。

 

臨地実習前の技術演習――自律的なナースを育てる

編)成人看護の分野ではシミュレーションを用いた、臨床の文脈に近いような技術演習が展開されるようになってきていると伺いますが、小児の分野では臨地実習に出る前の技術演習はどのような教育が主流となっているのでしょうか。

 

江本)本学では、実習に出る前の技術演習で、それぞれの技術が想定される状況を設定するなどして、シミュレーション学習を実施しています。

 

 たとえば身体計測の場面では、計測中に、子どもにどう接すればよいのか、子どもにはどんな危険が伴うのかといったことを、学生が自立的に考えながら体験的な学習ができるように心がけました。

 

 人形で演習を行なうのですが、実際の子どもは騒ぎますし、抱っこするなどして計測する可能性もあるので、そうした臨床で起こりうることを想定しながら、「こうなったときには、転落の危険があるかもよ」というように、ケアの実施中に伴う危険性を知ってもらえるような状況をつくりました。

 

 また、「呼吸器疾患のために入院した4歳の子どもにこれから吸入をします。では、吸入のときにどう声をかけたらよいのでしょうか」というように臨床でよく出合いそうな事例を提供して、自律的に考えさせる演習も行いました。

 

 このような学習では現実に即した状況づくりも大切ですが、あらゆる状況を経験できるわけではないので、いちばん大切なのは、ケアの根拠となる理論、知識を事前学習やシミュレーション学習の場で提示して、その知識を基盤に、実習なり臨床なりの場で、考えながら自律的に行動することの重要性を知ってもらうことではないかと考えています。

 

編)そういう取り組みが、やはり実習に出る前の学生さんの自信、安心につながるところがあるのかなあと思うのですが・・・。

 

江本)そこがですね…、何年か前から同じような教育を続けているのですが、本当に実習に出たときに、ためになっているのか、どういう効果を生んだのかということが、まだ正確には把握、評価できていないのが実情です。

 

 ただ、いちばんねらいとしているポイントは、かならずしも技術がうまくいくことだけではなく、何がケアをするときに大切なのか、自分たちの行為の根拠となる知識は何なのかといった理論を知って、活かせるナースになってほしいと思っていますので、そこを踏まえて、実習の際に「あ! 子ども・家族にしっかりと説明をしなければ」と学生が考えているな、と感じたときに、教育の効果が出ているのだなと実感しています。

 

臨地実習を有意義にするために

編)小児看護での臨地実習の期間はシラバスによると3週間くらいですね。

 

江本)大学によると思いますが、本学では3週間くらいです。実習のなかでも病棟に出られる期間というのは4−5日ぐらいなんですよ。

 

 2−3日で退院する患児がほとんどなので、実習期間中に2−3人の子どもをうけもつことも多くなっていました。

 ですが、これは学生にとってはかなりのストレスで、ケアと記録に追われてようやくひと段落したら、次には全然違う病気の子の担当になって、「あー、また調べ直さなければ」と混乱をする学生も少なくありませんでした。

 

 それであればむしろ、短い実習期間をひとりの子どものケアに完結できるようにしたほうが有意義ではないか、たとえ途中でその患者さんが退院してしまっても、それも含めて小児看護の現状がわかってもらえれば、と考えまして、いまは4−5日の病棟実習中、ひとりまたはふたり受け持つという状況になっています。


 編集部註1  学士課程におけるコアとなる看護実践能力とは何かについて調査研究が行われ、文部科学省平成22年度 先導的大学改革推進委託事業「看護系大学におけるモデル・コア・カリキュラム」として報告されている)

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