災害後のPTSD 知っておきたい基本知識とケア(後半)

災害後のPTSD 知っておきたい基本知識とケア(後半)

2012.4.13 update.

中谷三保子 イメージ

中谷三保子

専門職大学院研究科長、帝京平成大学臨床心理センター長。
臨床心理学博士。ライト学院大学院臨床心理学科博士課程終了(USA)。カリフョルニア州クリニカル・サイコロジスト州資格者。日本臨床心理士。サンフランシスコにて、メンタルヘルス治療機関「心のクリニック」を主宰。聖フランシス記念病院メヂカルスタッフ。阪神大震災、中越地震、スマトラ沖地震・津波被災、東北大災害への災害支援活動に従事している。

専門:トラウマ心理療法治療。緊急災害緊急支援マネジメント。老人精神治療。EMDR(眼球運動脱感作再処理法)、認知行動療法治療。

PTSD発症を予防するためのケア

惨事後のPTSDの発症を予防するためには、3つの段階があります。

 

第一の予防段階(災害後の急性期)

災害時のこころの動揺についての事前教育は重要

常日頃から緊急支援に携わる消防士、救急救命士、看護師はもとより、地域住民に、災害発生によって起きるこころの動揺について、事前教育を実施することが重要です。しかし、教育を受けていたとしても、実際に災害が発生した直後には、誰にでもさまざまな心身のショック反応が起こります。本来の自分に立ち返ることができる人間の自己治癒力、自然治癒力の発揮を妨げてしまうほどの過酷な状況に直面した場合には、もはや人間は誰でも、圧倒的な脅威に自分一人の力で立ち向かい、乗り越えていくことが困難になります。

この被災初期に起ってくる反応が、長期化或いは慢性化することで、PTSD(外傷後ストレス症候群)の発症につながることがわかっています。そのため、この初期の反応から被災者を守り、彼らが本来もっている生活力、生きる力を取り戻す支援、早期発見、早期治療が第一の予防となります。

 

茫然自失は自然のもの、むしろ「何も感じない」ことに注意

人は皆、災害に遭遇したとき、こころの中は大きく揺れ動き、命を失うことへの恐怖心、大切なものを失うことへの不安感を生じるものです。大津波には、自己の信じていたもののすべてが大きく揺さぶられ、持ち去られてしまう感覚が湧いてきます。

茫然自失となるこの感覚は、自然なものであり、むしろ、そのような感覚、五感の反応が起きないことのほうが問題である場合もあります。恐怖心を押し込め、「感じない」「意識しない」という自己防衛を働かせてしまうからです。この防衛反応が、さらなるストレスを生み出す原因となるケースも多く見られます。

また、過去の経験が、自然の反応を歪めてしまうこともあるでしょう。しかし、中には過去の体験から、自己を守る認識や手段・知恵をもち、健康で安全に身を守る力を備えている人もいます。

 

災害ストレスや不安は、精神の弱さから来るものではない

災害ストレスは、本人の意思にかかわらず、心身にさまざまな反応をもたらします。被災者やその周りの人々は、「精神的な病に侵されているのではないか」という不安感を抱くことがよくあります。これらの不安反応は回復に向けての自然な反応であり、決して「異常である」とか、「精神の弱さから来る」のではないことを、被災者に学んでもらう必要があります。生活環境が整い、こころに安定が戻ってくるに従い、自然な治癒力が活性化していくものであるということが理解できれば、必要以上の不安感や恐怖感を払拭することに役立つものです。

人間は「ホメオスタシス」といって、傷ついた心身を回復し平常化しようとする自然治癒力を持っています。しかし、自然災害のような、人間の力の範囲を超えた恐怖感や圧倒感を持ったとき、打ちのめされ、自己回復の有効感、有能感が減退していきます。その危機に面したとき、他からの強い手助けが必要となるのです。

人は人により生かされている。人との触れ合いのなかでこころは自然と癒されていくのです。

 

一次予防時期の見立て

 さて、この第一次予防時期の期間を設定するのは容易では有りません。災害が個人にもたらした規模、喪失の質や量、危機感や緊張感の度合いなどはもちろんのこと、過去と現在の人間関係からも大きく影響されます。年齢や、被災者の置かれた立場もこの時期を考慮する大きな要因です。

専門家は、1人ひとりをしっかり受け止め、回復していく力を見立てていくことが求められます。人によっては1か月ほどで平常心を取り戻していく人もいれば、2~3か月かけてゆっくりと癒されていく人もいます。この回復への期間には個人差がありますから、介護や看護をされる方は、被災者が回復力を取り戻していく様子をゆっくりと見守っていくことが必要です。

ただし、被災者が孤独にならないよう、不安感や恐怖心を緩和するために、安心感をもたらすような寄り添いや声かけは大きな意味があります。

 

災害救援・支援者への休息とこころのケアが重要な時期

 この時期、救援活動をおこなう救援隊や支援者、そして自ら被災しているにもかかわらず災害支援の前面で救済活動をされている人たちへのこころのケアも、忘れてはなりません。最前線で支援をする人々は、1人でも多くの被災者を救済するためにと、体は平常の何倍も酷使し、こころは平常の何倍も緊張感を保っています。使命感が心身のエネルギーを増大させるこの時期は、自ら心身を休めることを忘れがちになります。また、休むことを忘れさせるほどに悲惨な現状が、1人の人間としての限界を超えてまで救援活動を求めてしまうことにつながっています。二次被害、三次被害を予防するためにも、また尊い働きに対して報いるためにも、被災現場で活動をされる方への充分な配慮が求められる時期でもあります。

 

既往歴を持つ被災者以外には、積極的な治療介入は避ける時期

 健康であった人も病を得ていた人も、災害のショックから心身の健康を害し、悪化させることがあります。その予防をすることがこの時期に求められています。

また、この時期は、既往症をもつ被災者以外への積極的な治療的介入は、むしろ避けたほうがよいでしょう。一般の人々には、年齢に応じた日常生活を取り戻していくことが大切です。体力はある程度年齢に応じたものであり、どの年齢においても過剰な消耗に留意し、平常な生活感を取り戻すよう看護・介護をすることが重要です。

 

 子どもは元気に身体を動かし、遊び交わることで本来の成長力を活性化していけるよう、環境を整えることです。無理にこころの表現を強制することはさらに傷を深くする場合もあります。遊びや人とのふれあいを通して自然に起こってくるこころの解放を待つのがよいのです。

 

 高齢者には、その人たちがそれまで築いてきた知恵を生かし、自分らしい生活を取り戻すよう支援していくことが求められます。この支えが、自己能力感、生活感、有能感を生み、こころのエネルギーの回復に繋がります。

 

 青年期、壮年期の働き盛りの年代は、頑張りすぎ、働きすぎに注意が必要です。復興には大きな力ばかりでなく、長期にわたる持久力が求められます。家族を守り、地域を活性化していく責任を感じて頑張っている人には、「1人で抱え込まず、周りと共に助け合っていく姿勢を忘れてはならない」と伝えることです。みんな、同じように被災者であり、助け合う支援者なのですから。

 

 

第二の予防段階

治癒力を高めるケアから「PTSD」診断へ、一歩進める時期

 第二の予防段階は、「被災者が受けた心身の大きな動揺や喪失感が、こころの傷を拡大し、その傷が病的に慢性化し、こころの傷跡としてさまざまな病気を発症させないためのケア」をすることが目的です。

 第一の予防のステージで求められるケアが不充分であったり、ケアの機会が得られなかったり、あるいはケアを受けていても回復が難しい場合には、災害の後遺症として深いトラウマ的ストレス反応が残ってしまうことがあります。これがPTSDです。

つまり、第二の予防は、第一の予防の上に成り立っているケアではありますが、第一の予防段階にある方を、「PTSDです」と診断することは、時期尚早です。なぜなら、前述のように急性期における反応は人間に備わっている災害後の自然な生理的反応である場合が多く、診断をすることによって、その反応に対する自然治癒力を活性化する機会を奪ってしまいかねないからです。

 第一の予防の時期に求められた、被災者のこころに寄り添って個人の治癒力を高めることを中心とするケアから一歩進めて、PTSDを治療し、その疾患を軽減し、回復することが第二次予防段階でのケアの中心となります。

 

こころのケアを受けるこころの準備をゆっくりと

 この時期の被災者は、自分の内面に起きている不快感、異常感などに怯え、恐怖を感じ、自閉的になっているかもしれません。また、人が怖く、家や病院から外へ出ることに不安を感じているかもしれません。災害によって自尊心まで傷つけていられることもあるでしょう。多くの場合、ゆっくり、そしてじっくりとこころに起こっていることの話を聴くことや、共感的傾聴に意味があります。「聴いてもらった」、「わかってもらっている」という信頼感がよい関係を作り上げる基本です。

この時期には、早急で積極的な働きかけは危険です。被災者の多くに、「ケアを受けるこころの準備」が充分にできていない場合があるためです。支持的な声かけや、気持ちの寄り添いなどを通して信頼関係を作り、安心と安全を得て、“ひとりではない”ことを自覚してもらうことが大切です。

特に先の見えない不安感や湧きおこってくる恐怖心を、守られた環境の中で治療に向かえるよう気持ちの準備を整え、専門家の治療につなげていくことが看護や介護を担当されている方々に期待されます。

 

心理療法、薬物療法、そして身近な介護者による「こころの支え」

有効な治療方法としては、たとえば、認知行動療法や、暴露法、EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理)などの療法があり、基本的にはそれぞれの症状に対してPTSD治療や各療法の専門家が積極的な治療的関与をしていきます。

 この時期には心理療法はもとより、薬物療法の力が助けになります。薬物療法は、精神の安定を図り、回復に向かうためのものであり、問題に直面化する際に必要な心身のエネルギーを取り戻す助けになるでしょう。

薬物療法と同様に治療効果を上げていくのは、現場の看護師や介護士によるこころの支えです。専門的治療を通してこころが揺さぶられ、バランスを失うこともあるかもしれません。身近な介護者(看護師・介護士・家族)の支えが、薬物以上のこころの安定を、被治療者にもたらすことが期待されます。

 

第三の予防段階

回復に欠かせない長期にわたる支援

 第三の予防段階では、PTSDから回復し、平安な自分らしい生活を送るため、再発予防に配慮することが大切です。また、災害からの回復は、長期にわたるものであることを認識しておく必要があります。長年かかえてきたPTSDが、身体的な病気の原因になる場合もあるのです。一方で、人は大きな災害を通して自分の本来求めていた価値観に気づき、再び新しい人生へ挑戦する力を取り戻すことができるものです。そのためには、誰でもが気軽に利用できる保健相談の場が、地域社会の中に用意されていくことが、大災害からの復興に欠かせない要件になるでしょう。

 

看護師・介護士の使命

 人は日常生活のなかで、さまざまなストレスに出会い、またそのストレスから多くを学び、成長していきます。しかし、なかにはそれらのストレスが原因となって、心身の病気を招いてしまいます。大災害は、私たちに大きな苦しみと恐怖を与えます。これを否定的な認識にのみとどめず、人間の持つ回復の力を信じ、大災害から命をつなぐことのできた人々への援助に看護・介護者の役割の大きさを再認識されることが必要です。それは、“人は人によりてのみ”、人らしく生きていくことができるものであるからです。

不安や恐怖をかかえている方にとっての一番身近な専門家は、看護師、介護士です。何気ない言動すら、被災者にとって大きな回復への影響を及ぼすものです。知識と技術と信念を持って、共に取り組んでいくことが被災者への看護・介護の役割だと考えます。

【終】

精神看護

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