災害後のPTSD 知っておきたい基本知識とケア(前半)

災害後のPTSD 知っておきたい基本知識とケア(前半)

2012.4.11 update.

中谷三保子 イメージ

中谷三保子

専門職大学院研究科長、帝京平成大学臨床心理センター長。
臨床心理学博士。ライト学院大学院臨床心理学科博士課程終了(USA)。カリフョルニア州クリニカル・サイコロジスト州資格者。日本臨床心理士。サンフランシスコにて、メンタルヘルス治療機関「心のクリニック」を主宰。聖フランシス記念病院メヂカルスタッフ。阪神大震災、中越地震、スマトラ沖地震・津波被災、東北大災害への災害支援活動に従事している。

専門:トラウマ心理療法治療。緊急災害緊急支援マネジメント。老人精神治療。EMDR(眼球運動脱感作再処理法)、認知行動療法治療。

「こころのケア」という支援

 人の命にかかわるような災害は、その規模にかかわらず、人間のこころに大きな傷跡をのこす外傷体験となるものです。人間は本来、自分を守る力を備えているものですが、その力を持ってしても自己を守ることのできない「死に直面するような体験」ほど、怖いものはありません。生命の安全が保障されて初めて、人間は自分の存在の意味や、自尊心を持つことができるのです。

 私たち日本人は、絶えず災害を経験してきました。阪神淡路大震災、中越地震も記憶にまだ新しい災害ですが、2011年3月11日に起きた東日本大震災は、千年に1度という、かつて経験したことのないほどの大規模な津波、またそれに伴うさまざまな災害を発生させました。人間の力の弱さ、はかなさを見せつけられ、自然の力の凄まじさを目の当たりにしました。

 

 震災後、日本国内はもとより、海外からも大きな物質的・精神的支援が届けられましたが、こうした実際的ケアの中には、“生きる戦いに疲弊した心身”を、本来のあるべき姿に戻していくための“こころのケア”も含まれています。

本稿では、こころに傷を負った人々や被災者に対して、直接的・間接的な看護や介護をする専門家が何をなすべきなのか、考えていこうと思います。

 

災害援助の基本は、その人が持つ「生きる力」を信じること

 援助活動の根本にある姿勢は、人がみんな持っている“生きる力”を信じることです。たとえ大災害にのみ込まれ、その自然の前に無力であることを経験したとしても、いまこうして生きていることそのことが、生きる力があるということでしょう。その生命力に敬意を持つことだと思います。

 人間は皆、1人ひとりの考え方も、生きていく思いも違っています。100人の被災者には100のこころがあります。どのような専門家でも、その1人ひとりの感じていること、考えていること、その人の生きてきた人生を知りません。だからこそ、その人と共にその人の現実に向き合い、その人のかけがえのない人生を取り戻していくお世話をしていかなければなりません。

 また、ケアにかかわる専門家にとって、その行為の目的が明確であることも重要です。「一体自分は何のためにケアをしているのか」と、行為の目的を自覚しないままケアをおこなってはならないのです。

 

自然災害や事件・事故等によるこころの後遺症の

基本的な知識

 

惨事後ストレス反応の発生・回復時期は、人それぞれである

自然災害、事件や事故など、人間を圧倒してしまうような惨事におけるトラウマ的ストレスを体験した後には、さまざまな心身のストレス反応が起きます。図は、その惨事後のストレス反応の発生時期を表したものです。

 

 災害後のストレス反応

 

PTSD-zu1.gif 

(ASR:Acute Stress Reaction、DSR:Delayed Stress Reaction)

 

人はそれぞれ、衝撃的な体験をするよりも前には、さまざまな環境の中で生活しています。被災前のトラウマ経験や性格、自分の置かれた状況や立場によって、衝撃を受ける条件が異なっています。それの条件によって、ストレスから自然に回復される方、急性ストレス反応を呈した後に回復されていく方、PTSDを発症される方など、さまざまなのです。 

 

衝撃的なストレスから起きてくる後遺症の症状を具体的に紹介します。

 

急性期ストレス症状(ASR、DSR):誰にでも発生してくる一般的な反応

身体反応:呼吸・心拍数の増加、発汗、頭痛、下痢・便秘、頻尿、食欲減退、不眠、心身症等

精神的反応:入眠困難、感情鈍痲、注意力の減退、集中力の低下、悪夢、フラッシュバック等

情緒的反応:不安感、恐怖心、感情鈍痲、怒り、悲嘆、無気力、罪悪感、悔恨、自己評価の低下等

行動的反応:過活動、イライラ、深酒、不適応行動、過度の薬物依存等

 

蓄積されたストレスが招く心身の病気

身体の病気:消化器、呼吸器、内分泌、高血圧、狭心症などの循環器の病気、免疫系による膠原病など様々な臓器への影響

こころの病気:躁うつ病、心因性うつ病、うつ病、PTSD、解離性・転換性障害、心気症、神経症(不安神経症、強迫神経症、各種恐怖症等)、人格障害等

 

心的外傷ストレス症候群(PTSD)

PTSDとは、人間の力では対処できないほどの、命にかかわるような厳しい災害に遭遇した後、数週間あるいは数か月経ってから発生する特異な症候群で、本人の意思の有無にかかわらず起きてくる心身の反応であり、自然治癒が期待できなくなっている状態のことです。

症状の目安として、以下の3つが挙げられます

  • 外傷体験を想起させる刺激や状況の回避。すなわち被災地や事故跡を避ける行為
  • 外傷体験の反復想起(フラッシュバック)。ありありと当時の感情や身体感覚を伴って当時の災害状況が再現すること
  • 覚醒(身体的反応)。入眠困難、熟眠困難、焦燥感(怒りの爆発)集中困難、過度の警戒や驚愕反応

 

しかし、筆者の体験から言うと、PTSDの「診断基準」には該当しないものの、明らかにPTSDの診断名を付けることが妥当であると考えられるトラウマ的症状が多く認められます。災害後の急性・後発性ストレス反応でも挙げたような、うつ病、さまざまな神経症状、解離性障害や一時的な妄想障害、統合失調症的症状などにも、PTSDの傾向が見られます。

 PTSDは、被災後2~3か月後も継続してその症状が表れている場合や、数か月、数年を経た後にそれらの症状が表れてくる場合など、その表出時期には個人差がみられます。個人の生活環境の違い、人間関係、性格、過去の体験からの、災害やストレスに対する認識や理解の仕方の差異に影響を受けるためです。

 

「PTSD」という疾患概念の誕生

1970年代、アメリカにおけるベトナム戦争帰還兵(傷病兵)の中に、うつ病や不安神経症では説明しきれない、長期にわたる特異な精神疾患が見出されました。そして、戦争帰還兵のストレス症候群を基に、テロ、事件や災害など、惨事に巻き込まれた人たちのストレス後遺症をまとめて、「PTSD(心的外傷ストレス症候群)」と名づけられたのです。

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