「介護されるプロ」、古武術介護を体験する

「介護されるプロ」、古武術介護を体験する

2012.1.12 update.

熊谷晋一郎 イメージ

熊谷晋一郎

1977年生まれ。新生児仮死の後遺症で、脳性マヒに。以後車いす生活となる。 小中高と普通学校で統合教育を経験。 大学在学中は地域での一人暮らしを経験。また全国障害学生支援センターのスタッフとして、他の障害をもった学生たちとともに、高等教育支援活動をする。 東京大学医学部卒業後、千葉西病院小児科、埼玉医科大学小児心臓科での勤務、東京大学大学院医学系研究科博士課程での研究生活を経て、現在、他の障害をもつ仲間との当事者研究をもくろんでる。 著書に『発達障害者当事者研究 ゆっくりていねいにつながりたい』綾屋紗月との共著)、『リハビリの夜』。

身体介助に必要な「怯え」と「覚悟」
「介護されるプロ」、古武術介護を体験する

 


「介護するプロ」がいれば、「介護されるプロ」がいる。脳性マヒの当事者として生き、小児科医・医学研究者として活動を続ける熊谷晋一郎氏は、まぎれもなく「介護されるプロ」といえるだろう。岡田慎一郎氏が提案する、武術の身体運用を応用した介護技術「古武術介護」を体験した熊谷氏の感想とは??

 

緊張しやすいからだ

 

私は生まれつき、脳性まひという障害を持っている。出産時のトラブルによって、大脳の、主に随意運動をつかさどる「運動野」という部分が損傷を受けた。そんな私の体の特徴を一言で言うなら、「極度に緊張しやすい」ということになるだろう。


多くの人にとって、精神的な緊張を覚えているときだとか、寒い日に体を動かそうとすると、体が緊張して思うように動かせないという経験はなじみのものだろう。そのときの自分自身を思い起こしていただければわかるとおり、緊張しているときの体の動きは、それまで半ば無意識に、自動的にこなせていた歩行や姿勢維持といった基本的な運動パターンがわからなくなり、次にどちらの足を動かすべきか、などの一挙手一投足の選択決定に、意識が張り巡らされた状態になっている。


それと同時に、体全体がしなやかさを失って、硬い棒のようになる。例えばリラックスしているときならば、全身にたくさんある関節や筋肉をそれぞれバラバラに動かすことができるが、緊張すると、一つの部分を動かそうとすると他の部分も連動し、一体化して動いてしまうのである。

 

このように緊張という現象には、「自明だった動きパターンの崩壊」と、「動きの自由度の減少」の二つの側面がある。私の場合このような体の緊張が、精神的な緊張や寒さなどがない場合でさえ生じているということになる。だから、今こうしてパソコンを打っているときにも、上肢だけを使うのではなくて、肩や腰などの全体を岩のようにこわばらせつつ、全身を使っている。むろん、多くの人々と同じように、そこにさらに精神的な緊張や寒さが加われば、ただでさえ過度に緊張した私の体は、さらに緊張度を増すことになる。

 

体が緊張すると何が問題か。それは、緊張の二側面のうちの一つ、「動きの自由度の減少」にかかわっている。一つの身体が、重力や、外界にある様々な道具や起伏のある地形などとしなやかに関係を取り結びつつ、自らの動きを生成し続けるためには、身体の内部に柔らかな自由度がなくてはならない。もし体が岩のようにがちっとした一塊ならば、動きのレパートリーは「転がる」か「砕け散る」かぐらいしかなくなってしまうのだ。そして私の身体は、岩ほどではないにしても、その硬さによって外界としなやかな関係を取り結ぶことが難しいのである。

 

kumaoka004.jpg

右から、岡田慎一郎氏、熊谷晋一郎氏、綾屋紗月氏

 

 

自称「介護のプロ」には期待できない

 

このような、緊張しやすい体を持っている私は、起床から身支度、排泄、入浴に至るまで、生活全般において他者の物理的な手助けを必要としている。それは、まったく無防備な自己の身体を、他者に預け続けるということであり、それなりの怯えと覚悟が必要なものだ。

 


たとえば、はじめて出会う介護者に身体を触れられる時などは、全身の感覚が研ぎ澄まされ、タッチの柔らかさやリズム、しなり、フィット感などから、その介護者についての情報をなるべくたくさん得ようとしている。緊張は、先ほど述べた二つの側面に加えて、入ってくる情報についての感度が研ぎ澄まされるという、3つ目の側面を持っているといえるのかもしれない。恐る恐る触れてはすぐに引っ込める、弱腰の介護者がいるとおもえば、物を扱うようにやる、侵入的な介護者もいる。終始かったるそうな人もいるし、善意だが不器用な人もいる。たとえが適切かわからないが、そのとき私の身体は、ちょうどセクシュアリティーに匹敵するような繊細さで、情報を収集しているのである。

 

そして経験上、「腕に覚えのある介護のプロ」と自認をしている人に対して、私は良い印象を持っていない。自称「介護のプロ」の中には、《オレ流》を押し付けてくる人が多いという偏見をもっているためである。それは、過剰な自信によって介護者自身に緊張が不足しており、被介護者の身体から発せられる情報を拾わずに、あらかじめ決められたやり方を遂行する介護状況だから、情報の流れが「介護者→被介護者」と、一方向的になる傾向がある。そのような介護者の手は、道具ではあっても、探知機にはなっていないと思っている。
 

≪能動的に触れられる≫工夫

 

誰でも、不意に触れられた時というのは、「その感覚がなにものであるか、それに対して次に何をすべきか」という意味付けが間に合わず、びっくりするものだ。逆に能動的に触れるときは、意識をこれから触れる対象に照準し、視覚聴覚など五感を総合しながら触れるため、意味付けが容易で驚くことは少ない。

 

介助が生活必需品である私は、他者に触れられる機会が多い。先ほど述べたように受動的に触れられるというのは怖い事だから、工夫が必要になる。そこで私が重要視しているのは、触れられる前の意図の共有である。つまり、意図を共有することで受動性をなくし、≪能動的に触れられる≫工夫が必要なのだ。

 

例えば駅で急に便意を催し、駅員をナンパすることがある。私はまず、そこにいる駅員を物色するためにサッと一瞥する。なるべく視線が合うように上目遣いで。視線が合うと、人というものはジワリと身体の構え、フォーメーションを変えるものだ。ある人は目を細めておびえるように後ずさり、同時に威嚇するように背を起こす。手は後ろに行く。こいつはダメだ。別の人は「何かしましょうか」と言わんばかりに目を見開き、身を乗り出して背をかがめ、手が前に出てくる。よし、こいつはいける。

 

こちらが「いける」と思える人は、介助に対する能動性を発している。体の構えは、いつでも動けるように前傾姿勢でスタンバイしている。そういう身体の一挙手一投足をじっと見て取り込み、その人になったつもりで頭の中で再構成し追体験すると、相手の意図が読めてくる。まるで相手を自分に「憑依」させるような感覚だ。熊谷が能動性を失わずに触れられることを可能にできるのは、この「憑依」ともいえる状態が実現されたときである。

 

相手の「能動的な意図」が私に憑依すると、私の身体もモゾモゾと構えを変え始める。介助してほしい身体部位に意識が集中していくのが分かり、介助されやすいような姿勢に体が組み換わっていく実感がある。車いすからトイレの便座に乗り移るときならば、相手が抱えやすいように脇が甘くなり、車イスに浅く乗り、体を前傾にする。介助を「ねだる」ような体になるというと気持ち悪いが、一方で相手も、そのような私の一挙手一投足から意図を読み込もうとさらに前のめりになっている。つまり、お互いに憑依し合っているのだ。このように二つの身体が協応し始めたら、もう介助の大半はうまくいったようなものである。ここでおもむろに、「あのう、トイレに行きたいのですが、手伝ってもらえますか?」と一声号令をかければ、待ってましたとばかりに二つの身体が一斉に動き出す。まるで、相手の体に催眠術でもかけたかと思うほどだ。

 

トイレに乗り移る時に、初めの皮膚接触があるのは、脇の下だ。向かい合わせになって、脇の下に介助者の手を潜り込ませて身体を引き寄せ、お腹同士がくっついた状態で回転して座らせる。私は意識を脇の下とお腹に向けた状態で最初の接触を待っている。介助者の手が予想通りの場所に触れると、その手のフォルムに沿うように私の身体が曲率を変える。もしこのとき予想に反して背中でも触られたらたいそうびっくりするだろう。だから言葉でも「どこそこを触ってくれ」と指示する。相互憑依状態がはずれないまま主導権を握るためには、言葉は相手のタッチを誘う色気を失わないで、かつ多弁なくらいがよい。

 

基本的には私が司令塔ではあるが、いつも私がリードする訳ではなく、時には介助者がリードする局面もある。そんな時でも互いに憑依した状態ならば、自分で自分に触れる時と同じように触れる意図、触れ方、触れられる感覚が予期できているから、怖いということはない。しかし、憑依から外れて意図が読めなくなると、急に皮膚の予期しない場所に、予期しない刺激が、予期しないタイミングで訪れるため、びっくりしてしまう。そして再び意図の結びなおし作業が必要になってくる。

 

このように、安全な介護関係には、双方の怯えと、それによる憑依の試合が不可欠な条件である。だから、自信満々な自称介護のプロほど、危険極まりないのである。

 

介護するプロvs介護されるプロ

kumaoka001.jpg

微細な感触を確かめつつ、介助者と被介助者(筆者)の"一体化”をはかる岡田氏

 

だから、2008年に初めて「岡田氏の古武術介護を体験する」という企画の話をいただいた時、私は内心怯えていた。また「自称介護のプロ」に、「こういうのがいいんだろぉ?」的マッチョな介護をされて、「すごーい、こんなのはじめてー」的なリアクションをしなくてはいけないのかと思うと、自己欺瞞で吐き気がしたからだ。

 

しかし、そんな不安は良い形で裏切られた。

 

初めてお会いした岡田氏は、マッチョとは程遠い、細身の男性だった。侵入的な雰囲気はなく、むしろ一定の距離を置いてこちら側を観察するような、適度な緊張感が伝わってきた。「介護するプロvs介護されるプロ」の真剣勝負、とでもいうべき空気を、岡田氏と私との間に感じた。

 

まず初めに岡田氏は、介護者のウォーミングアップのやり方から説明を始めた。腰を引き気味にして胸を凹型にくぼませ、ちょうど大木にしがみつくかのような姿勢をとった。ひざはやや曲げた状態で、かかとは浮いている。両腕は回内した状態だ。この姿勢は体幹部の力が手の末端まで届きやすいとのことで、効率よく大きな力を発揮することができるという。力点に与えられたエネルギーが効率よく作用点に伝達するということは、被介護者から跳ね返ってくる反作用も効率よく力点に戻ってくることを意味するだろう。つまり、インプットもアウトプットもエネルギーと情報がスムーズに流れる姿勢と言えそうな岡田氏の姿勢を見て、私は「何となく脳性まひの姿勢に似ているな」と感じた。

 


脳性マヒというのは高等動物に備わった運動機能が失われ、より原始的な動物と似た姿勢や運動が顕在化するという特徴を持つ。もしかして岡田氏が到達したこの姿勢は、大地を駆け巡る野生動物のそれと共通点があるかもしれないと、妄想した。

 

次に岡田氏は、いくつかのパフォーマンスを見せてくれた。その場にいた「健常」な人を軽々と持ち上げたり、運んだり、軽い力で跳ね飛ばしたりした。それらのパフォーマンスが終わったところで、今度はいよいよ私が介護を受ける番が来た。決して満を持してといった意気揚々とした感じではなく、むしろ探るように恐る恐る私と対面する風情だった。

 

「この人は大丈夫だ」

 

はじめのタッチ。岡田氏の手はまるで原生動物の触手のように、初めて触れるものからたくさんの情報を取ろうと、触れるか触れないかの距離を保ちながら、 ランダムに動いた。アクティブ・タッチとかマイクロスリップなどと言い換えてもいいかもしれない。私はその瞬間に、「この人は大丈夫だ」と判断した。結果としての介護がうまいかどうかなどは大した問題ではなく、この怯えた手つきこそが、被介護者に対する何よりの敬意だと私は感じる。

 

怯えといっても決して消極的なものではない。むしろ相手のことを知りたい、情報を取りたい、という積極的な意志がありながらも、わからない、読めないという不安を感じ、その間で、震えているのだ。これまで私は、緊張という現象を「自明だった動きパターンの崩壊」「動きの自由度の減少」「感覚入力の研ぎ澄まし」という3側面からなるものとして説明してきたが、このうち、「自明だった動きパターンの崩壊」と「動きの自由度の減少」は相反する逆向きの傾向を持っているといえるだろう。なぜなら、自明な動きパターンの崩壊は、動きの選択自由度の増大を意味するがために、動きの自由度の減少とは正反対のものとみなすことができるからだ。緊張した体は、自由度の増大と減少の間で強く引き裂かれた臨界状態の中で、ふるえる。岡田氏の体はまさに、そのような体だった。

 

2秒か3秒程度、私の体を這いずり回った手は、やがて答えをはじき出したかのように、ひとつのまとまった運動を形成し始めた。それは、意志が確定した瞬間のように私には感受され、私自身も「よし、もちあげられよう」という意志が同時に固まった。その瞬間、めったにないような軽やかさで、体がふわりと宙に浮いた。自明な動きパターンの崩壊だけでは具体的な動きを形成できない、しかし、動きの自由度の減少だけでは相手の体としなやかな関係を取り結べない。あくまでその両方に引き裂かれる緊張の中で、そのつど、相手となじんだしなやかな動きが即興的にうみおとされていくのである。

 

kumaoka005.jpg

 

介護者と被介護者が
「同じ重さ」を共有するとき

 

岡田氏によると、被介護者の重心を正確に捉え、その真下に介護者の重心を置くのが大切なポイントだという。なるほど、これまで言語化しては来なかったが、重心をそろえるというのは、直感的によくわかる表現だ。私自身も介護される時には、相手が楽になるよう姿勢を微調整するものだが、思えばこの微調整は、自らの重心を「ここですよ」と相手に差し出すような意識でやっている。逆に「この介護者には介護されたくないなぁ」と感じたときなどは、気付かれない程度に重心をずらして、わざと重く感じさせるということもやってきた。

 

私が乗っている電動車いすは大変いかめしいもので、まるでコックピットに搭乗しているように、私の体をすっぽりと包んでいる。その状態から私の体にアクセスし、重心を重ねるのは大変難しいようで、この時も何度かうまくいかないことがあった。うまくいかない時というのは、介護者も重さを感じるだろうが、私自身も重さを感じるものである。体の重さ、という感覚は純粋に体の重量に比例しているわけではない。脳から筋肉に送られる「動かせ」という指令と、筋肉から戻ってくる「どれだけ実際に動いたか」という情報との間にギャップが生じた時に、「重み」を感じるのだ。

 

私は岡田氏が「持ち上げよう」と意志を固めた瞬間に、同じように「持ち上げられよう」という意志を固める。しかし、実際の持ち上がり方がにぶいものだった場合、その情報は岡田氏の脳だけではなく、自分の脳にも届けられる。介護者の重みや疲れを被介護者も同じように感じられる時というのは、二人の意志が共鳴しているだけではなく、二人の身体が効率よくエネルギーや情報を伝えあう協応構造を形成しているのだろう。

 

ひとしきり終わった後、岡田氏は「今日はうまくいかなかった」と語っていた。しかし私は「非常にうまくいったのではないか」という感想を持った。何よりも、岡田氏がおびえを持ちながら介護をしたということ。そして、うまく持ち上げられた時も、そうでない時も、二人が同じような感覚を共有できていたということ。うまい下手よりもはるかに重要なところで、今回の介護は高いクオリティを持っていたと感じる。

 

手本との距離

 

それ以来、岡田氏とは折に触れて様々なお付き合いをさせていただき、いつも刺激をもらっている。そのなかで岡田氏の人となりにも触れることができたのだが、私が最も共感したことの一つが、「お手本との距離感」であった。

 

私は幼少期より、少しでも健常な動きを習得できるようにリハビリを受けてきた。私がリハビリを受けていた80年前後は、お手本としての「健常な動き」というものを教条的に信奉し、それを正確になぞらせるような流儀が主流だった。そのような、ピクリとも動かない不動のお手本の前で、私の動きは大人たちによって監視され続け、ダメ出しをされ続けた。

 


監視のまなざしは、私の体に緊張をもたらす。しかし、その緊張は、先ほどの岡田氏の介護技術における緊張とは異なり、しなやかに外界とつながる新しい動きを、即興的にうみおとすことがない。なぜなら、お手本から外れた探索的な動き、あの岡田氏の触手のような手つきが、そこでは許されないからだ。

 

私は18歳になってからリハビリを辞め、一人暮らしを始めた。当初は確かに緊張の連続であったが、リハビリの時の緊張と違ったのは、お手本を参照して自分の動きを監視するまなざしが、そこにはないということだった。私は、緊張の中で外界と楽しく格闘しながら、オリジナルの「私の動き」と呼べるものを立ち上げていった。

 

その際、かつてリハビリで習ったお手本も、全く役に立たなかったわけではない。お手本の断片が、新たな動きを編集するための素材として、時折参照されることはある。しかし、一揃えのマニュアル化されたパッケージとしての「健常な動き」というお手本をなぞるということではないのだ。

 

岡田氏も、古武術というお手本を参照しながら、それを介護という現場に応用してみせる。そのとき、古武術を一揃えのパッケージとして教条的に参照したのでは、介護現場という特殊な空間にフィットする新たな動きが生成されることはないだろう。あくまで、古武術を構成する動きのエッセンスや断片が、介護状況を前に震える岡田氏の身体の中で、野性的に再編集されていくのだ。そこには、お手本を信奉し、順守する硬い生真面目さとは異質な、子供のような探究心やあそびのかまえが重要になってくるだろう。じじつ最近では、素材の調達先も「古武術」に限定されず、従来の「基本」とされる介護技術や、古典的なバイオメカニズム、あるいは、楽器演奏家や、スポーツ選手といった他分野からも、「古武術」とほとんど同レベルで、材料を仕入れていると聞く。岡田氏とお付き合いさせていただく中で感じる人間的な魅力と知性は、少なからずこのようなかまえに端を発しているように思う。

 

岡田氏は、自らの古武術介護が、それ自体新たなマニュアルとなってしまうことを常々警戒されているが、それはとても重要なポイントといえるだろう。古武術介護自体が新たなお手本として君臨されてしまった瞬間から、多様な現場での柔軟な応用可能性は閉ざされていってしまうからだ。古武術介護は、これからも、動きの素材を提供していく。それを現場の中で、緊張しながら、おびえながら編集していくのは、あなたなのだ。

 

本稿は『看護学雑誌』72巻7号(2008)掲載の熊谷晋一郎『身体介助に必要な「怯え」と「覚悟」―「介護されるプロ」,古武術介護を体験する』を元に加筆・修正を加えて再構成したものです。
 

 

岡田慎一郎
okadaprofile.jpg1972年生まれ。理学療法士、介護福祉士,介護支援専門員。身体障害者,高齢者施設の介護職員,介護講師を務めるなかで、従来の身体介助法に疑問を抱き、独自に身体介護法を工夫。2003年、武術研究家の甲野善紀氏と出会い,その古武術の身体操法に感銘を受け、師事する。2004年頃から、古武術の身体操法を応用した「古武術介護」を提案したところ大きな反響を呼んだ。現在では、医療、介護施設などを中心に全国で年間200を超える講習会活動を行っている。 著書に『古武術介護入門(DVD付)』、『DVD+BOOK 古武術介護実践篇』(医学書院)などがある。 岡田慎一郎公式サイト(http://shinichiro-okada.com/

 

 

 

 

『リハビリの夜』

rihabiri.jpg

 

痛いのは困る。気持ちいいのがいい。
現役の小児科医にして脳性まひ当事者である著者は、あるとき「健常な動き」を目指すリハビリを諦めた。そして、《他者》や《モノ》との身体接触をたよりに「官能的」にみずからの運動を立ち上げてきた。リハビリキャンプでの過酷で耽美な体験、初めて電動車いすに乗ったときのめくるめく感覚などを、全身全霊で語り尽くした驚愕の書。

詳細はこちら

 

 

 

 

DVD+BOOK古武術介護実践編

kobujutu.jpg

 

2009年9月刊行。A4大判、400点以上のカラー写真、85分のDVDで岡田慎一郎氏の古武術介護、すべてがわかる一冊です。

 

詳細はこちら

トラックバック

http://igs-kankan.com/mt/mt-tb.cgi/538

コメント

このページのトップへ