第15回 姉御の助詞、あるいは温泉放デイ

第15回 姉御の助詞、あるいは温泉放デイ

2021.4.13 update.

中山求仁子(なかやま・くにこ) イメージ

中山求仁子(なかやま・くにこ)

2017年から18年まで、神奈川県のとある放課後等デイサービスの管理者として勤務。自身も幼少期から横綱級ADHDであり、現在は双極性障害も発症している。
大阪大学文学部美学科音楽演劇学コース卒業。高校時代よりモダンダンス、大学入学と同時に小劇場演劇を始める。2001年退団以降、人生自体が演劇のような双極 I 型ジェットコースターライフを送っている。韓国映画と韓流ドラマをこよなく愛す。

※本欄の文章は、何人かの人物、いくつかの事件を組み合わせたフィクションです。

 

■姉御さえいれば

あおぞら園は、何をしても何かが起こる、何もしなくても何かが起こる、不思議な放デイだった。「まとまり」と言われるものがなく、もう少しまとまるようにと、きまりやルールをつくろうという動きはあったが、うまくいかなかった。

 

それはおそらく、私が子どもたちの要求に対して断固としてノーとは言わず、最終的にはズルズルと子どもたちのしたいようにやることを許していたからだと思う。私はお腹の底では「きまり? いらないじゃん」と思っていたのだと思う。そうすると、あおぞら園は「ド」のつくくらいの混沌になっていった。その混沌のなかで、子どもたちはそれぞれに生きていた。

 

放課後。子どもたちの過ごし方はいろいろだ。こちらが用意した遊びやおもちゃ、イベントを楽しむ子どもたちもいれば、「かったるー」という顔をしてニヒルに足を組んで構える中学生もいた。なぜか一日踊っている子もいれば、「今、何時?」と15分おきに聞く高校生もいた。突然外に飛び出す女の子もいれば、どこからか十字ドライバーを見つけ、尖端をゆらゆらさせて、そこいらじゅうのねじを回している子もいた。

 

しかし、「好きなようにしてればいいよ」と思っていた私もさすがに疲れてくる。すべての「ええー!」ということを許容し、うなずいてはいられなくなる。「これは勘弁だよー」と思う。だって、こちらも生身だ。「何もない日でありますように」とか「もうちょっと、まとまってくれたらいいのに」と祈るように思う。しかし、そういう日にかぎって、何かが起こる。

 

そういうとき、「ああ」とため息をつきながら、「姉御がいればなあ」と思うのだ。そうなのだ、姉御がいれば、小学生から高校生までおしなべて、子どもたちは彼女の言うことを聞く。

 

姉御――。

彼女は、姉御なんて呼ぶのは失礼なくらいチャーミングな少女だった。腰まで長いロングヘアをいつもふわりと風になびかせ、あおぞら園にやってきた。スレンダーで、小麦色の肌で、大きな黒い瞳の美人な彼女は、少し鼻が上を向いているところがかぎりなくキュートだった。

 

■魔法のような統率力

 

姉御はマミちゃんといった。特別支援学級に通っていて、そのクラスでも姉御のようだった。授業参観に出かけてみると、調理実習でバター・ハニー・ポップコーンをつくっていた。マミちゃんは、先生より仕切っていた。

 

「トオル君、そこのバター取って」「ようこちゃん、だまって」「ちょっと、ワタル君、何してるの!」「ほら、みんなで分けて」……

 

マミちゃんの素晴らしい仕切りを見て、児童発達管理責任者の富田さんと私は廊下に出てから、「ほんとに雇いたい、マミちゃん」「うんうん」と呟き合った。実際、マミちゃんをあおぞら園の支援員はみんなが頼っていた。冗談交じりに「マミちゃん、あおぞら園で働いてよ」とお願いし、みんなが「マミちゃんがいると、楽ちーん」と言う。あまりのマミちゃんの統率力に支援員が頼り切って気を緩め、アワワな事態もあるが、そんなときも事態を収拾してくれるのはマミちゃんなのだ。

 

たとえば、みんなでお花見に出かけ、ある瞬間にそれぞれがバラバラな方向に散ろうとした。マミちゃんは「ちょっと待って。みんな止まって」と呼びかける。子どもたちは本当にストップモーションのように止まる。と、奇襲を狙っていた中2のダン君が土を食べようとする。気づいてなかった私たちより早く、マミちゃんが「ダン、やめなさい」と呼び捨てで指示し、すかさずダン君のところまでやってきた。

 

ダン君は、支援スタッフの一言では決して土を食べることをやめない。なのに、ダン君は正面にやってきたマミちゃんの顔を見上げ、手の平の土を手放しながら、唇の右口角を上げる。私は二人を見て思う。もしかして、呼び捨てで呼ばれて、ダン君は内心うれしいのではないか? たぶんダン君は、「マミちゃん、もう一回言って」と思っていたように感じるのだ。

 

■助詞が使えるようになれば……

 

そういう自分の才能というか果たしている役割にマミちゃん自身も気づいていた。いつか車で送ったとき、お母さんはこう言った。

 

「マミは通級クラスや特別支援学級、放課後児童クラブやあおぞら園それぞれで、自分の居場所や役割や、自分の出し方を考えているところがあるみたいです。放課後児童クラブには、仕切る女の子がほかにたくさんいるから、なかなか自分を出せないみたいで、その点では、思う存分仕切れるあおぞら園は楽しいみたいです。あの子にはそういうこと、大事だと思っています」

 

「そういうこと」とはどういうことだろう、と私は考えた。

マミちゃんは、学習障害(LD)を持っている。学習と呼ばれることの、たとえば計算や読むこと、書くことがどの程度習得されているかということは、簡単には伝えられない。だからお母さんは、端的に自分が望むいちばん必要だと思うことを挙げた。それは学習面よりも、日常生活における話し言葉の習得だった。

 

つまり、「そういうこと」とは、「いつか社会に出て、自分の居場所を見つけていく」ための予行練習のことだと思う。その練習をするうちに、自分の居場所や役割の見つけ方がわかるはずで、それを支える重要な力は、話し言葉をマスターすることだとお母さんは思っているようだった。

 

「助詞が使えるようになれば」とお母さんは言った。

助詞、と言われて私はまた考えた。「が、とか、に、とか、は、とか、へ、とか?」。

文法というものが大嫌いで苦手だった私には、マミちゃんの気持ちがよくわかった。だから、

「シュン君、おやつ、食べよ」でもいいじゃんと思う。

「カイ君、本、並べる」でもわかる。

「マミ、中山さん、渡す」もぜんぜんセーフではないか。

と内心思ったが、それは言わなかった。

 

もちろん、お母さんはマミちゃんの性格やキラキラしたところをよくわかって、できないことをできるようにしてほしいと求めるタイプではない。けれど、一度だけこんなふうに呟いた。

マミちゃんを自宅に送っていったときのことだ。2歳を過ぎた弟君が玄関からチョコチョコ歩いてくる。

 

「この子の言葉には、最初から助詞がついているんですよね。なのにマミは、どうしてだろうと思うことがあります……」

 

私は、あおぞら園ではかばかしく進んでいるわけではない助詞の練習を思い、かける言葉が見つからないのと同時に、むしゃくしゃする気持ちが小さくお腹の底に湧いた。そして「マミちゃんはあおぞら園の人心を掌握しています」とか「みんなのマドンナです」とか、助詞なんかよりも、そっちのほうが……といったニュアンスの話をし、お母さんを困惑させた。

 

■マミちゃんは何が悲しいのか

 

なぜマミちゃんの学習支援ははかどらないのか。それは、マミちゃんが楽しくなさそうで、ヘンに強行すると、マミちゃんはとても困り、悲しそうで、長いまつげを閉じてうつむくからだ。あんなにイキイキ仕切っていたマミちゃんが、がっくりとうつむいたままプリントに向き合う。

 

いろんなスタッフが工夫して一緒にしてみるけれど、なかなかいい時間には思ってもらえない。だから1枚やって、そのあとはマミちゃんの好きなお絵描きをしている。マミちゃんの描くお花畑は明るくて、きれいだ。マミちゃんは、助詞は使わなくても、自分の好きな世界を知っていると思う。

 

あるとき、的当てゲームをした。いつのまにかゲームは、矢の刺さった部分の点数を足す計算ゲームになった。そのとき、矢が20点と30点に刺さっていた。二桁の足し算だ。マミちゃんが当たった。マミちゃんは、突然だったからか、答えを言わなかった。そしてうつむいた。長いロングヘアが顔を隠す。

 

私は白いワンピースの膝部分にポトリと涙が落ちたらどうしようと慌て、思わず「あ、そうだ、中山さん、答えます! えーと、えーと40!」と言った。すると、小3のアキラ君が「ったく、何ふざけたこと言ってんだ、中山」と言うから、「中山とはなんだ!」と返し、能天気な男子群は笑った。しかし、マミちゃんはまだうつむいていた。

 

その日、私はマミちゃんの姿を追いながら、こんなふうに思った。

マミちゃんが悲しいのは、自分自身が足し算が苦手だったり、助詞を使うことも苦手だからではないんじゃないか。自分はどうでもよいけれど、自分の大好きな人が、足し算や助詞のことを心配して、悲しんでるからではないか。お母さんの悲しみの涙を見て、マミちゃんはとても悲しくなり、こころが濡れているのではないか……。

 

私はそれまで、マミちゃんがどうしてあおぞら園に来ているのか、その切実な意味を真剣に考えていなかったなあと思った。人には、「かかわりあいのなかに立っている自分」を頼りにする自分がいるのではないか。マミちゃんは、あおぞら園でのマミちゃんの位置を必要としていたし、それを確認しにマミちゃんは来ているんだ、とあらためて気づいた。

 

私はそれから考えた。

文法って、いるのかよ。助詞? いらないよ。計算? 電卓あるよ。

少なくとも、あおぞら園では、それでいいのではないか。

 

私の考えは、偏っているかもしれない。

あおぞら園の子どもたちで、いわゆる健常といわれる子どもたちのような言葉を話す子どもはほとんどいなかった(第12回と先ほど登場のアキラ君は暴言といわれる激しい言葉を口にするが、今は療育手帳を返し、普通級だけに通っている)。あおぞら園は、世の中の放デイのなかでは重度と言われる障害の子どもの多い、やや特異な集団である。

 

しかし、私の考えが偏っているかもしれないと書いたのは、「重度の子どもたちだから、学習はいらない」と考えているからではない。そうではなく、彼らのかかわりあいや暮らし、世界や生は、健常と呼ばれる人々の世界とはまるで違う形や質や風合いでできていて、それはなんともいえず美しい。それを私はあるとき感じたからだ。

 

感じるというより、その世界の温泉に浸かり、「ああ、いい湯だなあ」と思ったのだ。比較や、できる・できないという追いかけ合いの輪がプチンとはずれたような世界。それを知ってしまうと、私はもう元には戻れなくなった。

 

■コントーンなクリスマス

 

2017年のクリスマス会は大荒れになった。

前の週、小2のカズ君と小3のルカ君が、クリスマス会の話をしていた。突然、カズ君が「ぼくに任せてほしいなあ。マミちゃんと司会をするよ」と私に言った。

 

「あら、自分だけで決めていいの?」と聞くと、すぐにルカ君が「ぼぼぼくは、なななに?」と私の腕を揺する。

「カズ君、ルカ君には何をしてもらう?」

「うーん、えーと、じゃあ、おきゃくさまがかり」

と言われ、ルカ君はなぜかすごい役をもらったように喜んだ。そのときに、私が確かめればよかったのだ。お客様係ってなに? と。

 

翌週、クリスマス会の日、みんなが居間に集まった。

カズ君は、司会のバッジと蝶ネクタイ、さまざまな小道具をかばんから取り出した。「はい」とマミちゃんに手づくりの司会バッジを渡す。

 

それを見ていたルカ君が、「どどーして、ぼぼくには、ないのー!!」と半狂乱になる。

カズ君は、「何を騒いでるんだ?」とキョトンとしている。

ルカ君は泣き出し、マミちゃんが「ルカ、だいじょうぶ?」と声をかける。泣くルカ君をマミちゃに預け、私は事務所で素早く厚紙のお客様係のネームプレートをつくる。

居間に戻ると、カズ君は机と椅子を出してきて、司会席をつくりあげ、すました顔で座っていた。

ルカ君を探すと、となりの部屋から泣き顔で机を運び込んでいる。

 

みんなが居間に座っている。ダン君も、高2のリョウ君も、タクトもタクマ君も、満員だ。ルカ君が私に聞く。

「なな中山さん、おお客様って誰?」

「えっ、えっとー、ああ、お客様は、もう……入っちゃったみたい……」といった途端、またルカ君が泣く。私はルカ君の背中をとんとんし、客席に座り込むことになった。

 

■みんなでいいお湯につかっているような

 

クリスマス会のだしものが始まる。最初はタクトの絵本の読み語りだった。

8畳間に20人以上の子どもたちが集まり、わいわいと笑ったり、手を叩いたり、思い思いのことをしている。

 

しだいに私は、あおぞら園メンバーといるときにときおり起こる、ボーダーライン・オーバー(境界線越え)の脳波に転位しはじめていることを感じる。みんなが発するさまざまな周波を受け取るうちに、自分の脳内があるギリギリのラインを超えたのだ。そのライン上で私は子どもたちの世界とシンクロし、いいお湯につかっているような気持ちになる。ときにはお湯から立ち上がり、波間で手と腰を揺らして、ふわりふわりと踊っているような気分だ。

 

私は絶望するルカ君を抱え、みんなの中に座り続けた。最後の演目として、カズ君が手品を行っていた。そのころにはみんなは飽きはじめていて、それぞれどこかに舞い上がっていた。シュン君は踊りはじめ、タケル君は障子に穴を開けている。タクマ君が部屋の隅でギョロ眼をキョロキョロさせながら、うんうんと気張りはじめている。ああ、あれは、うんちの合図、行かなくちゃ、そう思うのだが、脳内のスローな踊りから抜けられない。

 

コントーン。

という音が聞こえてくる。

マミちゃんが「みんな、しずかにー!」と叫ぶが、このときばかりはマミちゃんの声が届かない。居間はどんちゃん騒ぎになった。

 

そこに2階から富田さんが下りてきた。みんなの混沌とした荒れ様に「中山さん、ちょっと、何、コレ!!」と現実に引き戻された。それでも私はすぐにはこの世に戻ってこれずにアハアハ笑っていたが、しだいに事態をつかんだ。

なんというか、みんなの世界は、なかなか足抜けできない恐ろしいものがある。

 

■自己肯定から遠く離れて

 

あの放デイに湧いている温泉は何だったのだろう。あの温泉に浸かっていると、「どうであろうと、気持ちよければ、ええんですわ」というような、ゆるーい安心感に我と我が身を忘れ、蕩(とろ)けて踊っている。自分の境界がお湯に溶けて気分は楽ちんだ。

 

自己肯定感という言葉がある。そういう感情を抱ければ、それに越したことはないと思うけど、なんとなく大変そうだなあと思ってしまう。歳だからだろうか。それとも、躁鬱もADHDも持っていて、「自己を肯定する」なんて大それたことをした憶えがないからだろうか。うつ状態の今の私にはなおさら、「自己肯定」は「満漢全席」みたいに大がかりで縁のないことに思えてしまう。

 

たとえば、私がいま「自分を肯定してきます!」とチャレンジしたとして、どこかの行程でつまずいて自己肯定コースを諦めなくてはならなくなったら……。「自分、肯定できませんでしたー!」と泣いて外に出て、自己肯定感の氷壁から谷合に滑り落ちるだろう。あわわ、私はそんなの耐えられない。死にそうだ。もっと楽でいたい。

 

自分を見つけるために登ったりしないのがいいな。

温泉でいい。

自分は確固とした大きなものじゃなくていい。

水にたゆたう小さな光でいい。

人とのあいだに、世界とのあいだに、溶け合う中にある自分で。

 

だから私は、あおぞら園の子どもたちと境界線を越えるのが好きだった。

今も思い出す、あの温泉の波間の楽しさを。

ああ、どう言えばいいんだろう。

コントーン、その世界のことを。

 

放デイとは

 放課後等デイサービスのこと。発達障害・知的障害を持つ児童を中心に、肢体に不自由がある児童、排泄自立が困難な児童も含め、小学校1年生から高校3年生までの学齢期の児童が、支援や療育を受けるために学校や自宅への送迎により集まる通所サービス。1日の利用上限は約10名。対してスタッフ34名で支援する。

 マンションの一室やビルのワンフロアなど、決して十分に広いとはいえない空間で展開している場合が多い。そこに、学齢も性格も発達の道のりも違えば、障害の混ざり具合も、特性も、表出の仕方も無限にスペクトラムな児童らが集まる壮大かつ濃密な世界が広がる。

(中山求仁子「劇的身体」第15回終了)

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