第36回 弱い人に合わせて社会をデザインすることで、多くの人がハッピーになると思う【まつぼさん】

第36回 弱い人に合わせて社会をデザインすることで、多くの人がハッピーになると思う【まつぼさん】

2021.7.27 update.

横道誠(よこみち・まこと) イメージ

横道誠(よこみち・まこと)

1979年生まれ。京都府立大学の准教授で、専門はドイツ文学研究・比較文化研究。子どものころから「稀代の変人」として、生きづらさに苦しむ。能力の凸凹(でこぼこ)が激しかったが、研究能力に秀でていたため、長年医学的な診断を受けずにいた。だが40歳のときに二次障害を起こし、41歳でついにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける。
今年5月に上梓した当事者研究の本(ほぼ自伝?)の『みんな水の中』(シリーズケアをひらく、医学書院)が初の単著単行本。

Twitterアカウント:
https://twitter.com/macoto_y(研究者・著者として)
https://twitter.com/macoto_1(自助グループ主催者として)

 

まつぼさんは40代、埼玉県在住。広汎性発達障害の診断を受けている。性自認は中性。

 

幼稚園のころの記憶は断片的だが、親からよく「グズ」と言われていたことが記憶に焼きついている。すでに読書を好んでいた。

 

小学生のとき、教科書に載っていた「はるのあめ」という詩を読んで、世界のものごとが言葉にできるということへの驚きを感じた。読むことで世界と繋がると知る。母親に怯えながら生きた。放課後は図書館に入りびたり、特にエラリー・クイーンを好んだ。カーペンターズのファンになり、大学生くらいまでずっと聞いていた。高学年になり、自分は女の子ではない、男の子に生まれたかったという思いが膨らんだ。

 

中学生になって、男子に告白され、「つきあう」ことになったが、「つきあう」とはなんなのかよく分からなかった。帰る方向が別なのに、相手は一緒に帰ることを望んだ。その不合理さが理解できなかった。「つきあうとは何か」ととまつぼさんはいぶかしみ、ほかの人とは感覚が違うのだろうと思った。

 

村上春樹の『ノルウェイの森』が大ヒットして、興味が湧いた。人との距離感がテーマになっていると感じ、いくえみ綾の少女マンガのファンになった。冬になり、1か月くらい学校を休んだことがあった。3年生のときに、村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を夢中で読んだ。主人公の架空の職業、「計算士」になりたいと夢見た。

 

高校生になっても、勉強や運動でのつまずきは、あまりなかった。勉強ができないということが、よく分からなかった。「教科書を読めば分かるじゃん」と思った。灰谷健次郎の本を多く読んだ。特に好きだったのは、『砂場の少年』。優等生の苦悩に注目した内容に、救いを感じた。

 

村上春樹も読みつづけていた。自分はレズビアンだろうかと考えた。児童虐待について調べ、アダルトチルドレンのことを知り、自分のことかなと考えた。保健体育の時間に安楽死について調査し、発表したことが楽しかった。

 

大学では教育学を専攻した。心理や認知の問題に関心があった。しかし学費を稼ぐためにアルバイトに精を出し、学業がおろそかになった。「行った意味があまりなかったかなと思います」とまつぼさん。研究活動は楽しそうと想像していたが、学ぶうちに、自分が楽しいのは文献をリストに整理することなのだと気づいた。

 

大学生活にあまりなじめなかった。他人と親密な関係が築けないことを、改めて認識した。アルバイトが忙しすぎて読書の時間はあまり作れなかった。キンバリー・ピアース監督の映画『ボーイズ・ドント・クライ』を鑑賞して、自分も主人公と同じく性同一障害なのではないかと感じた。しかし、性別適合手術を受けたいほどではない。自分を説明するための言葉が見つからなくて、もやもやした。

 

就職すると、多くのことにつまずくようになった。休みがちに働いていたために、正職員としては厳しい、社会に適応できないという思いが強まり、鬱状態になった。5年ほどで退職し、派遣職員として食いつないだ。ポール・オースターの小説世界の静けさに癒されるのを感じた。大学生のときに取得した単位を利用し、足りない単位を司書講習で集めて、図書館司書の資格を取った。清水玲子のマンガ『22XX』を読み、「食」の問題に衝撃を受けた。

 

20代の後半からセクシュアル・マイノリティの集まりに参加するようになり、自分は「Xジェンダー」なのだと認識するようになった。自分に恋愛感情がほぼ湧かないことが不思議だったが、それを「デミセクシャル」と呼ぶことを知った。同じころに、話題になりはじめていた発達障害という言葉を知った。テンプル・グランディンの本を読んだ。グランディンと同じ聴覚過敏が、自分にもあった。発達障害について調べると、自分の記憶のなかに思いあたることがたくさんあった。発達障害について知ることで、自分に向いた生き方が模索できる。発達障害という言葉に救われたと思った。

 

グランディンとケイト・ダフィーの『アスペルガー症候群・高機能自閉症の人のハローワーク』を読み、発達障害者に司書が向いていると書かれていることに力を得た。図書館業務の下請けをする会社に入り、大学図書館の業務を請け負った。その後、公共図書館の非常勤職員としても働いた。12年ほど勤続。発達界隈に関わるようになったが、深入りはしなかった。サンバなどのブラジル音楽を好きになった。

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耳で聞いて理解することが苦手なことから、30代から手話という「見る言語」の学習を始めた。トランスジェンダーに取材したグザヴィエ・ドランの『わたしはロランス』に衝撃を受けた。モルテン・ティルドゥムが監督を務めた『イミテーションゲーム』を見て、自分のセクシュアリティを社会に許容されないまま生きる主人公アラン・チューリングに、感情移入した。珍しく映画館で泣いた。

 

10年ほど発達障害を疑っていたが、診断を受けることに意味はあるのだろうか、と揺らいでもいた。2018年に発達障害の診断を受けた。「やっぱりそうなんだ」と感じた。

 

現在、まつぼさんは精神障害を抱える人たちのための支援施設で読書会のプログラムを担当している。本を紹介したり、事業所で購入する本を選書したりする。障害やLGBTに関連する本をよく購入する。特に聾の写真家、齋藤陽道の『声めぐり』に書かれた、自分の言語を獲得することの喜びに共感する。小学生のとき「はるのあめ」を読んで感じた自分の感覚が重なった。

 

聖書を手話に翻訳する団体にも勤めているが、自分の言語やそれぞれに合ったコミュニケーション方法を使えることの喜びと大切さを痛感している。

 

精神障害を抱える人たちの当事者研究会に参加し、興味が湧いた。「もっと早くから参加していたら、もっと意義があった」と感じた。しかし人が集まっている場所が苦手なため、当事者研究会に継続的に参加することができない。「緊張の方が強く出てしまいます」。

 

まつぼさんにインタビューをしていて印象的なのは、創作物に人生を支えられてきたということ。「特に映画や演劇がとても好きです」とまつぼさん。「現実では、相手の心が分からずコミュニケーションがうまく取れません。でもフィクションでは作者の意図がはっきりあります。それを読みとるのが楽しいのです」。

 

自分ができないこと、苦手なことは開示していったほうが良いと考えている。そのきっかけは、「シリーズ ケアをひらく」の一冊、岡田美智男の『弱いロボット』だった。「自分にとっては大きな一冊でした。社会はできる人に合わせてデザインされてるけれど、それではうまくいかない人がいる。弱い人に合わせて社会をデザインすることで、多くの人がハッピーになると思う」。

 

冬になると周囲に「冬眠する」と宣言し、長期休暇を取る。雨が降ると休み、台風が来ると休み、雪が降ると休む。「それでいいんじゃないかなって思ってるんです」。「できないことがあっても、自分に向いた手段を選んでなんとかできる状況を作りだす。それができるような世の中を作るために、力を注ぎたいという思いがあります」。

(横道誠「発達界隈通信!」第36回了)

 

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みんな水の中

脳の多様性とはこのことか!
ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)を診断された大学教員は、彼をとりまく世界の不思議を語りはじめた。何もかもがゆらめき、ぼんやりとした水の中で《地獄行きのタイムマシン》に乗せられる。その一方で「発達障害」の先人たちの研究を渉猟し、仲間と語り合い、翻訳に没頭する。「そこまで書かなくても」と心配になる赤裸々な告白と、ちょっと乗り切れないユーモアの日々を活写した、かつてない当事者研究。

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