第35回 最大の凸が100点満点で10点にしかならない人もいる【特攻野郎凸チームさん】

第35回 最大の凸が100点満点で10点にしかならない人もいる【特攻野郎凸チームさん】

2021.7.24 update.

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横道誠(よこみち・まこと)

1979年生まれ。京都府立大学の准教授で、専門はドイツ文学研究・比較文化研究。子どものころから「稀代の変人」として、生きづらさに苦しむ。能力の凸凹(でこぼこ)が激しかったが、研究能力に秀でていたため、長年医学的な診断を受けずにいた。だが40歳のときに二次障害を起こし、41歳でついにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける。
今年5月に上梓した当事者研究の本(ほぼ自伝?)の『みんな水の中』(シリーズケアをひらく、医学書院)が初の単著単行本。

Twitterアカウント:
https://twitter.com/macoto_y(研究者・著者として)
https://twitter.com/macoto_1(自助グループ主催者として)

 

特攻野郎凸チームさん(以下、通称の「特攻さん」)は「40代めっちゃ後半」、兵庫県在住、ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受けている。

 

九州で生まれ育った。小学生のころから成績が悪い。球技は苦手だったが、足は速かった。「ガチの吃音ではなかったですけど」、吃ることがあって、自己紹介や教科書の朗読が憂鬱だった。感覚過敏で、タートルネックや赤白帽子がムズムズしてイヤだった。落ち着きがない、授業中にキョロキョロしている、などと通知表に書かれた。「忘れ物が多かったんですけど、忘れ物では自分を上回る圧倒的な王と女王がいたので、それで目立つことはなかったです」。

 

5年生で転校したあとは、気を遣ってクラスに溶けこもうとした。少数派のグループに所属しつつも、多数派とも交わっていた。「いじめられたこともあったし、いじめたこともありました」。いつもうなだれて歩いていて、暗い面があったが、「おちゃらけキャラを演じて、人気もありました。笑いを取ろうとして」と語る。色が白くて「白人マン」と呼ばれていた。色が黒い「黒人マン」と一緒に、クラスで作る紙芝居の題材になった。短距離の学校代表になり、一目置かれた。

 

中学でも勉強はできなかった。陸上部がなかったため、バレーボール部に入った。以前からやっていた生徒たちがチームの中心になったが、特攻さんはベンチ入りメンバーの地位を摑んだ。ただし野球やバスケットボールなど、対戦相手と接触する球技は好きでなかった。

 

バレーボール部では部員の退部が相次ぎ、2年生のときに特攻さんも辞めた。当時はヤンキー文化の全盛期。不良たちに小遣いをたかられる経験もしたが、いじめには遭わなかった。中学3年生になるときに福岡に転校した。受験では公立高校に落ちて、私立の「坊ちゃん向け」の高校に進学した。

 

高校でも、やはり勉強ができなかった。遅刻をよくした。あるとき数学の時間に叱られて、正座をさせられた。カチンと来て数学を勉強して、教師を見返した。国語の教師が世の中のことや歴史の話をよくしてくれ、政治や社会に関心を持つようになった。

 

部活では、「何をトチ狂ったか」演劇部に入ったが、2週間で退部。「先輩が寝転んで尾崎豊を熱唱していた。そういう変わったことをやってみたかったけど、結局恥ずかしかったんですわ」。

 

オカルトが好きで、『月刊ムー』を愛読していた。ときどき学校に行かず、放浪癖に囚われて、海を見に行った。校内にはいじめっ子もいたが、おおむね遣りすごし、卒業した。

 

大学受験に失敗し、父親が単身赴任していた関西に移住。両親、姉、親戚は優秀だったが、特攻さんには、大学に行く意味が分からなかった。2浪目のときにアルバイトを始め、つぎの4月から専門学校に通うことにした。宅建の資格を取ることが目的だったが、やはり勉強しなかった。そうして2年が過ぎた。かつての同級生は大学を卒業していく。しかし自分は学歴に対する劣等感が膨らむばかりだった。

 

そんなときに、同い年くらいのある女性と出会った。「一気に親密になったんです。男女の仲のではなくて、人間としての親密さでした。なんでか分からないけど、すごく褒められて、自信が出ました。どうしてそんなことになったのか覚えてませんけどね」。不思議な自信が湧き、やはり大学に行かなければならないと考えを改めた。1年予備校で勉強し、広島の大学に入学。

 

4年のあいだ広島で過ごした。予備校で知りあって、同じ大学に進学した友だちと、ずっと一緒にいた。夜中に街をうろついた。「それでも孤独感があってね。何歳も年上だから年齢の差かなと思ったんですけど、いまから思うと人付き合いの苦手さにブチ当たっていたのかなあ」。小学生のときにやっていた魚釣りを再開した。地図を片手に池を探して、ゴムボートを浮かべて、ブラックバスを釣った。「大学時代、人間関係は薄かったです」。

 

卒業して、大手専門商社に就職した。勤め先は神戸。「そこでずっと営業職。いまも同じところに勤めてます。20年近く。あんまりできるほうの営業じゃなかったですね。出世もしてない。けどなんとか勤めてました」。会社の人間関係は「可もなく不可もなく」。飲み会などは苦手。

 

30歳で結婚し、息子3人に恵まれた。空気を読むのが苦手で、「自分でもKYだと思ってました」。インターネットで発達障害に関する記事を見て、「グレーゾーンなのかもな」と思った。しかし妻は、いわゆるカサンドラ症候群に陥っていった。

 

2018年、妻に迫られて、売り言葉に買い言葉で精神科に行くことになった。「グレーでしょと思っていたら、はっきり発達障害ですと診断されて、奈落の底ですわ」。おとなになってから診断を受けて「そういうことか」と安心する当事者も多いが、特攻さんは違った。「おれって障害者なんだと呆然とした。普通の人として診察に行って、数分後に出てくるときは障害者」。会社に障害があることを報告した。

 

ストラテラの服用を始めたが、最初はキツかった。「タバコ吸いたい気分がなくなってね。脳に効く薬ってすげえなって思いましたね。1週間くらいで希死念慮が湧いてきちゃって、電車に飛びこみたくなった」。家庭内もゴタゴタしていた。会社の保健師に相談して、3週間休職することになった。「軽い鬱になっている」と言われた。きちんと睡眠を取って、食事をしていると回復に向かった。しかし自信がなくなって、営業から外れ、プレッシャーが少ない配達と営業の補助に回った。

 

医療に関係する職業柄、当事者会の存在を知っていた。発達障害者の自助会を探した。インターネットで調べても実態はなかなか分からない。大阪心斎橋にある発達障害アートギャラリーカフェ・バー「金輝」に行き、マスターと話した。その後、当事者に会ったが、その振る舞いに衝撃を受けて、「おれはこういうのと同じジャンルなのかと思いましたわ」。自分自身の差別意識に苦しめられていた。

 

初めて参加した自助グループは、佐々木創太さんの「ビルダーズADHD才能発掘励まし会」。参加者と話していると、話がどんどん飛躍してゆく。「これがADHDなのか」と感じた。「当事者と会って、安心を感じることは少なかったです」。かえって自分自身に対する嫌悪感ばかりが膨らんだ。

 

さまざまな自助会に参加し、「居心地は悪くなかったんですけど」、探していた居場所が見つかったとは感じなかった。ほかの当事者の悩みが分からなかった。「若い人が多くて、そのせいかなと思いました。中高年の自助会を作ろうと思ったんですわ」。

 

仲間と発達障害オフ会として中高年向けの会合を結成。開催前から評判が広がって、新聞の取材を受けて、記事が掲載された。しかしゴタゴタから消滅し、2019年に、新たに中高年向けの発達障害自助会「神戸のとまり木」を始めた。コロナ禍を機にオンライン版も立ちあげ、「日本のとまり木」と名づけた。

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特攻さんは語る。「困ったことがあっても、環境に恵まれていたから、発達特性のせいでしんどいと気づかなかった。でも嫁さんは苦しんでカサンドラになっちゃった。自分を加害者として、問題に向きあっていきたいと考えています」。

 

「それとは矛盾するようですが、失敗したことで悔やむ当事者には、そこまで気にしないのが良いと言いたい。最終的には諦めるのが良いです。できないものはできないんですから」。

 

「発達障害には長所がある、それを大事にしようというキラキラ系の当事者がいるけど、自分には大した能力がなかった。実績と言えば、毎朝ちゃんと起きて会社に行ったことくらいでね。発達障害っていろんな人がいますから。最大の凸が100点満点で10点にしかならない人もいる」。

 

特攻さんは音楽ではパンクを愛する。もっとも好きなバンドはグリーン・デイ。若いころはスラッシュメタルが好きで、メガデスやスレイヤーをよく聴いた。「世の中にはいろんなつらさを抱えている人がいると思う。その人たちのことをちゃんと想像してあげんとね」と語った。
(横道誠「発達界隈通信!」第35回了)

 

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みんな水の中

脳の多様性とはこのことか!
ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)を診断された大学教員は、彼をとりまく世界の不思議を語りはじめた。何もかもがゆらめき、ぼんやりとした水の中で《地獄行きのタイムマシン》に乗せられる。その一方で「発達障害」の先人たちの研究を渉猟し、仲間と語り合い、翻訳に没頭する。「そこまで書かなくても」と心配になる赤裸々な告白と、ちょっと乗り切れないユーモアの日々を活写した、かつてない当事者研究。

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