第33回 ぼくの目標は、発達障害者と定型発達者を繋ぐ通訳になることです【すぷりんとさん】

第33回 ぼくの目標は、発達障害者と定型発達者を繋ぐ通訳になることです【すぷりんとさん】

2021.7.19 update.

横道誠(よこみち・まこと) イメージ

横道誠(よこみち・まこと)

1979年生まれ。京都府立大学の准教授で、専門はドイツ文学研究・比較文化研究。子どものころから「稀代の変人」として、生きづらさに苦しむ。能力の凸凹(でこぼこ)が激しかったが、研究能力に秀でていたため、長年医学的な診断を受けずにいた。だが40歳のときに二次障害を起こし、41歳でついにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける。
今年5月に上梓した当事者研究の本(ほぼ自伝?)の『みんな水の中』(シリーズケアをひらく、医学書院)が初の単著単行本。

Twitterアカウント:
https://twitter.com/macoto_y(研究者・著者として)
https://twitter.com/macoto_1(自助グループ主催者として)

 

すぷりんとさんは29歳、大阪在住。ADHD(注意欠如・多動症)とASD(自閉スペクトラム症)の診断を受けている。

 

幼稚園のときの思い出を尋ねると、「ハサミってどのくらい切れるのかな」と試したくなり、友だちのスモッグを切っていき、めちゃくちゃに怒られたと教えてくれた。小学生のときは足並みを揃えるのが遅く、不注意の特性のために大怪我を繰りかえした。

 

「基本的にいじめられっ子でした」と語る。裕福な友だちの家に何人かで遊びにいったあと、その子が自慢していたトレーディングカードが何枚かなくなった。自分はやってないから弁明する必要がないと判断したところ、「盗んだん、おまえやろ」と決めつけられ、いじめに発展した。空気が読めないため、「なんでいじめるの?」と相手に直接的に尋ねると、「お前が盗んだからや」と言われ、そこで初めて弁明して和解した。以後、その相手と腹を割って話せるようになった。

 

小学校、中学校を通して、周囲と波長が合わないといつも感じていた。筋が通っていないから納得できないし、わざわざ他人に同調することもしない。当然、協調性がないと見なされた。

 

「大変だったでしょう。どうやってコーピングしていましたか。あるいは逃げ場所は」と尋ねると、「特になかったです」との答え。「自分で事態を解決しようと思っていました。イヤなものにイヤということも知らなかったんです。自分で生きているという自覚そのものがなかった。親が言うままに生きて動いてました」。

 

高校は進学校だった。「このころからやっと自意識が芽生えはじめました」と語る。自我が芽生え、自分の頭で考える癖がついていった。それでも、「どの時点でコイツおかしいぞ、と思われてるか自己モニタリングはできませんでした」と語る。すぷりんとさんには、高校時代のことがあまり記憶にない。「たぶん僕はストレスを受けすぎて、しんどすぎて忘れてるんでしょうね」。

 

いつも勉強がよくできた。好きな教科があるというよりは、教師のことをおもしろいと感じると、その教科の成績があがった。3年間ずっと担任だった物理の教師に影響を受けて、この教科が好きになった。大学でも物理を先行した。所属学部は変人揃いだったため、仲間外れになることはなかったものの、「そのなかでも変わってるほうだったと思います」と語る。

 

人間関係では「メンツ」という概念が分からなかった。飲み会の幹事から飲み放題のプランを予約すると伝えられたが、自分は酒を飲まない。酒がいらないのは自分の問題だからと判断し、店に電話をかけて、自分だけ飲み放題のプランをキャンセルした。飲み会の翌日、幹事だった友人が苦情を言ってきた。「オレが懇意にしてる店やって言うたやろ。そういうときは幹事のオレを通してくれよ」。幹事やほかの友人たちは、「メンツが潰された」と言って、自分の行動をたしなめてくる。すぷりんとさんは、「飲めないのは自分の事情。自分のことに自分で対処したら怒られた。意味が分からない」と感じた。

 

大学では教員免許を取得し、その過程で発達障害のことを知った。「自分に似ているけど、自分のは障害ってほどじゃない」と考えた。大学では、自分のペースで好きなことをやっていた。大学の片隅で野菜を育て、収穫をして、食べていた。好きなこと以外は長続きせず、ひとりでもくもくと活動することを愛した。

 

卒業論文の発表前に、発表に耐えうる内容かどうかが審査された。時間ぴったりに現れたすぷりんとさんは、叱られた。「きみから始まるんやから、会場の準備をして、待ちうけるのが普通やろ」。すぷりんとさんは、「来いって言われた時間に行っただけなのに」と不思議がった。

 

大学院に進学。超電導体の物質の中身を観察するために、X線の蛍光分析を用いる。その画像の画質を改良するための研究をおこなった。大学院を出たのちは、物理とは無関係の仕事もしてみたいと考え、化学系の企業に勤めた。だが、そこで自分だけみんなと違うことが明らかになった。同期の社員たちも、初めはのろのろと動いていた。ところが2、3か月もすると、彼らは職場に順応し、テキパキ動けるようになっていた。自分だけ、オロオロしていた。「これは発達障害だ」とついに悟った。

 

一つ目の病院では、良い医者に出会えなかった。「親に甘えているからでしょ」と決めつけられ、実家暮らしに原因があることにされた。その言葉を真に受けて、一人暮らしを始めてみたが、ストレスで心はボロボロになった。実家に帰ったときに、親から別の病院に通院するように勧められた。二次障害で鬱状態になっていた。ここで発達障害の診断を受ける。3か月のあいだ休職し、復職後は書類管理の部署に回されたが、事務仕事も向かなかった。

 

自分自身を理解するべく、発達障害について調べれば調べるほど、過去の自分の経験に符号する事例に遭遇した。むかしの自分のように苦しんでいる子どもたちを支援するために、当事者として生きてきた経験を活用したい。その思いから、すぷりんとさんは転職を決意し、放課後等デイサービスの支援員になる。たとえば「電話ができない」という子どもが何人かいる。同じ発達障害児でも、原因はバラバラだ。チックがあって緊張してしまう場合。聴覚情報処理障害で、耳に音声がキーンと響いてつらい場合。自分が好きなことばかり、まくしたててしまう場合。すぷりんとさんは個々の困りごとの原因を分析し、療育を施していく。

 

この仕事には、謎解きのような魅力がある。原因を探って対策をすることに興奮する。児童ごとの特性を顧慮しながら、SST(ソーシャルスキル・トレーニング)を教える。たとえば鉛筆を握って漢字を書くのが不得意な子がいる。その子が歌うのが好きなら、歌に合わせて漢字を書いていけるように作詞作曲を手がける。パズルが好きな子なら、アクリル板1枚ずつに、1画目、2画目、と書いていき、教室の床にバラまいて、遊んでもらう。

 

私生活でも、発達障害のために活動している。休職中の2017年の秋ごろから、発達障害の自助会をやるようになった。「さかいハッタツ友の会」の「京橋ムーン」の手伝いをしていたが、のちに独自の自助会を立ちあげ、2019年に「ボドゲ自助会」として輪郭を整えた。ボードゲームを中心とした遊戯を通じて、自分の特性と向きあう個性的な自助グループ。たとえば、親プレイヤーの指示を聞いて、それからホワイトボードに絵を描くゲームをつうじて、継次処理能力を探ることができる。配られたカードを見ながら、指示された配列にパネルを並べるゲームをつうじて、同時処理能力を探ることができる。

 

「自助会をやる上で注意していることは?」と尋ねると、「特性の決めつけ屋さんにならないようにしています」との返答。ある個人とそのゲームとは、相性の良し悪しがある。1回のゲームで特性が完全に分かるわけではない。「人生の実体験を通して理解したことが正解」。自助会に来てもらうことで、自分自身に対する興味を深めてもらいたい、参加者が自分に詳しくなって、生きやすくなる人がいたら嬉しいと考えている。

 

Twitterを見ていて、優生思想を持つ人と話が噛みあわず、口論になる経験をした。「発達障害者は子どもを作るべきではない」と主張された。その人自身も発達障害者。「自分のことをバカだって言ってきた親は、もう死んでいる。それなのに、自分で自分を責めつづけていたんです」。自分の外部にある差別意識の、悲しい内面化。

 

すぷりんとさんは、発達障害者の優生思想は「おもしろい」と感じた。「それはあなた生来の考え方? そうあるべきだと絶望した結果、そうなった?」と問う。ナチス・ドイツのT4作戦が典型的なように、標準的な優生思想は「押しつけられる」ものだ。しかし同調圧力で洗脳されて、当事者が「自粛」する形で優生思想を受けいれるようになる。「空気読み優生思想が生まれてるんじゃないかと感じましたね」。

 

人間はそもそも生まれるべきではないという反出生主義の人と討論したこともある。「でもその人の場合は礼儀正しい人で、建設的に話し合いができて、実りがありました」。「考えない人って強い。考える自分たちの方が毎日しんどい」と自虐的になることもある。そんなすぷりんとさんを癒してくれるのは、キャンプ。一人でやることもあるし、友人とやることもある。ひとりの時間が必要だという思いに浸る。

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「適当に困りながら生きています」と語るすぷりんとさんは、障害の社会モデルの熱心な支持者だ。障害を生みだしているのは、障害者の特性ではなくて、障害者を生きづらくしている社会の環境だという考え方。加えてすぷりんとさんは、自分たちが発信して主張しないと、定型発達者は自分たちのことを分かりようがない、と考える。セルフアドボカシー(自己弁論)の必要性。「でも発達障害者はセルフモニタリングが不得意です」とすぷりんとさん。「だからぼくの目標は、発達障害者と定型発達者を繋ぐ通訳になることです」。

 

最後に読者にひとことを、と求めると、「Twitterで待ってます」と答えてくれた (https://twitter.com/External_WM)。

(横道誠「発達界隈通信!」第33回了)

 

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みんな水の中

脳の多様性とはこのことか!
ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)を診断された大学教員は、彼をとりまく世界の不思議を語りはじめた。何もかもがゆらめき、ぼんやりとした水の中で《地獄行きのタイムマシン》に乗せられる。その一方で「発達障害」の先人たちの研究を渉猟し、仲間と語り合い、翻訳に没頭する。「そこまで書かなくても」と心配になる赤裸々な告白と、ちょっと乗り切れないユーモアの日々を活写した、かつてない当事者研究。

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