第32回 自分の一部にある子どものようなところを許すと、とても楽になりました【クッキング魔女さん】

第32回 自分の一部にある子どものようなところを許すと、とても楽になりました【クッキング魔女さん】

2021.7.15 update.

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横道誠(よこみち・まこと)

1979年生まれ。京都府立大学の准教授で、専門はドイツ文学研究・比較文化研究。子どものころから「稀代の変人」として、生きづらさに苦しむ。能力の凸凹(でこぼこ)が激しかったが、研究能力に秀でていたため、長年医学的な診断を受けずにいた。だが40歳のときに二次障害を起こし、41歳でついにASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)の診断を受ける。
今年5月に上梓した当事者研究の本(ほぼ自伝?)の『みんな水の中』(シリーズケアをひらく、医学書院)が初の単著単行本。

Twitterアカウント:
https://twitter.com/macoto_y(研究者・著者として)
https://twitter.com/macoto_1(自助グループ主催者として)

 

クッキング魔女さんは37歳、大阪府在住。発達障害の診断をもらうため、検査を受けているところだ。

 

小学校に入学した当時から、みんなと同じようにはできないと感じていた。じっと座っていられず、立ちあがってウロウロする。時代は平成初期。教師に怒られるだけでなく、突きとばされたり、蹴られたりした。

 

1年生のときは登校を渋っていたが、2年生のときに担任が優しい先生になって、通いやすくなった。しかし机のなかが、いつのまにかぐちゃぐちゃになる。給食を食べるのが遅くて、食べられなかったパンを突っこんでいた。学期末にカビがはえたパンが出てきた。

 

勉強が苦手で、ひらがなを書くことすら苦痛だった。忘れ物をして叱られても、つぎの機会にどうすれば良いのかが分からない。困っていることが多かったが、誰かに相談することはうまくできなかった。

 

宿題をやりたくなかったので放置していたところ、友だちが一緒にやろうと誘ってくれた。どうしてもやりたくなかったので、どうやってこの場を切りぬけられるかと考え、宿題をやったと誤魔化した。翌日その友だちが、宿題を出していない自分を残念そうに見つめていたことが印象に残っている。

 

このころは友だちの気を引くために、嘘をつくことが多かった。姉がいないのに、同級生には「いる」と嘘をついたりした。高学年になると、女子たちからいじめに遭った。

 

問題行動が多いクッキング魔女さんを、両親は抱きしめるという愛情表現で矯正しようとした。イヤがっていても抱きしめて、母親は呟く。「子宮のなかは暗くて怖かったね。ここはもう大丈夫だよ」。悪夢のようだった。どれだけ抵抗してもやめてくれない。繰りかえされるなかで、両親のことを「自分の話を聞かない人たちなんだ」と絶望し、心を閉ざした。父親は重度の自閉症児を支援していて、抱きしめることで問題行動が収まると考え、自分の子どもにも実行したのだった。

 

中学校では、バトミントン部に入った。人間関係が改まったが、部の上下関係などに悩んだ。勉強がつらくて、試験で点が取れないのに、受験が迫ってきた。自分の部屋で趣味に浸った。矢沢あいのマンガ『天使なんかじゃない』、SPEEDやモーニング娘。の流行曲。1年生のときに自分の部屋をもらったが、つねに散らかっていて、足の踏み場がなかった。

 

公立高校に入りたいと考え、なんとか合格。気の合う友だちと買い食いし、プリクラをたくさん撮った。ロッテリアや居酒屋でアルバイトをして自由を謳歌した。冬に旅行してスノーボードを楽しんだ。まさしく90年代。

 

友だちと過ちを犯すようになり(横道注:ご本人は一度具体的に語ってくれたのですが、後日、自主規制したいと申しでてこられたため、曖昧な表現にさせていただきます)、警察でこっぴどく怒られ、親が迎えに来た。翌日、母が運転する車に乗って、ふたりで謝罪に向かった。途中で母が「やっぱり引き返す」と宣言して、家に戻って父も乗せ、3人で謝罪に行った。

 

大学を受験したが不合格。車の免許を取るために合宿し、アルバイトをした。友だちの紹介で、当時人気だった憧れの百貨店で働くことができた。しかし仕事で失敗が許されず、苦痛な日々。早く仕事をやめたいと願った。

 

両親との関係がうまく行かなかったことから、円満な家族に対する強い憧れがあった。高校1年生のときから付きあっていた男性と21歳で結婚。母親になりたい憧れも強く、22歳で男の子を出産した。しかし家事も育児も苦手だと自覚する。

 

男の子は1歳半検診でも3歳半検診でも引っかかった。小学3年生になったときに「息子はアスペルガーなんですか」と作業療法士に尋ね、「そうですよ」との回答を得た。必要なタイミングがきたら、病院で診断を受けると良いと助言された。

 

下の娘は小学1年生のときに、登校を渋るようになった。ソーシャルワーカーに相談すると、聴覚過敏があり、真面目すぎて力が抜けない子だと指摘された。彼女は状況に応じてイヤーマフをつけることになった。

 

息子の検診で受けた指摘を参考にして、発達障害について調べたクッキング魔女さんは、自分にも心当たりが多いと感じた。子どもができてからも、アクセサリーなど高価なものであれ、よくなくした。子も自分も、自分の親も、発達特性が強いのだと理解する。

 

クッキング魔女さんは、子どもにべったり付いて過ごすのは自分には向いていないと感じ、上の男の子が小さいときから働きに出るようになった。しかし気持ちが塞がり、鬱の診断を受けた。娘の産後にも、また同じようになり、ふたたび鬱の診断を受けた。どうやって死ぬかということばかり考えた。薬のおかげで眠れるようになる。下の女の子はよく笑い、心がほぐされた。ヨガによるストレス解消を始めた。

 

なぜ人は鬱になるんだろうかと考えて、2019年、民間のカウンセリングスクールに半年通学した。自分を見つめなおす作業を進めて、気づきが多かった。瞑想をするようになった。自分を責めるのをやめて、落ち着きを取り戻していった。「卒業後、以前とは全然違う自分になりました」。

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それまで3年ほど務めていた給食の調理員を辞めて、フリーランスでカウンセリングの仕事を開始。大阪の心斎橋にある発達障害アートギャラリーカフェ・バー「金輝」、大阪府茨木市にあった発達障害バー「ムゲーテ」に通い、私が京都でやっている発達障害自助会「月と地球」にも参加してくれた。当事者研究への関心を深めた。

 

ミュージカル観劇が好きで、特に『キャッツ』の熱烈なファン。バードウォッチングも好む。発達界隈の印象について尋ねると、言った。

 

「横の繋がりでも難しいんだなと感じます。発達障害の人同士が、よく揉めていて。私と同じで、コミュニケーションを取るのが難しいんだろうなと感じます。でも発達さんは純粋で愛情深い方が多いです。特性や二次障害があっても、私も含めて、人生を楽しむ力を持っていると感じます」。

 

「心理学を学んで、私は変わりました。人と同じようにできない自分のことを責めて、自分自身を嫌っていました。自分の一部にある子どものようなところを許すと、とても楽になりました。そういう自分を受けとめて、今後どうしていこうかな、と模索しています」。

 

クッキング魔女さんは、診断結果を待ちながら、自分自身に対する当事者研究に励む。

(横道誠「発達界隈通信!」第32回了)

 

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みんな水の中

脳の多様性とはこのことか!
ASD(自閉スペクトラム症)とADHD(注意欠如・多動症)を診断された大学教員は、彼をとりまく世界の不思議を語りはじめた。何もかもがゆらめき、ぼんやりとした水の中で《地獄行きのタイムマシン》に乗せられる。その一方で「発達障害」の先人たちの研究を渉猟し、仲間と語り合い、翻訳に没頭する。「そこまで書かなくても」と心配になる赤裸々な告白と、ちょっと乗り切れないユーモアの日々を活写した、かつてない当事者研究。

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